第31話 因縁
人生はピラミッドのようなものだ。
小西はそう考えている。
あの重い石の塊一つ一つが人間だ。
一番下の石が、上にある全ての石の重みを支え続け、一つ上の石がまた自分達より上の者に踏まれ続ける。そうして積み上がった頂点に、世界を自由に見回す者が鎮座する。
まるでこのトーナメント表と同じだ。
伊勢橋高校バドミントン部の主将、一年時からエースとしてシングルスに出て、卒業後は名門大学と実業団から誘いを受けている。
自分はふるいに掛けられても残り続けてきた。
ことバドミントンにおいて、自分はピラミッドの上にいると思っていた。多くの部員や他のプレイヤーを踏みつけながら悠々と空を見つめていた。
あいつが入ってくるまでは。
コートの対極に構える二人。二人とも伊勢橋高校のユニフォームを着ている。
しかし、そこに穏やかな関係はない。
基礎打ちを見ている観客も、その空気を感じていた。
「同じチームなのに張り詰めてるな。」
人々は好き勝手なことを言う。
「強豪校はやっぱり厳しいんだな。」
「しかも、3年と1年だしな。お互いに色々あるよな。」
ありもしない噂を語りたがる。
基礎打ちが終わり、二人がコート中央に駆けよる。そして、主審に促されるままに握手を交わした。小西は少し笑ったが、侑司は相手の顔を見ない。
「小西さん。」
侑司が小西に呼びかけた。顔は小西の方を向いていない。
「俺が勝ったらどうします?」
「さあな。」
小西が淡々と受け流す。
「じゃあ、俺が決めていいですか?」
「嫌だよ。」
小西はそう言って、さっさと手を払い、侑司から離れた。侑司が小さく笑ったのが鼻についた。
(どうせ、引退しろとでも言うんだろう。)
小西は、侑司が自分を排除したがっていることを知っていた。
理由は明白で、部内で最も強い自分が侑司に負けて引退することになれば、自分に劣る他の先輩達も部に留まることができなくなるからだ。
(勝っても負けても、まだ引退してやらねーよ。)
小西は心の中で笑いながら呟いた。
侑司は、小西のことが嫌いではなかった。
自分に対して当たりの強い先輩達が多い中、小西は公平だった。実力を正当に評価したし、礼儀がなっていなければ他の者と同じように咎めた。
何より、バドミントンの実力もあった。侑司が部内で唯一、勝てていない相手だった。
そう思い返すと、少し尊敬すらしているかもしれない。
だが、そんな小西だからこそ倒さねばならない。
部内における小西の影響力は大きい。部員達に慕われ、監督やコーチの信頼も厚い。
そして、誰もが実力で小西が一番だと思っている。
自分はどうだ。
実力は小西に劣らないはずだ。小西は確かに強いが、柿崎とは比較にならない。
今の自分なら……。
小西を倒せば、誰かが認めてくれるだろうか。
否、今はそんなことはどうでも良いのだ。
二人は構えた。全く違う思惑を抱きながら、同じ結果を望んでいた。
彰は観客席からぼんやりと試合を見つめていた。
相手は伊勢橋のキャプテンでエースだ。侑司とはお互いに手の内を知っている。
だが、そんなことよりも、侑司がどこまで強くなるのか不安を感じていた。
加速度的に強くなる侑司が、自分を置いて遥か先を行くことを予感していた。
彰のことは特別な存在と言った侑司。
不安で胸が苦しくなった。
侑司は彰のことを考えていた。
柿崎に勝ったのに、彰に勝てる気はしない。それどころか、彰が中田に負けたことすら、自分にはどうでもいいことだった。
彰には、きっと自分が完璧に勝たないと納得できないのだ。
何がそう思わせるのか、侑司自身も全く分からなかった。
準決勝第1試合 篠宮侑司(伊勢橋1年) 対 小西亮人(伊勢橋3年)
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