第12話 勘違い
さっきまでとは明らかに雰囲気が異なる。柿崎は腰を少し落とし、ラケットを立てて構える。
彰がロングサーブを打つ。余裕をもって下がった柿崎は簡単に追いつき、低い弾道のクリアを放つ。
彰はそれをバックハンドのハイクリアで返す。コートの奥だ。
(もう一度クリアか?)
またゆったりと下がった柿崎の様子を見て、彰はそう感じた。
しかし、柿崎が打ったのは、打点の高い位置からのカットだった。
回転のかかったシャトルが急に角度を落とし、ネットを僅かに超えたところに落ちていく。
「くっ」
彰は身体を伸ばし、なんとか追いついて拾う。
場凌ぎ的に高く跳ね上げると、柿崎が高く飛びあがるのが見えた。
急角度で放たれる強烈なジャンピングスマッシュ。
シャトルが地面に叩きつけられる、といった表現が正しいだろうか。
彰が取れず、柿崎が2点目を奪う。
「へへ。」
柿崎がうっすらと笑う。
いい玩具を見つけた子供のようだった。
その後も、柿崎は彰を圧倒し、得点を重ねる。
柿崎のスマッシュがまたしても彰を打ち抜いた。スコアはあっという間に7対1になった。
「う~ん・・・・・・。ちょっと相手が強いかな。」
金本が後頭部を掻いた。
「いや、そうでもないですよ。」
柴田がニコリと笑いながら言った。
彰がふう、と息を吐きながらシャトルを拾おうとした時、柿崎がネットの下からラケットを伸ばしてシャトルを先に拾った。
「んん?」
彰は困惑して柿崎を見た。
「悪いね。早くやろうや。」
柿崎は楽しそうに笑っていた。
「普段はあんな顔しないですから。」
柴田が言う。
「へえ、そうなの?」
金本が少し驚く。
「おっ?」
周囲がざわめく。
彰のカットが決まったのだ。柿崎は意表を突かれ、少し笑みが消えた。
「何でもないように見えるけど?」
「いやあ・・・・・・。」
金本の問いに柴田は困ったように笑った。
点を取られたのが悔しかったのか、柿崎はまたギアを上げた。必死に凌ぐ彰を横目に、縦横無尽にコートを駆け回り、彰に力の差を見せつける。
スコアは20対7。セットポイントまであと1点となった。
「大したこともせずに、大きな結果を得ると、人間拍子抜けしちゃうもんですよ。」
「鷹のこと?」
「自分の経験も踏まえてね。」
金本は黙った。柴田は続ける。
「あの子は1年で準優勝してね。全国まで行った。衝撃でした。地元だけじゃなく、色々なメディアからも注目されて、有力大学や企業からも既にスカウトが見にきてます。」
「流石だねえ・・・・・・。」
金本が感心したように呟いた。
「練習してるように見えますか?」
「まあ、ある程度はね。」
柴田が頷いた。
「そう、ある程度、なんですよ。」
そう言っているうちに、柿崎がまたスマッシュを打った。
彰が返し、手前に落ちる。
拾った柿崎のロブは高く飛ばず、完全なミスショットになった。
彰が叩いて8点目を取る。
「そこまで圧倒的な結果が出ると勘違いしてしまう。」
今度は近距離でのドライブの打ち合いになった。
「ああ?」
また周りがどよめく。柿崎がスカり、彰が9点目を奪う。
「確かにそうだね。」
「それは自分でも分かっているはずなんですが、試合では勝ててしまう。それが勘違いさせてしまうんです。」
「だから、自分だけ勝手に別メニューなわけだ。」
今度はふわりとネット際に上がったシャトルを彰が叩いた。柿崎は何とか返すが、返しを丁寧に前に落とされ、天を仰いだ。
「あの子はね、昨年の結果程にはまだ上手くないんです。」
ようやく柿崎が1点を奪い、21対10。第一セットは柿崎が奪った。しかし、終盤は彰が良い形で進めていた。
結果はダブルスコアだが、手ごたえを感じていた。
「よし、次のセットだ。」
彰はほっぺたを両手で挟み込んだ。そして、2,3回軽く叩く。
「司馬君はいいプレイヤーですね。よく練習している。柿崎君も楽しそうだ。」
「どうしたいの?」
タオルで汗を拭い、水分を補給する。息を大きく吐く。いつものルーティンが終わり、2セット目が始まろうとしていた。
「柿崎君はね、挫折を知らない。」
「司馬ちゃんじゃちょっと無理だよ。」
「そこまでは望まない。プライドも高いしね。でもね、カネさん、良いプレイヤーってのは何度か壁にぶつかって育つもんなんですよ。少しづつ痛みを感じながらね。いきなり地面に叩きつけられちゃ、たまらんでしょ?」
「じゃあ、司馬ちゃんには」
「次のセットはぜひ取ってもらいたいですね。無理してでもね。」
柴田はふざけもせずに言った。
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