第4話 誰と戦ってんの


「もっと強く打て!基本をしっかり!」

 部長の堀の声が体育館に響き渡った。

 蓮台高校との練習試合を1週間後に控え、四津川にしては珍しく活気に満ちた練習をしていた。


 柔軟、基礎打ちの後、1時間休みなしでダブルス、その後さらに筋力トレーニングと自主練。

 緊張感のある練習に慣れていない部員達は、弱音を吐きながらも試合に向けたメニューをこなしていた。


 その中にあって、彰は少し迷っていた。

 今のまま練習を続けていて、侑司に勝てるだろうか。もしかしたら、あっという間に追い抜かれてしまうかもしれない。

 そんな危機感が湧いていたのだ。


「ぼーっとしてんな。」

 雪永が声を掛けてきた。

「ちょっとうまくいかなくて。」

「へー。彰でもスランプとかあるのか。」

 雪永はオーバー気味に驚いた。


「地域のクラブでとんでもない奴に会ったんだ。」

「上手いのか。」

「今はそこそこ・・・・・・俺でも何とか勝てるくらいなんだけど、まだ初めて1年ちょっとなんだ。」

 マジかよ、と雪永は顔で語ってみせた。

「だから、ちょっと危機感が・・・・・・。」


「司馬ちゃん。ユッキー。」

 しゃがれた声がすぐ近くで聞こえた。

 金本監督がすぐ後ろに立ち、にやりと笑っていた。


「ユッキーって・・・・・・。」

「なあにさぼってんの?」

 彰と雪永は慌てて首を横に振る。金本はうんうんと頷いた。

「そうだよね。サボってる暇ないよ。考えてる暇ないよ。試合、キミがシングルス2ね。」

「は?」

 彰と雪永の声がダブった。シングルス2というのは5番勝負の最終戦、団体戦で言うなら大将戦だ。

 一年生が務めるなんて普通はあり得ない。


「スッゲ・・・・・・。」

 雪永が呆然とした顔で呟いたが、彰は困惑していた。

「堀部長じゃないんですか。」

「謙遜するねい。君がウチで一番強いって分かってんでしょ?小っちゃいお山の大将だって。」

 何故か小馬鹿にした様子の金本に、彰は少し不快そうに眉を顰めた。しかし、当の金本はお構いなしに続けた。

「じゃあ司馬ちゃん、今から堀ちゃんとシングルスね。」

「はあ?」

 またしても彰は驚きの声を上げた。

「意味が分かりません。」

 金本はクスクスと笑い、彰を更に煽った。

「練習の質を上げてあげるんだよ。司馬ちゃんは意識高い系みたいだからねえ。」



 彰と堀がネットを挟んで向かい合う。何故か部員達が練習を辞めて2人の様子を眺めている。

 堀とシングルスで対決したことは何度もある。

「試合を想定しろ、本気で来いよ。」

 相変わらず生真面目な堀に、彰は笑った。


 いつもなら、彰が僅差で勝つことが多い。

 しかし、今日は少し様相が異なる。練習とは明らかに違う緊張感が漂っていた。


「ちょっとやな感じだな・・・・・・。」


 そう呟きながら、彰はファーストサーブを打った。

 何故かあいつの顔が浮かんだ。


(堀さんはどう考えているんだ?一年に大将戦取られて、しかもこんな試合させられて。)

 

 彰のサーブを堀は丁寧にロブで返す。その後、素早く中央に戻るが、コート中央よりほんの少し右側に重心をずらすのが堀の癖だ。

 彰は堀のバック側に向かって早い弾道のクリアを打つ。堀はハイバックで返す。

 今後は逆側に同じような当たりを放つ。しかし、これはラインを割り、僅かにアウト。


 彰は首を傾げた。

 何でもない返しで、特にきわどい所に打ったわけでもない。


 仕切り直して、今度は堀がサーブを打つ。彰は虚をついてヘアピンで堀の逆を狙った。しかし、これも僅かにアウト。

 部員達から「お~」という感嘆の後、「あ~」という無念の声が上がる。


(入らない・・・・・・?)


 彰は焦っていた。

 その後も、きわどく打っては少しづつズレる。

 気が付けばスコアは4対11と、堀に引き離されていた。


 堀も不思議がっていた。彰がこれほどミスをするのは見たことがなかったからだ。部員達も異変に気付いていた。



 金本だけは、それを見てほくそ笑んでいた。

「弱いねえ。司馬ちゃん。全然見えてないねえ。誰と戦ってんの。」

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