第26話 残酷な日


 侑司と柿崎の試合が始まろうとする頃、彰の試合は早くも佳境を迎えていた。

 

 あまりにも明らかだ。


 見ている観客や、応援しているチームメイト達ですら、そう感じる程だった。

 彰が必死に打ちこむほど、中田は淡々といなしてくる。

 同じようなプレースタイルの2人の対戦は、完成度の高さが明確な差になって現れた。


 第1ゲームは21対5。

 続く第2ゲームは粘ってはいるものの、ここまで17対9。

 中田がもう少しで試合を決めようとしていた。

 

 諦めてはダメだ。彰は何度も反芻した。直後、暗い影が心を覆う。頭では考えられても、心が付いてこない。

 それほどに実力差は歴然だった。


 彰が積極的に攻め、左右前後に打ち分ける。だが、気が付けば中田はまた中央にいる。


「もう戻ってる……!」


 体勢を崩さず、正確に返す。そしてすぐに戻る。基本の動きだ。

 その一つ一つが、彰とは動きの質が全く違う。


「くそ、速い……。」

 観客席の雪永が悔しそうに呟いた。それを見て、金本がため息を吐いた。

「速いか。まあ、確かにそうなんだけど、そうじゃない。」

 金本は左手を握り、雪永に向けてパンチの素振りをして見せた。

「ボクシングのジャブと一緒だよ。」

 適当だから話半分で聞いて、と前置きして、金本は続けた。

「フックやストレート、アッパーなんかは相手に明確なダメージを与えるパンチだ。前に強く踏み込むし、だから大振りで、体も泳ぐ。でも、ジャブはけん制と距離を測るために使われる。あと、細かな散らしにもね。」

 彰のショットを淡々と返す中田を見ながら、金本は右手を大振りに振ると、前の観客に当たりそうになり、頭を下げた。

「上手い選手のジャブは身体の重心が揺らがない。で、少し腕を前に出した状態から打つから、相手までの到達時間が非常に短い。身体が泳がないから戻りは当然速い。」

 雪永はハッとした後、頷いた。中田は決して「速い」わけではないのだ。

 

 改めて見ると、中田はリターンのバリエーションが多い。自分の返すタイミングや位置によって、相手へのリターンを細かく調整している。

 シャトルを拾う時も、上体を傾けず、腕の振りも極力軽い動作だけで、相手が拾う間に、すぐにセンターポジションまで戻る。その繰り返しだ。

 速いというより、余計な動きがなく、まるでバネのよう反発したように戻る。

 それだけなのに、相手は追い詰められていく。

 

「あの戦術は、やってる方もやられる方も、滅茶苦茶しんどい。お互いにミス待ちだからね。」

 金本は唸った。

「今の司馬ちゃんでは、同じように戦っても、微塵の勝ち目もない。」

「じゃあ、前みたいにスマッシュ主体に……。」

「とっくにやってる。でもダメだ。」


 また中田が決めた。このポイントのラリー回数は20回以上。その末に落としたことは、彰の心に重くのしかかった。


「これが辛いんだよ。野球でも、粘った後に三振するのは、本人は結構辛いんだ。」


 彰が前のめり気味に頭を垂れた。数秒後、顔を上げたが、その眼は苦痛に歪んでいた。

「彰……。」

「諦めるなー!司馬ー!」

 チームメイト達が声を張り上げた。


(恥じることはない。十分過ぎるほどだ。)

 金本は心の中でそう思った。

(胸張って戻ってこい。そして来年こそは……。)






 冷やりとした手だった。

 走り回った自分の、熱を持った手と比べて、相手の余裕が伝わってきた。

 

 これが全てだ。


 相手の目に入りもしない。


「ありがとうございました。」


 中田と握手を交わした。

 試合前と同じ微笑みを携えた相手に、彰は打ちのめされていた。


 コートに一礼してから、後ろを向くと、自然と涙が零れた。


 受け止めろ。これが今の自分の……。



 会場の温かい拍手が、今の彰には残酷に思えた。

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