第32話 roundabout

 

 小西にとって、力技でゴリ押ししてくる侑司は格好のカモだった。


 派手なスマッシュを打つものの、凡ミスが多く、感覚で動く侑司は、トリッキーな小西のプレーにいつも翻弄されていた。

 だから練習では一度も負けたことがなかった。


 だが、今、目の前に立っているのは、昨日までの侑司ではない。


 これまでの侑司は感覚でのプレーに頼っており、せっかくの動体視力や身体能力を十分に生かせないでいるように見えた。


 それが、柿崎との試合から明らかに変わり始めた。

 

 相手の動きを予測し、余裕を持って構えることができている。

 たったそれだけのことなのに、侑司のプレーは見違える程に正確性を増した。


 侑司のスマッシュが小西を打ち抜いた。

 何とか当てたがレシーブは振り遅れ、シャトルは力なくネットにかかった。


「バケモンかよ、こいつ。」


 小西は舌打ちをした。

 ふと顔を上げると、侑司の表情には自信がみなぎっていた。

 あの柿崎相手に最後はほぼ一方的に打ち勝ったのだから、それもそうだ。


(自分が世界の中心って顔だぜ。)

(鼻をへし折ってやりてーが、どうしたもんかな。)


 侑司がサーブの構えをしたとき、小西は手を伸ばして一呼吸入れた。

 お互いがフォームを解いて仕切り直す。


 今の侑司には隙がない。とにかくリズムを崩すことだ。

 

 小西はどちらかに点が入る度に少しずつ間を設けた。

 サーブを打つタイミングをいつもより少し遅らせたり、落ちたシャトルを拾いに行くのを少しゆったりと動いたりした。


 少しでも時間を長引かせ、侑司の集中力を削ぐことが目的だった。


「ああでもしないと、今のユウジは止められないね。」


 戦況を見守っていたチームメイト達に対し、コーチの王が言った。

 

「やっぱ篠宮がいきなり強くなったんですか。こんなことあっていいんですか。」


 チームメイトの一人が悔しそうに言う。

 誰もが無言だった。彼らはみな、尊敬する小西が負けるところを見たくなかった。

 

「そうじゃないよ。」


 王は俯き気味に答えた。


「ユウジは既に強かったんだよ。でも、それを出しきれていなかっただけ。」

 

 悔しがるチームメイト達を横目に王はコートに目を向けた。


「でも、コニシ、間違ってないよ。」


 王はコート上の侑司が少し苛立っているのを感じていた。


 序盤は全く隙がなかったのに、さっきから細かなミスが見られる。

 半歩の遅れ、クリアの飛距離、スマッシュの当たり損ね。


 まだ致命的ではないが、侑司のプレーは徐々に綻んでいる。それは小西の心理戦が徐々に効いている証拠だった。


「篠宮もまだメンタルが安定せんな。」


 冷静さを欠いていく侑司を、若さ故の未熟さだと断じる監督に対し、王は違和感を感じていた。


「くそっ!」


 侑司が声を上げた。

 ついにミスショットが出たのだ。


 小西が小さくガッツポーズをした。

 これは大きな1点だった。普段の練習と同じ、小西のペースに持っていくことができる。


 侑司はチームの中で孤立していた。そのことを気に病む様子はなかった。むしろ群れるチームメイトに反発し、それを力に変えていた。

 そんな男が、何故コートの上では僅かなことで苛立ち、ミスを繰り返すようになってしまうのか。


 王は何か、自分達が分かっていない原因があるような気がしていた。



 小西は思った。

 

(少し分かってきたぜ。こいつはリズムを失うことでミスってるわけじゃない。)


 意図的に時間を掛けたわけでもない時でさえ、侑司は酷く苛立っているように見えた。もはや試合に集中できていないのは明らかだった。


(こいつはおそらく、「止まっていること」がダメだ。何か・・・嫌なことが頭に浮かんでくるから、それに苛立ってるな。まさか立ち止まる度負けることが頭をよぎるほどネガティブじゃないと思うが。)


 徐々に小西がペースを握りつつあった。

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