第10話 蓮台の鷹
蓮台高校は、県内外でよく知られたバドミントンの古豪だ。
昔から飛びぬけて強いわけではないが、平均的にレベルが高く、昨年の県ベスト4に代表されるように、団体戦では安定して好成績を残している。
しかし、昨年に限っては、その団体よりも個人戦でインパクトを残していた。
「それがお前の今日の相手だよ。」
彰の隣に座った雪永が心配そうに言った。
蓮台高校との練習試合当日、彰達は電車で現地に向かっていた。
前日は興奮で少し眠りが浅かったが、体調は悪くない。
高校に入って初めての練習試合、しかも相手は「蓮台の鷹」だ。
「1年生で県大会準優勝。全国まで行ってんだぜ?」
他の部員達も口々に彰にささやく。決して不安を煽るわけではなく、「絶対負けるけど相手が悪すぎるから気にするな。」といった様子だった。
周囲の不安は他所に、彰は楽しみだった。相手は雑誌にも取り上げられていたし、動画サイトで何度もプレーを見た。
ある意味、憧れの相手だ。
柄にもなく、心が躍った。
蓮台高校に到着すると、既に部員達が熱のこもった練習をしていた。四津川と異なり、部員達が声を出し合い、先輩達の指導にも熱が入っている。
既に圧倒されていた四津川だったが、いそいそと着替え、挨拶に向かった。
「やー、どうも。柴ちゃん。」
「こちらこそ、カネさん。」
相手の監督と金本が親し気に挨拶を交わした。恰幅のよい相手監督と、枯れ枝のような金本が並ぶのは少し滑稽だった。
「相手の監督とは顔見知りなんですね。」
会話を終えて戻ってきた金本に、堀が尋ねた。
「昔、一緒のチームでプレーしてたんだよ。僕が1コ先輩でね。一緒に組んで大会に出たこともあるしね。」
金本がバドミントンをやっていたことにも驚いたが、相手監督はもっと驚きだった。
あんなに丸々としていたら、すぐに膝を悪くしそうだ。
「今はあんなだけど、彼は昔強かったんだよ。全国にも出てたしね。」
なおさら驚きだったが、その後の「僕も強かったんだけどね」からは誰も信じなかった。
準備が整い、コート中央に両チームが集まり、整列した。
両監督が今日の試合について説明する。
本試合は団体戦形式。ダブルス3つ、シングルス2つ。それ以外はフリー戦で自由に試合できる。
「練習試合だ。お互い楽しんでやろう。」
相手の柴田監督が柔和な笑顔で言った。
相手のキャプテンが堀と握手を交わす。
互いの健闘を誓い、爽やかに声を掛ける。
本試合のメンバーの前には、お互いの相手が立つ。彰が一番後ろに立つと相手チームから驚きの声が上がった。
「堀さんじゃないのか。」
「1年生?」
「小さいなあ。」
そんな声が聞こえてきた。気にはならないけど、なんとなくきまりが悪かった。
しかし、彰の前に相手の姿はない。
誰もが気づいていた。
体育館の端で延々筋トレをしている一人の男がいることに。
全員が整列しているのもお構いなしだ。
「あ、彼が。」
金本が柴田監督に聞いた。
「まったく、マイペースな子で。」
どうやら少し手を焼いているようだった。
そうか、あの人が。彰はようやく気が付いた。
「おう、柿崎。いい加減こっち並べや。」
キャプテンに呼びつけられ、男はこっちに向かってきた。
侑司よりも高い180cmはありそうな高身長。背筋が盛り上がった屈強な肉体、角刈りに細く鋭い目、頬骨の出っ張った無骨な容姿は、鷹というよりまるでライオンだ。
前に並ぶと、彰は隠れてしまいそうだった。
彰は緊張した。
キャプテンに促され、彰の前に立つ。今日の相手がチビの1年だと知って驚いた表情をしている。
「今日はよろしく。」
そう言うと、右手を差し出してきた。自分より遥かに大きな手と握手を交わす。
「いい試合しようや。」
言葉とは裏腹に、その男は彰には全く目をくれていなかった。
柿崎慎吾 16歳。182cm、66kg。
私立蓮台高等学校2年生。
昨年県大会個人戦準優勝。
通称:蓮台の鷹
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