第14話 苦い記憶の後で


 中学3年の時、初めて個人戦で優勝し、全国大会に行った。


 3回戦負けだったが、負けた気はしなかった。いや、それ以前も、試合に負けても実力で劣ったと感じたことはなかった。

 

 あるいは今よりも鈍感だったか、とにかく怖いもの知らずだった。



 明確に「負けた」と初めて感じたのは、去年の大会、高校に入って、初めての大きな大会だった。


 己惚れてはいなかった。なんせ中学の時と違い、まだ一年だ。いきなり勝てるほど甘くない。


 はずだった。


 だが、実際、試合になると面白いほどスマッシュが決まった。慎重になる相手に最初からガンガン攻めて、一方的に負かしていく。


 勝つたびに大きくなる声援。その勢いにも乗り、気が付けば、あっという間に決勝まで進んでいた。


(俺ってやっぱ強ぇんだな。)


 そんな慢心もないわけではなかった。



 迎えた決勝。相手は2年生だった。あまり聞いたことのない選手で、一つ上の世代では無名だったと言ってもいい。


 体格も自分よりずっと小柄で、取り立てて強烈なショットもない。

 高校も大したことねえな、そう思った。



 しかし、この試合は、柿崎の脳裏の奥深くに焼き付けられることになった。


 得意のスマッシュは全て返される。どこに打ってもすぐに拾われる。そして、自分の苦手なゾーンがすぐに見抜かれ、徹底して攻められる。


 気が付けば、まともに打てなくなっていた。

 

 どこに打てばいい?

 何を打てばいい?

 相手は何をしてくる?


 がんじがらめになり、一方的にやられ続けた。


 一年で準優勝。全国の切符も手にした。


 周囲はセンセーショナルに騒ぎ立てたが、酷い敗北感を植え付けられた。


「蓮台の鷹」というニックネームすら煩わしいだけだった。



 大会後、自身の弱点の克服に励んだ。


 同時に、自分の最大の武器、スマッシュの強化にも。


 監督やチームメイトからはスマッシュにこだわり過ぎないよう、何度も言われてきた。


 それは分かる。あの決勝で一方的にやられたのも、スマッシュ以外に頼れるものがなかったからだ。


 しかし、自分にとってのバドミントンとは、スマッシュだった。


 思いっきり打って、相手を叩き伏せる快感は、他のプレーでは得られなかった。

スマッシュこそ、自分にとってバドミントンをする理由だった。


 だから、こだわり続けた。


 あの敗北の後でさえも。




 第2セット、18対14で彰のリード。


 サーブは彰。柿崎のバック側にロングサーブを打つ。


 ハイクリアかバックハンドスマッシュ。

 柿崎の攻めはこの2択だ。

 ショットは強烈だが、攻めは単調で、対処がしやすい。

 こっちがサーブの方がペースを掴みやすい。


 だが、それはこれまでの話だ。



 柿崎が打ったのは、なんと、柔らかいバックでのドロップショットだった。

 

 それも、ラインぎりぎりに落ちる、絶妙なショット。


 彰は足を伸ばして、何とか拾う。


 高く上がったシャトル。


 スマッシュか、カットか。ここまでの柿崎ならこの2択。


 しかし、打ったのは速いクリア。

 ドロップとは反対の奥を狙う鋭いショット。


 これも、なんとか追いつくが、返した当たりは浅い。


 ネット前まで詰めていた柿崎がジャンピングスマッシュで叩いた。


 これには彰もどうすることも出来ず、柿崎が15点目を取る。


 彰は驚きを隠せなかった。

 ある意味、セオリーどおりだが、これまでの柿崎のプレーから、こんな攻め方は想定できなかった。


 柿崎は既にサーブの構えに入っている。彰は右手を前に出し、制しながら、呼吸を整え、構える。


 柿崎は彰のバック側にロングサーブを打つ。


 彰はバックでのハイクリアを選択。


 それに対し、柿崎はまたクリアを打つ。


 少しクリアでのけん制が続いた後、先に動いたのは柿崎。


 打ったのは、緩いスマッシュ。カットではないが、少し右側に流れるような弱いスマッシュだ。


 彰はこのショットを高く跳ね上げ、再びハイクリアの打ち合いの距離に戻す。


 柿崎はこれを思い切り叩く。


 彰のリターンはフォア側の手前。柿崎の苦手な場所だ。


 しかし、柿崎はそれを読み、前に詰めていた。


(しまった!)


 彰は心の中で叫んだ。

 柿崎が叩いて押し込み、16点目を奪う。



「これが本気か・・・・・・。」

 感嘆の声を上げる金本に対し、柴田が苦笑いする。

「スマッシュをどう生かすか、というところから逆算できるようにはなってきましたかね。」

「とはいえ、この一点はデカいね。」

 金本が顰め面で言った。

「ええ。」

 柴田が頷く。


「おーい!彰気にするな!次行こう次!」

 雪永が叫ぶ声が聞こえる。チームメイト達が盛り上げくれるが、彰は今のショットを後悔していた。


 今まで、彰は初球のスマッシュをハイで返し、2発目、あるいは3発目へのリターンを前に落としていた。

 当然、緩急をつけることで、相手の虚を突く目的だ。


 柿崎は自分が弱いスマッシュを打ち、その後、強いスマッシュを放った。

 弱いスマッシュを落ち着いて高く返した後、飛んできた強いスマッシュを、ほぼ反射的にフォア側に返してしまった。


「緩急をつける」という意識を逆手に取られ、柿崎の仕掛けた攻めに対し、相手の打球の反対を打ってしまった形になった。


 そして、それを読まれて叩かれた。


「今のは二重に効きます。柿崎君の攻め手が読めないのと、司馬君があの場所に打ち辛くなるということです。」

「うん。」

 金本が柴田の言葉に頷く。


 次のラリーが始まる。また、暫くクリア合戦が続いた後、柿崎が緩いドロップを打つ。


 これに対し、彰はなんと、柿崎の苦手な位置を狙い、前に落とす。


「おお!?」


 見ていた人間達が皆声を上げる。


 柿崎はこれを拾うが、彰はまたしてもドロップで同じ位置を狙う。


 お返しとばかりに柿崎が前に落とす。


 それも 彰がヘアピンで落とし返す。これが決まり、彰が19点目を取った。


 四津川のメンバー達が手を叩いて喜んだ。


「いやあ、驚きですね。」

 柴田がピシャリとおでこを叩いた。

「普通なら警戒するのに、逆にそこにこだわって攻めるなんて。」


「ああ見えて、めっちゃ負けず嫌いなんだよねえ、司馬ちゃんは。」

 金本も苦笑いしていた。



 彰はふう、と小さく息を吐いた。

「ははは!」


 柿崎が笑った。


 その場にいた全員が呆気に取られた。


 普通なら、生意気だと怒ってもいいくらいなのに。



「久しぶりに見ました。」

 柴田が驚きと共に、嬉しそうに言った。


「うん?」

 金本が聞き返す。


「あんなに楽しそうな柿崎君は。」

「良かったねえ。」

「去年の大会以来でしょうか。あんなにバドミントンを楽しんでいるのは。今、柿崎君に必要なのは、弱点の克服や精神的なケア以上に、こういう相手との試合だったのでしょう。」


 柿崎がスマッシュを決める。大げさに「よっしゃ!」と喜んだ。


「司馬ちゃん、ちょっと厄介な相手を目覚めさせちゃったかもねえ。」


 19対17。第2セットも最終盤に入っていった。

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