第15話 「お前も負けてみればいいんだよ」
バン、と激しい音が響く。
「っしゃあ!」
柿崎がまた声を上げた。
2点ビハインドの状況から立て続けに得点を重ね、20対19と逆転した。
あと1点で柿崎の勝利だ。
「司馬!切り替えよう!」
「あきらー!一本ストップ!」
チームメイト達の声が聞こえる。普段のんびりしている連中が、必死になって声を張り上げていた。
「いい雰囲気になってきたねえ。うちのチームも。」
金本は笑顔を浮かべた。そして、ちらりとコート上の彰に目を向ける。
彰は大きく深呼吸をし、軽くラケットを足元で振った。
「試合中だよ、司馬ちゃん!」
金本が彰に声を掛けた。彰ははっと頭を上げ、金本に頭を下げた。
金本はふう、とため息を吐いた。
「考えすぎていますね。」
柴田がタプタプのあごに手を置いて言った。
「上手くいかないとペースを乱す。迷いがプレーにズレを生む。あの子の悪い癖だ。」
金本は珍しく眉間に皺を寄せ、厳しい表情をしていた。
柴田は黙って聞いていた。
「致命的なんだよ。あの手の癖はね。」
彰は自分の両ほっぺたを手で挟んで軽く叩いた。
(くそ!気持ちで負けるな!)
彰は頭を振った。
本気になった柿崎の攻めは、彰の力で捌き切れるレベルではない。勝つには、攻めるしかない。
彰はようやく構えようとした。
「司馬彰。」
ネットを挟んで向かいにいる柿崎が急に声を掛けてきた。
「楽しいなあ、おい。」
柿崎は真っすぐに彰を見ていた。試合前の傲慢な様子ではない。
「勢いに乗ってる方は楽しいでしょうね。」
「へへっ。まあな。」
彰の冗談に、柿崎も笑って返す。
「正直、こっちは余裕ないんですよ。勝たないとね……。」
真剣な面持ちの彰を見て、ニッと笑った柿崎は、サーブを打つ。
「面白くないんですよ!」
彰はリターンで直接スマッシュを打つ。
「あっ。」
金本が思わず声を上げた。叩く打点が低い。水平気味の勢いの弱いスマッシュになった。
「力みすぎだ!」
何とかネットは越えたが、柿崎は冷静に逆サイドの奥を狙う。彰は必死で追いついたが、力なく返したシャトルは、ネット際で柿崎に難なく叩かれ、試合は決した。
彰は天を仰ぎ、柿崎は右腕を力強く突き上げてガッツポーズをした。
両チームが2人に大きな拍手を送った。練習試合とは思えないような雰囲気だった。
主審が試合終了を告げ、彰と柿崎に握手を促す。
「いい試合だったな、司馬彰。」
柿崎が手を伸ばした。そして、驚いた。
「おいおい……。」
彰は泣いていた。顔を真っ赤にし、大粒の涙を零していた。
「ったく。準優勝してんだぜ、俺。どんな一年だよ、お前。」
柿崎は思わず苦笑いした。
周りの人間達もその様子に気づき、思わず手を止めた。そして、彰を励ますため、各々に声を掛けた。
「カネさんが何故あの子を気に入ってるか分かりました。」
柴田が呟いた。
「昔のカネさんと一緒だ。プレーも、性格も。」
「うん。」
金本が頷いた。
「あんな可愛くなかったけどね。」
「だからこそ、負けて泣く姿は見たくない。そうでしょう?」
柴田の指摘に、金本は笑った。
彰は悔しかった。負けただけではなく、本気を出した柿崎に全く手も足も出なかった。
侑司にも合わせる顔がなかった。「宿命のライバル」がこんなに簡単に負けるなんて……。
「彰も負けてみたらいいんだよ。」
侑司の声が頭に響いた。
彰の頭に誰かの手がポン、と置かれた。見上げると、柿崎だった。
「お前、強かったぜ。次はもっとヤバいかもな。」
無骨な柿崎が柔らかく笑った。その姿に蓮台のメンバーも驚くほどだった。
彰は涙を拭いた。負けるだけじゃ意味がない。あいつがそうしたように、自分も強くならなければ。
彰はようやく前を向き、柿崎と握手を交わし、頭を下げた。
「柴ちゃん、どう思う?」
「身体がまだ出来上がってないし、精神面は課題ですが、技術は十分でしょう。あとは、本人の努力次第でしょうか。」
「強くなるかな。」
願望も込めた言葉であることを、金本自身も自覚した。
「そうですね。」
柴田は目を細めた。
「彼なら大丈夫でしょう。」
彰はスコアを見返した。そこに並んだ数字以上の実力差を感じた。
きっと強くなってやる。彰は誓った。
第1セット 10対21
第2セット 19対21
セットカウント 0-2
彰の高校初めての試合は、苦いほどの完敗だった。
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