第2話 井の中の一番



 公立四津川高校バドミントン部の練習は緩い。


 練習の内容もさることながら、部全体に流れる空気もだ。

 

 ほとんど毎日、20分程度の基礎打ちの後、ダブルス形式の試合を繰り返すだけ。個人の課題の克服や計画的な全体の強化を見据えたようなユニークな練習は全くなかった。


 そもそも、学校自体、公立で、そこそこの進学校ということもあり、部活にのめりこむ生徒は多くない。

 まだ入部して2か月弱だが、彰は物足りなく感じていた。


「司馬、組まねえか?」

 ぼんやりしていた彰を見て、声をかけてきたのは主将の堀だった。

 見ると、既に皆ダブルスを組み、試合形式の練習を始めようとしていた。


 試合は1セットのみ。どちらかが21点取ったら終わりで、次のペアと対戦。時折ペアを変えながら、グルグルと回る。それを2時間近く続けるのだ。


 堀は、彰にとって、このチーム内で「唯一」強いと言える選手だった。

 180cm近い長身と長い手足を活かした拾いの上手さと、角度のあるスマッシュが武器で、弱小校の中で一人気を吐いていた。


「よろしくお願いします。」

「げー。彰とキャプテンが組むのかよ。」

 部員達はうんざりしていた。


 彰と堀が組むと、試合は一方的になった。

大体相手が5点以内で終わってしまう。実力差がありすぎて、双方とも張り合いがないのだ。


「試合を想定してな。」

 堀は口癖のようにそう言った。練習にも一切妥協しない。不甲斐ない部員達を叱咤し、相手がどんな下手でも全力で倒した。


 彰は堀が嫌いではなかった。

 シングルスでは彰が勝つが、ダブルスではパートナー次第で堀に負けることもある。

 彰にとっては退屈な部活の中で、唯一全力で戦える相手だ。


 しかし、部としては相変わらず最低クラスであり、このまま、夏の大会なんて出ても「思い出参加」で終わってしまいそうだ。

 彰は堀を見た。彼もまた、部員達のレベルの低さに頭が痛いようだった。


 

 そんな悩ましい日々が続くかと思っていた矢先のことだった。

 

 その日は少し様子が違った。

 珍しく、顧問の金本が早くやってきたのだ。

 

「おう、みんな頑張ってるね。」


 小柄で眼鏡をかけた初老の現代文教師。

 生徒達から「枯れ木」と言われている姿は、運動部の顧問には見えない。

 主将・堀の呼びかけで全員が金本の前に集まった。


「2週間後に練習試合をやるよ。」


 金本がニコリと笑いながら言った。おお、と皆から声が上がる。

「どことやるんですか?」

 堀が尋ねる。


「蓮台高校。」


 皆が一斉に「うわー」と声を上げた。大げさに仰け反っている先輩もいる。


「昨年、県ベスト4ですよ?」

 部員の一人が苦笑いを浮かべる。

「そうだよ?」

 金本は事もなげに言う。

「ちょうどいい相手でしょ?負けて失うものはないんだから。」


 そう言うと、「はい、練習練習」と一方的に話を終わらせた。

 部員達は動揺しながらも、強豪との練習試合に心を躍らせていた。


「まあ俺は出れないよなー。」

 1年生の雪永がぼやいた。

「彰はいいよな、試合出れそうだから。」

「出れるかなんて分からないよ。」

 雪永と基礎打ちをしながら彰は答えた。

「先輩に気を使うなよ。本当に勝ちたいならお前は絶対に出ないとダメだろ。」

 細身でヒョロ長い雪永が彰を見下ろした。


「よーし、試合形式やるぞ!」 

 堀の一声で皆が集まり、コートに散らばる。試合が近いので、必然的にダブルスで組むコンビが固まった。

 彰は2年生のレギュラーとコンビを組んだ。シングルスが理想だが、流石に一年生ではシングルスは無理だと思った。


「堀ちゃん。」

 金本が手招きをした。他の部員達には練習を続けるよう言った。

「どうよ?」

 椅子に仰け反って座ったまま金本が言った。堀は意味が分からず首を捻った。

「団体方式で5試合。ダブルス3とシングルス2。あとはフリーで。」

 堀はやっと察して、ああ、と言った。

「ダブルスは工藤・石田。管野・橋爪。それに山田と一年の司馬。シングルスは俺と草野ですかね。」


 金本がニヤリと笑った。

「司馬ちゃん、シングルスにしてやりなよ。」

 堀は戸惑った。

「はあ、しかし、一年でいきなりって言うのも。」

「いいじゃない。将来有望なんだからさ。」

 

「蓮台の鷹に当てて見ようよ。」

 金本は腕組みをしながらほくそ笑んだ。


「柿崎ですか。流石にそれは・・・・・・。」

「ガキンチョが、いっちょ前に不満持ってるみたいだし。」

 楽しそうに笑いながら、金本は言った。

「井の中の蛙だって教えてやんないと。夏に潰されちゃうよ。」

 楽しそうだったが、その眼は真剣だった。


 堀は彰を見た。


 数試合をこなしても全く疲労が見えない。明らかに手加減している試合もあった。


「井の中の一番か・・・・・。」


 自分自身もそうであったと、彰を見て堀はそう思った。


「鉄は熱い内に打たなきゃ。ねえ、堀ちゃん。」

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