第11話 代名詞
本試合は双方の予想どおり一方的な展開だった。
中堅までのダブルス3試合は全て蓮台の圧勝。副将のシングルス1の堀でさえ、善戦したものの、結局ストレート負けだった。
副将戦まで終わって蓮台の4―0。
あっという間に大将戦になった。
「公式戦ならとっくに終わってんだよな・・・・・・。」
雪永がぼんやりと呟いた。自分達が弱いのは分かっていたが、あまりにも差がありすぎて愕然としているようだった。
フリー戦も、戦うというよりもはやレッスンを受ける、といったレベルだった。
普段は気楽なチームメイト達も、流石にショックなのか、すっかり静まり返っていた。
「あと一試合だ。司馬を応援しよう。」
堀が落ち込む部員達に声をかけた。彼自身もあまり覇気はない。
彰はゆっくりとコートに進む。ウォーミングアップは十分だ。
ネットを挟み、反対側には蓮台の鷹、柿崎がいる。
軽やかにステップを踏みながら時折素振りをしている。
「あの子はいい面構えですね。」
柴田が金本に話しかけた。彰のことだ。
「そうでしょ?「あの子は」ね。ちょっとチームに喝を入れたいんだよね。」
柴田は意図を汲んだように笑った。
試合前の握手を交わす。ファーストサーブは彰になった。
彰がサーブのシャトルを手に持っているのに、柿崎はゆらゆらと身体を揺らしている。舐めている・・・というか、まだ試合に気持ちが入ってない感じだ。
相手は県ナンバー2。自分が勝てるはずもない。確かにそうだ。でも、挑んでみたい。
ファーストサーブ、彰は中央寄りにロングサーブを打った。
背の高い柿崎は、大きなストロークのバックハンドで返す。
返ってきたのは中央後方。距離はある。
彰は早い弾道のクリアを返す。
逆手を突いたはずだが、柿崎はすぐに回り込んでいた。
身体能力だけではない。経験と読み。
柿崎が選んだのはカッティングスマッシュだった。
速くサイドのライン際に落ちるシャトルを彰が何とか拾う。
ふわりと力なく浮いたシャトルを見て、柿崎は笑った。
「あー、出るね。」
金本がおでこに手を当てた。
柿崎が身体を大きく捻る。
(来る。)
ある意味、「それ」を打たせたるための打球だ。
彰は構えた。
彰に背を向けた柿崎の右腕がしなる。
パン、と破裂音のような音が体育館に響く。
直後、飛んできたシャトルが彰のラケットを弾く。
わっと体育館がざわめく。ファーストポイントは柿崎。
動画で見るより速い。そしてうねる。想像以上だ。彰はぞくりと背筋に寒気が走った
「鷹の代名詞だね。あのバックハンドスマッシュ打てる奴は、この辺の高校じゃちょっといないね。」
金本が感嘆の声を上げると、柴田が苦笑いした。
「最初っから惜しみなく出すなんて、司馬ちゃんを相手として認めてくれてんのかな?」
「逆ですわ。全く、あいつの悪い癖で。」
柴田が困った表情を浮かべた。
「相手がどうとかじゃないんです。練習試合だからって、手抜きしよってからに。」
柴田が顰め面をしてるのを見て、金本が驚きの表情を浮かべた。
「今のバックハンドは?」
柴田がふう、と息を吐いた。
「まあ、6割ってとこですかね。」
金本は両手を広げた。
「もったいないねえ。」
「ええ、本当に。」
柴田の懸念は、直後の柿崎のサーブでそれは起きた。無表情のまま打ったシャトルは、明らかなショート。
イージーミスであっさりと同点になった。
彰は拍子抜けしたと同時に、柿崎の表情を見て愕然とした。
半開きでやる気のない目をし、ため息を吐きながら、伸びをする。全く自分を敵と思っていない。
「サーブしっかり!」というチームメイトの激も、柿崎は全く意に介さない。つまらなそうに首を捻った。
明らかにどうでもいい、そんな様子だった。
「おお?」
柴田が前のめりになり、目を細めた。
試合を見守っていた両チームのメンバー達も、柿崎もその様子に気付いたようだった。
金本がくっくっと笑った。
「来てるねー司馬ちゃん。」
「いい顔しますね。」
柴田が笑った。
「でしょ?可愛いんだよ、あれが。」
彰の顔が真っ赤になり、頬っぺたが膨れている。
あまりにも気のない柿崎の態度を見て、彰は無性に腹が立っていた。
そして思った。たとえ勝てなくても、このスカした奴に一泡吹かせてやる、と。
目の前の一年坊主が、見るからに自分に怒りを向けている。
へえ、と柿崎は笑った。
正直、チビで子供みたいな顔した相手をいたぶるみたいで気乗りしなかったが、少し気が変わった。
「生意気じゃん。こいつ。」
彰がサーブの構えを取る。今度は、柿崎も構えた。
「少しだけ、遊んでやるよ。」
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