第18話 ふたり

「夕方の海ってのはいいよな。なあ彰。」

 強引に彰を連れ出した侑司は、そのまま電車に乗り、5駅離れた海に来ていた。

 彰は応えない。ここに来るまで散々侑司に文句をぶつけていたが、全く悪びれない態度に諦めを感じていた。

「何で海なんだよ。」

 彰がぼそっと呟いた。もちろん、ここに着くまでに聞いたが、侑司の答えは「悩んだときは海」だけだった。


 もう6月だが、人はあまりいない。水はまだ冷たそうだった。

「落ち込んでんじゃねーかと思ってさ。」

「割と吹っ切れたよ。おかげさまで。」

 バドの試合だけで良かったけどな、と彰は付け加えた。

「お前、俺を倒しに来たんだろ?傷口に塩塗りに。」

「バカ。それは勘違いだって。心配して来たんだよ。」

「嘘つけ。」

 ふん、と彰は頬っぺたを膨らませた。

「俺も落ち込んだときは、海に来るからな。」

 彰の怒りもどこ吹く風で、侑司はへらっと笑った。

「お前でも悩むことがあるんだな。あ、バカにしたわけじゃないぞ。」

 驚いた顔で言った後、彰は慌てて首を振った。

「ははは。いちいち気にすんなよ。」

 そう言うと、侑司は砂浜に豪快に寝そべった。背中や頭が砂まみれになることもお構いなしだ。彰はびっくりした。

「お前も寝てみろよ。」

「やだよ。汚れる。」

 彰は侑司の横に座った。


 波音は穏やかだ。

 静かな海は悪くないが、彰は練習を飛び出したことが気になっていた。

「今頃、みんなお前のこと噂してるぞ。変な奴って。」

 彰は侑司に向かって言った。寝そべって目を閉じていた。

「言わせとけよ。ほとんど会うことねーだろうしよ。」

「お前はいいけどさ。俺はチームメイトなんだぞ。」

 彰は無責任な侑司にイライラしていた。

「だったら俺のせいにしとけばいいじゃん。」

「言われなくてもお前のせいだよ。」

 ムキになって言った彰に対し、また侑司は笑った。だめだ。こいつにはまともに話が通じない。彰はため息を吐いた。

「お前のチームって、先輩達もよえーんだろ?」

「そんなことないぞ。」

 少し厳しい口調で彰が言った。


「疲れねーか?」

 侑司がふいに呟いた。

「え?」

 彰は聞き返す。意味が分からなかった。

「練習が?」

「ちがうよ。」


 侑司が目を閉じたまま言った。

「色んなことがさ。」

 いつもと違う様子に、思わず侑司の顔を覗き込む。侑司が片目を開けて彰を見返した。

「面倒なことが多すぎるんだよ。」

「何かあったのか?」

 彰は心配そうに聞いた。侑司は驚いたように目を開いた。そして笑った。

「はは。どうしたんだよ。」

「いや、お前が悩んでんのか気になって……。」

 彰は顔を赤くして言った。侑司はまた笑った。

「つまんねーことだよ。」

「そっか。」

 彰は少し残念そうに眉を下げた。


「彰はさ、バドミントン以外に何が好きなんだ?」

「バドミントン以外?」

 侑司の問いに彰は首を捻った。

「好きなメシでもいいし、アイドルでもいいし、場所でも何でもいいよ。一つくらいあるだろ。」

「そうだなあ……。」

 彰は、あっと思いついた顔をした。

「カワウソ。」

「ああ?」

 侑司は思わず聞き返した。

「前に水族館でカワウソを見たんだ。すごい速さで水の中を泳いで、木のトンネルをくぐって、それを繰り返してるのが面白くて。」

 思いがけない答えに侑司は笑った。

「カワウソね。見たことねえな。」

「可愛いんだぞ。」

 彰は自慢げに言った。


「じゃあ、今度見に行こうぜ。」

 侑司はそう言って起き上がった。そして海を見つめた。

「え?」

 彰は戸惑っていた。

「今度の大会、シングルスで出ることになった。」

 唐突に侑司が言った。視線を真っすぐに海の方に向けて言った。

「団体も。」

「伊勢橋の代表で?」

 さっきの言葉が気になった彰だったが、これには素直に驚いた。強豪の伊勢橋高校で1年生でレギュラー扱いだ。

「やっぱりお前、凄いんだな。」

「・・・・・・本当にそう思うか?」

 侑司はいつになく真剣な表情で彰に向き合った。

「お前に普通に負けてる俺が、他の先輩達より強いと思うか?」

 侑司は吐き捨てるように言った。

「でも、メンバーに選ばれたんだろ?」

「だからうっとうしいんだよ。」

 侑司は砂を蹴り上げた。きらきらと舞う砂とは反対に、侑司の表情は晴れなかった。

「いつもそうだぜ、全く。」

 そう言って侑司は笑った。


「お前が悪いことないんだろ。気にするなよ!」

 彰は慌ててフォローした。侑司は目を丸くした。


 彰は、侑司の悩みに気付いた。

 選ばれなかった先輩達から妬まれているのだろう。しかも、これが初めてではなさそうだ。もしかしたら、中学校の時、サッカー部を辞めた原因もそうだったのかもしれない。

 天才故の悩み、とでも言うのだろうか。羨ましいことこの上ないが、それが可哀想に思えた。


「そんなことに文句つけるなら、練習したらいいんだ!」

 そこにいない誰かに怒るように彰は言った。彰にしては珍しい大声に、侑司は笑った。

「お前、優しいよな。」

 侑司はそう言って地面の砂を掴んで海に優しく放った。

「よし、充電完了。帰ろうぜ。」

 勝手にそう言って、侑司は彰の手を掴み、歩き出した。

「何なんだよ・・・・・・。」

 彰は侑司に手を引かれながら、困った顔を浮かべていた。

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