第3話 彰と侑司②
「おう。今日は篠宮君が来てるぞ。」
彰が体育館に着くなり、ダルさんが言った。
ふとコートに目をやると、既にバリバリに動いている侑司がいた。
彰の姿を見つけるなり、すぐに練習をやめて飛んできた。
「よう彰!遅かったな!」
「早いな。」
全身汗だくの侑司は既に数試合こなしていたようだった。
「今日は学校の練習ねえからな。」
侑司は呑気に言った。ねえことはないだろ、と彰は内心訝しんだ。伊勢橋高校の練習の厳しさは有名だった。
二人で基礎打ちを行いながら、少し話す。
「今日、さぼったのか?」
「鋭いなあ。教師かお前。」
「まずいんじゃないのか。伊勢橋で・・・・・・。」
「いいんじゃん、一日くらい。俺、特待生だし。」
伊勢橋で特待生。彰は羨ましく思った。
「なおさらまずいだろ。」
彰は呆れていた。
二人の試合が始まった。
侑司は前と同じ、やる気満々といった感じだ。対する彰は、あくまで冷静に勝負に集中する。
お互いの力量は分かっている。前回のような見え見えのアンダーハンドサーブはしない。
侑司にとってバックハンド側に早めのロングサーブを打つ。
彰は前回と同じ戦術で攻める。が、今回はうまくいかない。
「バックハンド、伸びてやがる。」
前に勝負したのが一週間前なのに、侑司のハイバックの精度が驚くほど上がっている。
前は早く打ち込まれると中途半端な距離にしか返せなかったのに、今日は正確に飛ばしてくる。
遠くに打ち込めれば、侑司が押し込む機会も増え、得意のスマッシュが活きてくるのだ。
「となると、ネット際だな。」
途中からバック狙いは止め、ドロップとカットを主体に攻めるように変えた。
侑司のネット際の雑さは相変わらずだったため、面白いようにミスしてくれた。前後に揺さぶりをかけ、侑司に狙いを絞らせない。
結果は21対17で彰の勝利だった。
「だーっ!くそ!」
侑司はオーバーに悔しがった。かなり意気込んでいたらしく、天を仰いで暫く無言になっていた。
「分かりにくい打ち方しやがるね、彰は。」
侑司は悔しさも含ませながら彰を称えた。
実際、侑司がペースを掴めなかったのは彰の打ち方によるところが大きかった。
スマッシュもクリアもドロップも、極力同じフォームで打てるように練習してきた。彰自身、かなり気を遣っていることだった。
バドミントンは心理戦でもある。常々、ジングウが言っていることだった。
(なるほど、このプレーでも伊勢橋の特待生になるだけあるな。)
彰は思った。正直言って、自分に劣る程度の実力で強豪校の特待生になれるとは思えない。
侑司の場合、おそらく素材買いだろう。たった一週間で弱点の一つを改善してきた。それも、お世辞にも真面目に練習しているようには見えないのに。身体能力は言うに及ばず、優れたセンスがあることも伺えた。
彰はどこか納得がいかなかった。勝っているのに、だ。負けた気もしない。しかし、何故か侑司に対して苛立った。
「なあ、ジングウさん。」
侑司は体育館の端に寝そべりながら言った。椅子に座ったジングウが顔を向ける。
「あいつ、ナニモンなんだ?中学ん時、県内の同世代にあんな上手い奴いなかったぜ。しかも弱小校に通ってるし、わかんねえ。」
侑司は試合をしている彰を見て言った。
「知らんわい。本人に聞け。」
ジングウはプイ、と顔を背け、試合の様子を伺った。
「なんだよお。ジングウさん、昔からあいつを指導してんだろ?」
「ここではな。ここ以外のことは知らん。」
「いつから教えてんの?」
「3年前だ。今より小っせえ時だ。」
侑司は笑った。
「あはは。で、上手かったん?」
「ふん、見られたもんじゃなかったな。今もヘタクソだが、ようやく3分の1人前ってとこにはなったな。」
「俺は?」
ジングウは顔を前に向けながら、目線だけ侑司に向けた。
「お前はまだ見られたもんじゃねえ。」
侑司はへらっと笑いながらも悔しそうに目を顰めていた。
「おーい、彰。メシ食っていかねえか。」
練習後、侑司が声を掛けてきた。彰はきょとんとした。
「家に夜ご飯があるんだ。」
「いいじゃねえか、今日ぐらい。」
侑司は彰の都合など全く気にしないで言った。
「お前ん家は?」
「俺、寮だから夜メシ自由だし。」
彰は断ったが、侑司があまりにもしつこいので、結局一緒に行くことにした。
ファミレスで向き合って座っている2人だったが、彰は電話中だった。
「うん。今日は友達と食べて帰る。うん。ごめん。明日の朝に食べるから。」
電話で話しているのに律儀に頭を下げる彰を見て、侑司は思わず笑った。
「よつばどのメンバーで、同い年の奴。うん。最近来たんだ。名前?篠宮侑司って・・・・・・」
色々と説明している彰が、侑司は微笑ましかった。
ようやく電話を切り、彰が息を吐いた。
「いいな、親と仲良しで。」
侑司が笑いながら言う。
「心配性なんだよ、うちの親は。」
珍しく彰が顔を赤くしながら言った。親が心配性なのかわからないが、この真面目な性格は親譲りだと侑司は思った。
「ま、いいじゃねえか。メシ食おうぜ。」
侑司はバッとメニューを広げた。
彰は人見知りだ。
入学して2か月近く経つが、クラスメイトにもあまり馴染めていない。
そんな彰だが、侑司にはそれほど気を遣わずに話すことができた。
二人は食事が来るまで話続けた。
「お前、そんだけ強いのに、中学ん時どこにいたんだよ。」
侑司が聞く。
「ずっと1回戦か2回戦で負けてたよ。」
「マジかよ。お前より下手なうちの先輩、何人もいるぜ。」
お前、本番に弱いタイプか?と聞いてくる侑司は、本気なんだろうなと彰は笑った。
「単純に弱かっただけだよ。」
彰は少し困ったように言った。どんな理由があっても、彰にとってはそれが全てだからだ。
「それだったら俺が負けるわけねえだろ。」
侑司は子供のように頬を膨らませていた。
「そういう侑司こそ、中学時代は凄かったんだろ。伊勢橋に行くくらいだし。」
彰は話題を変えた。
「凄いっても、俺バド始めたの中2の夏だからな。」
「え?」
彰は思わず目を開いた。
「それまでサッカーやってたけど、辞めて。その後始めた。そうしたら3年の大会で運良くいいとこまで行けてさ。伊勢橋から特待生の話来たから食いついたんだよ。」
「そうなの、か。」
彰は動揺を隠せなかった。自分とそれほど差がない侑司が、バドミントンを始めて、まだ2年も経っていない事実が衝撃だった。
「なんでサッカー辞めたんだ?」
彰は何気なく聞いたつもりだったが、侑司が不快そうな顔をした。
「つまんねえ理由だよ。」
侑司のそんな表情は見たことがなかったので、彰は慌てた。それを見てか、侑司はすぐに悪戯っぽく笑った。
「気になるだろ?もっと仲良くなったら教えてやるよ。」
彰はホッとした。と、同時にまた苛立った。
このイライラの原因がよくわからない。
焦りか、嫉妬か。いや、きっとそれだけではない。彰はそう信じたかった。
空腹なはずなのに、箸が進まなかった。
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