第13話 自分のスタイル
2セット目は柿崎のサーブから始まった。
彰は、柿崎をどう崩すか考えていた。
柿崎の強さを支えるのは、代名詞ともいえる強力なバックハンドスマッシュを始めとした強打。
恵まれた体格と、身体の柔らかさ、そしてグリップの強さ。それらを活かしたスマッシュの強さはとにかく桁が違う。あの侑司よりも上だ。
フォア、バックともに強烈なスマッシュを打てるため、相手は高く上げること自体慎重にならざるを得なくなる。
相手は選択肢が縛られ、自分は読みやすくなる。スマッシュを喰らうたび、その感覚は強くなっていく。それは、試合が進むに連れ、じわじわと効いてくる。
彰も、第1セットの途中から、スマッシュを打たれないように対処しようと試みてはいるが、柿崎の当たりが速いため、押し込まれてしまう。
どう崩す?
「全体的な技術にはまだまだ改善の余地があるね。しかし、それを補って余りある強みが、柿崎君にはある。」
金本が冷静に言った。
「技術に差がある相手であっても、強打と運動量を武器に、強引に勝ち切ることができる。」
「しかし、それでは限界があります。だから、去年の県大会決勝や全国では通じなかった。」
柴田が表情を変えずに言った。
「本人もそれは分かっている。だが・・・・・・。」
彰も気づいていた。この試合、とにかく柿崎はワンパターンだ。強打で押し込み、スマッシュで仕留める。
ひたすらそれを繰り返している。柿崎は意固地なほどに自分のスタイルにこだわっている。
ハイクリア、カッティングスマッシュ、たまーにドロップ。どれもスマッシュへの布石だ。
柿崎のスマッシュを、彰は柔らかく前に落とす。その後のロブが不正確。
彰はスマッシュを叩きこみ、ポイントを取る。第2セットは彰の得点で始まった。
フォア側への落とし。第1セットでも不用意なショットがあった。おそらく、柿崎が苦手なところだ。
特に、スマッシュのカウンターとしては抜群に機能する。
ただ、それを繰り替えしては気づかれて対処される。
今のように、真ん中より後ろで打たせていることを意識させないようにしたい。
柿崎のスマッシュを基本はハイで大きく返す。2発目、あるいは3発目のスマッシュで落とす。
揺さぶりをかけるため、ヘアピンを狙ったり、失敗覚悟で前に出続けたりする。
そうしている内に、少しづつ彰がポイントを重ねていく。
「あいつ、上手いな。」
蓮台のキャプテンが感心したように言う。
「柿崎相手にリードできる奴、久しぶりに見た。」
蓮台のメンバー達もざわつき始めた。
「いいぞ!彰!」
「落ち着けよ!一本大事!」
雪永やチームメイト達が大きな声で応援している。練習にはない、チームの機運が高まっている。
スコアは13対10。彰がリードしている。
「ちっ。」
柿崎が舌打ちをした。少しイラついているのが分かる。
「鷹は気づいてんの?司馬ちゃんに打たされてるって。」
「そうでしょうね。でも、止めない。」
柴田がため息を吐いた。
「普段、柿崎君には自分の弱点を補う練習を課しています。スマッシュ以外のショットや防御時に正確に返すこと。一芸に秀でるのではなく、基礎練習を繰り返し、総合力をアップさせるように。」
「ここまではスマッシュバカに見えるけど。」
金本が笑うと、柴田が大げさに手で顔を抑えた。
「柿崎君は、自分より格下と思う相手は、自分のスタイル、スマッシュを駆使した強引な攻めでねじ伏せないと気が済まない。それくらいできるようにならないといけない、と思っている。」
「なるほどねえ。そこは自分の核なんだろうね。全体的に伸ばしてもオールラウンダーになるんじゃなく、攻撃に特化した選手になりたい。」
「と言えば聞こえは良いですが・・・・・・」
柿崎が珍しくヘアピンを狙うが、ネットを越えない。彰がまた点を取った。
ラケットを頭に軽く当てて、柿崎は訝し気な顔をした。
「総合力を伸ばしても、今のワンパターンなスタイルを変えない限りは、幾らスマッシュを強くしたところで、格上には勝てない。格下に圧勝できても意味がないでしょう。」
「はー。努力の方向がちょっと違うね。」
金本が頭の後ろで両手を組んだ。
「司馬君のような引き出しの多い相手だからこそ、普段の練習で取り組んでいることを実践し、失敗して学ぶべきだ。」
柴田はぼやいた。
「そうかもしれないね。」
金本は腕を組んだ。
「でも、鷹にとって司馬ちゃんが格下であることに間違いはない。」
柴田が頭を掻いた。
「格下なんかじゃありませんよ。」
彰はあえてクリアを連発し、柿崎のスマッシュを誘導する。挑発されたように感じたのか、柿崎は強引にスマッシュを打つ・・・・・・が、珍しくネットに掛かった。
18対14。
終盤にきて、彰がリードを広げた。沸き立つ四津川を横目に、柿崎は冷静に天を見上げた。
「あーあ。無理か。クソっ。」
柿崎が呟いたのを彰は聞いていた。今のはどういう意味だろうか。
「柴ちゃんの望みどおりになったねえ。」
「いやあ・・・・・・。」
柴田が笑った。
柿崎は、タイムを取り、給水を済ませると、早めにコートに戻った。イラついているかと思いきや、彰と目が合うと楽しそうに笑った。
「っしゃ。やろうぜ!」
柿崎が声を張り上げた。その場にいた全員が驚きを隠せない。
彰は息を呑んだ。
ここからは、間違いなく本気だ。
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