第17話 彰と侑司④
今の自分では勝てる気がしない。
彰はノリノリで準備運動をする侑司を見ながら思った。
仮想鷹。負けを振り払ういい機会だよ。彰も負けてみたらいいんだよ。
あいつ、また強くなったのかな。
「よ~し。やろうぜ。彰!」
侑司はそう言うと、シャトルを手に取り、構えた。
「ばか。ジャンケンだろ。」
やる気満々の侑司に主審の雪永が呆れながら突っ込んだ。へへへ、と笑いながら侑司が手をかざす。ジャンケンは彰が勝ち、サーブを選んだ。
「彰、大丈夫か?」
主審を買って出た雪永が心配そうに彰に尋ねる。よほど冴えない顔をしていたのだろう。彰はぎこちなく笑って頷いた。
一方、侑司は早くやりたくて仕方ない、といった様子だ。その場でジャンプを繰り返し、落ち着きがない。
「おい、彰がサーブできねえだろ。」
雪永も明らかにイライラしている様子で、いつになく厳しい口調で侑司に注意した。
「さあ、やろうぜ!」
(くそっ。また余計なことを!)
彰は嫌な考えを振り払うように、頭を振ってからサーブの構えを取った。
「へへっ。お前の癖だよな。」
彰が打ったのは、高さも速さも距離も、明らかに甘いロングサーブ。侑司は思いっきり叩いた。
強烈なスマッシュが彰を襲う。かろうじてラケットには当てたが、力なく浮いたシャトルはネットを越えなかった。
「よしっ!」
侑司は得意気にガッツポーズをして見せる。悪意はないのだろうが、彰には地味に堪えた。
スマッシュの速さは以前とそれほど変わっていないように感じたが、驚くべきはシャトルへの反応速度だ。まるでこちらの動きを先読みしたかのような驚異的な速さだった。
あれほど敵意に塗れていた部員達も一瞬で黙らせた。
「これは・・・・・・。」
金本も驚いていた。わずかスマッシュ一回。それだけで明らかに分かった。
センスの違い。身体能力の違い。彰だけでなく、他のどの選手と比べても抜けている。
「君、伊勢橋だよね?」
「お、よく分かりましたね。」
「ユニフォームに書いてあるから。」
金本は苦笑した。
「出身はどこ中?」
「端島っす。」
「端島?ちょっと田舎だね。バドミントン部あったんだ。」
「弱かったし、部員めっちゃ少なかったっすよ。」
「そんなとこで、どうやって…」
「監督、後にしましょうよ!」
雪永がイライラして言った。金本はハイハイ、と言って下がった。
「なにイラついてんだ、こいつ。」
侑司は面白くなさそうに呟いた。
「お前もだぞ。」
「へーい。分かりました。」
聞こえたか、と侑司はバツが悪そうに舌を出した。
その後も、戸惑いながらプレーする彰に対し、侑司は時折粗さを見せながらも、迷いなく打ち込んでいく。ワンパターンな、まさに「スマッシュバカ」。しかし、それでも今の彰には手強い相手だった。
試合は一進一退のまま、後半に入る。スコアは14対15で侑司がリードしていた。
「へへん、今日こそ勝たせてもらうぜ!」
侑司が強気に言った。その割には点差はあまりついていない。
「あいつ、派手に点取るから強く見えるけど、細かいミス多いな。」
「でも、司馬と互角だから、やっぱ強いんだよな。」
部員達が口々に囁く。
「今は鷹の劣化版、って感じか。」
金本は侑司を冷静に見つめていた。勢いとスマッシュの速さ、動きの鋭さは目を見張るものがあるが、ディティールがまだまだ未熟で、明確に彰より強いとは思えなかった。
1年後には化けているかもしれないが。
「正直、司馬ちゃんが本調子ならもう勝ってるんだろうけど。」
そう言ってもどかしそうに頭を掻いた。
「くそっ!」
また侑司のスマッシュが決まった。それほど厳しいコースでもなかったのに、返しきれなかった。傍から見れば侑司の強打が決まった形だが、彰からすればただのミスだった。
「よっしゃあっ!」
侑司が派手に叫ぶ。それを見て、また主審の雪永が注意した。
まだ14対16だ。焦ることはない。落ち着け。彰は心の中で言い聞かせる。
「まーた考え込んでるな。でも、いい加減、自分で乗り越えなくちゃいけないよ。司馬ちゃん。」
彰は天を仰いだ。また負けるのか。
いやだ。
こいつには。
侑司は勢いよく叩いた。強烈なスマッシュが彰の正面を襲う。
こいつにだけは負けたくない!
彰のリターン。鋭い打球が侑司のバックハンド側に返った。
「うん、いい返しだ。」
絶妙な位置に返したシャトルは、かろうじて侑司に拾われる。しかし、侑司が優しく打ったシャトルはネットを越えない。
「ここでヘアピン勝負はないね。判断力はまだまだ。」
金本は品定めするように侑司を見ていた。
彰は頭を振った。
珍しく無心だった。いや、一つだけ考えていた。一つのことだけを考えていた。
これからも誰かに負けるだろう。でも・・・・・・
「何故だか分からないが、こいつにだけは負けたくない。」
その一心だった。
そこから彰の動きが明らかに変わった。
彰本来の、同じフォームからの打ち分けを駆使し、侑司を揺さぶる。侑司が苦手とするネット際への攻めを徹底して行った。
「うん、立ち直ったね。」
金本はニコリと笑った。
気が付けば、彰はあっという間に逆転し、21対16で勝利していた。あまりに怒涛の展開で、周囲は少し圧倒されていた。
「はい、彰の勝ち!」
試合が決した瞬間、雪永は主審の役割を忘れて、嬉しそうに宣言した。
「あー!」
侑司は大げさに床に倒れ込んだ。
「また負けた!」
侑司は悔しそうに叫んだが、満足気だった。
彰は手ごたえを感じていた。
最後は、自分で立ち直り、試合をコントロールできた。
「おい、最後なんだよ!手加減してたのか!」
侑司が目をまん丸にして叫んだ。
「途中から切り替えたんだ。」
彰は興奮気味に話した。
「他の誰に負けてもお前にだけには負けないってな。」
「はあぁ?」
真顔で言う彰に対し、侑司は素っ頓狂な声を上げた。
「何だよ、それ?」
「お前、俺が負けて落ち込んでるから、今なら勝てると思っただろ?」
「え?いや、ついでに勝てればいいかな、とは思ったけどよ。」
「そんな浅ましい考えの奴に負けるか!」
彰は顔を紅潮させて言った。部員達も口をあんぐりと開けている。金本はケラケラと笑った。暫くして、侑司も大笑いした。
「ひゃははは。それでパワーアップすんの?お前!そんなん反則じゃねーか!」
部員達も大声で笑った。彰は急に恥ずかしくなり、下を向いた。
「へへへ、何だよ。全然元気じゃねーか。よし。じゃ、行くか。」
侑司はひょこっと起き上がると、急に彰の手を掴んだ。
「何だよ!どこにだよ!おい!」
急に手を強く握られ、狼狽する彰を横目に、侑司は満面の笑みで笑った。
「こんなときは、海しかねーだろ。」
そう言うなり、突然の嵐のように彰を無理やり引っ張っていった。
そこに残された部員達と金本は、呆然と口を開けるしかなかった。
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