第5話 無意識
パシン。
堀が打ったスマッシュは、彰の正面。
リターンには絶好球のはずだった。
しかし、彰が返したレシーブは、飛びすぎてバックアウト。
何をやってもうまくいかない。
彰は天を仰いだ。
「ほんと、スランプなんだな、あいつ。」
雪永が零した。
「何だ、それ?」
「どっか悪いのか?」
周りにいる部員達が雪永に尋ねた。
「本人がさっき言ってたんだよ。」
「まあ、じゃ、負けても言い訳立つよな。」
「てか堀さん普通に今日強えし。」
小馬鹿にしたように笑い合う部員達に、雪永はイラッとした。
「すいません。ちょっとタイム。」
彰はたまらず休憩を申し出た。
堀もそれに応じる。ただの練習なのに張り詰めた雰囲気が漂いつつあった。
顔の汗をタオルで拭い、少しだけスポーツドリンクを口に含む。
彰は苛立っていた。
サイドに打てば必ず際どくなり、アウト。遠くに返そうとする飛びすぎてアウト。
特に厳しいチャレンジをしているわけではない。あくまでいつも通りだ。
原因は何だ?
リズムが悪い。調子が悪い。運が悪い。
違う、と彰は首を振った。そのどれも、いつでも起こり得ることだからだ。
この不調の原因は、「今に始まったこと」だ。
思い当たる節は一つしかない。頭にチラつく侑司の影だ。
たった一年半で自分とほぼ互角。しかも体格や身体能力は比較にならない。
すぐに追い抜かれる。焦りからプレーが乱れているんだ。
彰はそう自己完結しようとした。
「オイオイ司馬ちゃん。どこ見てるのよ。」
不意に金本が後ろから声を掛けてきた。いつの間に近づいてきたのか、息が当たる距離にいた。
「うわあ、監督。」
「何よその反応。司馬ちゃん、酷いねえ。」
金本は薄ら笑いを浮かべていた。
只でさえイライラしていた彰は、口を真一文字に結んだ。
「すいませんね。今日は調子が悪いんですよ。」
「プレーも酷いけど、堀ちゃんに悪いと思わないの?もっとちゃんと見てやってよ。」
金本の指摘に、彰はドキリとした。
「見てりゃ分かるよ。ハイバック側とライン際ばかり狙って。意識的にやってるのかと思ったら、マジで悔しそうだしねぇ。」
顔は半笑いだが、金本の口調には棘があった。
「誰かさんの弱点なのかな?」
彰は右手を握りしめた。
侑司を意識するあまり、きっと無意識に侑司に対する攻めを実践していたのだ。
「その子は堀ちゃんより球速が速いんだろうね。ぜーんぶ先に当たりすぎてるよ。」
微妙なところに入らないのは、堀と侑司の球速差によるものだったと、金本に指摘されるまで気付きもしなかった。
「珍しいな。監督が直接指導って。」
「練習中にあの人が話すの始めて見た。」
他の部員達が珍しい動物を見たかのように笑い合う。
「弱小校で一番か二番に強い程度で、意識だけ高くて、実際、現実の相手も見えてない。」
指導なんて可愛いものではない。金本はしつこく、嫌味たらしく彰に小言を言い続けていた。
「そういうのを何て言うか知ってる?」
彰は下を向いた。
「小物って言うんだよ。司馬ちゃん。」
金本はそう言うと、彰に背を向けた。
「先生、そろそろ・・・・・・。」
「はい、試合再開ね。」
堀に促され、金本は手を叩いた。そして、「あ、そうだ」と彰に背を向けたまま呟いた。
「もしこっから堀ちゃんに勝てたら謝ってあげるよ。」
煽るだけ煽って、笑いながら去っていく姿を見て、彰は怒りを覚えた。
金本の物言いもそうだが、何より自分に対してだ。
彰は、自分の両頬っぺたを手の平で強く挟んだ。
そして、コートに戻る。
再び堀と向き合う。主審役が試合再開を告げた。
堀のサーブは、内側へのロング。
これを読んでいた彰は、思いっきりスマッシュを打つ。
ショートを狙った堀のリターンは、ネットに掛かった。
「おお」と歓声が上がった。
金本も思わず仰け反った。
スコアは5対14。
大丈夫だ。意識は研ぎ澄まされている。目の前の相手に。
彰は俯き、少しだけ笑った。
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