第27話 敵は二人に非ず


「彰……。」

 

 うなだれる彰の姿を、少し離れたコートから侑司は見つめていた。

 打ちのめされ、弱弱しく下を向き、涙を零す。


「つーか、俺もやべぇよな……。」


 侑司はスコアを見る。

 第1ゲームは14対21で落としているのだ。


 やはり柿崎は強い。伊勢橋の誰よりも遥かに強い。

 だが、それ以上に悔やまれるのは自分のミスだ。簡単なプレーでしくじりが多すぎた。

「あれで3点は取らせちまったぞ、畜生……。」

 侑司は額の汗を拭いながら一人で呟いた。


 侑司は、また彰に目をやった。

 のそのそと道具を片づけながら、俯いて会場を後にする。その姿に胸が痛んだ。


 何でそこまで辛そうな顔するんだよ。

 スポーツじゃないかよ。

 そんなに泣いて。


 隣のコートでは、伊勢橋のキャプテン、小西の姿があった。明らかに優勢で、勝つのは間違いないだろう。相手は大したことのない選手だった。

 侑司からすれば、小西は強いが、それほどではない。柿崎や中田と比べれば、その差は明らかだ。


 応援席にいるチームメイト達は、みな小西を応援している。自分が点を取っても拍手の一つもない。

 

 侑司は、拳を握りしめた。

「くそ……見てろよ。」



 柿崎は率直に驚いていた。

 第1ゲーム、終始リードして終えたが、自分が明確に勝ったとは感じられなかった。

 遠慮なく、そして躊躇なく打ち抜かれるスマッシュは、強烈だった。

 細かいプレーは苦手と事前に監督から聞かされていたが、弱点とは言えないほどには無難にこなしていた。


 ただ、技術面、精神面ともにムラがあるのか、些細なミスを発端にリズムを崩し、徐々に勢いがなくなっていった。第1ゲームは、そこにうまく付け込めた。


 まだまだ粗い。しかし、恐ろしい。

「強いとは聞いていたが、ここまでとは。」


 柿崎の脳裏に浮かんだのは彰の姿だった。

「強い後輩ってのは厄介だな。去年の先輩達に謝りてぇな。へへ。」


 柿崎は、彰と中田が試合をしていたコートを苦々しく見つめた。

「司馬が負けたのか。」

 自分を苦しめた彰を難なく倒してのけた中田。

 昨年、この大会でコテンパンにされた時と変わらない、いやそれ以上の強さで。


 柿崎は立ち上がった。

「負けるかよ。チクショウめ。」



 第2ゲームは柿崎のサーブから始まる。


 構えを取りながら、侑司は考えていた。

(あれこれ考えるのはヤメだ!どうせ俺はミスする。それに引っ張られるな。集中力を切らすな。迷いなく打ちこめ。走り回れ。拾いまくれ。そうすりゃ……。)


 柿崎の手元から、シャトルが離れた。


(勝てるだろ!)


 最奥を狙ったロングサーブ。侑司は、左腕をしならせ、バックハンドクリアで柿崎のバック側に返す。

 しかし、読んでいた柿崎が落下点で構えた。


「おいおい……。」

 侑司は思わず笑った。


 柿崎が思いっきりスマッシュを打ちこんできた。侑司は、手前に落とす。それを柿崎がダッシュで拾い、ふわっとしたロブがコート奥へと飛んできた。

 お返しとばかりに侑司が構える。心なしか、柿崎も笑ったように見えた。


 力の入ったスマッシュが柿崎を襲う。返したが、強さに差し込まれ、力なくシャトルが上がった。

 侑司が突っ込んできた。そのまま飛びあがってスマッシュを打ちおろす。

返されれば、次はない。


 叩きつけるような、強烈な一撃を柿崎は取ることができず、侑司が先取点を奪った。


「ちっ。ここで踏み込むかよ。」

 柿崎が舌打ちしてから、侑司に笑いかけた。

「自信家だな。」

「先輩もでしょ。あんな遠くからスマッシュ打って。」

 侑司は臆せず、笑い返す。


「すいませんね、先輩。俺、生意気だから。ほら、応援席にいる、俺のチームの奴ら、皆無視してるでしょ。」

「いや、見ろよ。」

 柿崎に促され、伊勢橋の応援席に目をやると、皆、侑司の試合を見ていた。驚きの表情をもって。

「圧倒してるぜ。お前。」


 侑司は驚きと共に、笑いだしたくなる気持ちを必死に抑えていた。こみ上げる気持ちをかみ殺す。


「面白いっすね、先輩。」

「あ?」

「だってそうでしょ。あいつら、いつも俺のこと無視する癖に、俺の試合をああやって覗き見してるんですよ?」

「そりゃ、強い奴の試合は見てぇだろ?」

 柿崎は呆れて言った。


「ははは、違いない!」

 侑司はついに笑いだした。試合を見ていた人間達が皆、一斉に侑司に目を向けた。


「先輩、行きますよ。次も。」

 侑司はそう言うと、サーブの構えをとった。


「分かってるよ……。やれやれ。なんか強いけど面倒な少年漫画の敵キャラみてぇな奴だな。」

 柿崎は苦笑いをしながら、侑司のサーブを迎え撃った。

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