第24話 The Wall


 侑司はベンチに座ってスポーツドリンクを飲んでいた。

 周囲の騒々しさが、自分の孤独を際立たせるように感じた。チームメイト達と一緒にいなくても良いという安心感があった。そんなことを思うなんて、案外、自分も弱いもんだな、と侑司は自嘲した。


「侑司―!」

そんな感傷を壊す者が現れた。3回戦を終えて、そのままやってきた彰は、息を切らしていた。

「おー。勝ったか?」

 ひょいと手を振った侑司に、彰は「勝ったぞ!お前、試合中によくも!いいや、それどこじゃない!」と一人で騒いだ。


「次の相手、柿崎さんじゃないか!」

 彰が大きく手を広げて、大げさにアピールした。しかし、侑司はさも当たり前のようにペットボトルに口を当てた。

「だったら何だよ。どうせ優勝目指すならいつか当たるんだろ?」

「そうだけど、お前、余裕だな。」

 彰は呑気に休んでいる侑司を見て、拍子抜けしたように肩を落とした。


「まあ座れよ。」

 侑司は少し横にずれて、隣に座るよう促した。彰はがっくりした様子で座った。

「さっきの試合、結構追い詰められてたな。強かったのか?」

「当たり前だろ。去年ベスト8だった人だぞ。それよりも、なんかヤバそうな人だったけどさ。」

「ヤバい?」

 侑司が彰に目を向けた。

「なんというか・・・自分の家に火を点けて喜びそうな人だ。」

「どんな奴だよ、それ。」

 侑司は小さく笑った。

 

 その後、二人は暫く無言だった。

 彰は、侑司の様子がいつもと違うことに気付いた。

(なんか暗いな。)

 侑司の機嫌が悪いように感じ、居心地が悪かった。

 こんな時は無理に喋らない方がいいと彰は立ち上がった。

「よし、次も頑張ろうぜ。」

 そう言って立ち去ろうとした時だった。


 侑司に手を掴まれた。そのまま、ぐい、と引かれ、元通りに座らされる。

「どこ行くんだよ。」

 侑司の強い口調に、彰は慌てた。侑司の掴む力が強い。

「手ぇ痛いよ。」

 彰はそう言って手を振って離した。侑司は首を横に振ってから、ふう、と大きく息を吐いた。


「お前、何か変だぞ。次の試合、緊張してるのか。」

 悪びれもしない侑司に対して、彰は思わずムッとして言った。

 侑司は思い立ったようにラケットを掴むと、両手でくるくると回し始めた。

「全然。」

 嘯く侑司に、どこがだよ、と彰は呆れて言った。


「あいつら。俺が勝つ度にわざとらしく席立つんだぜ。はは。笑えるよな。」

 侑司の言う「あいつら」が、彼のチームメイト達であることは容易に理解できた。

 侑司が伊勢橋のシングルス枠に選ばれて以来、チームメイトとの関係が悪化していることを聞いていたからだ。


「相変わらずなのか。」

「相変わらずってなんだよ。」

 苛立ちながら返してくる。今の侑司は面倒だ。彰はそう感じた。


「柿崎さんに勝てば、嫌でも分かるんじゃないか?」

 彰は小声で呟いた。

「あ?」

 侑司が聞き返してくる。

「蓮台の鷹に勝てば、お前のチームメイト達も認めざるを得ないだろ。お前が一番だってこと。」


 彰は自分でも何を口走っているんだ、と思った。

「そんな問題かよ。」

 侑司はふん、と吐き捨てた。

「強いか弱いかなんて関係ないんだよ、あいつらは。」

 俺の性格が嫌いなんだよ、と侑司は笑った。

「そもそも、お前に勝てない俺が、お前に勝った柿崎さんに勝てるわけねえだろ。」

「それは分からないだろ!侑司らしくない!」

 彰は語気を強めた。

「俺らしくってなん・・・」

「そもそも!お前の態度こそなんだよ!何でも突っかかって!まともに話したくないなら呼び止めるな!」

 また言葉尻をつつこうとする侑司を遮って、彰は手を振って捲し立てた。


 侑司は固まった。怒りの言葉は周囲にも聞こえていて、注目されていることに気付いた彰は、真っ赤になって俯いた。

「俺、次行くよ。」

 彰はさっさと立ち去ろうとした。

「彰!」

 侑司が再度呼び止めた。

「ごめん!ありがとう!」


 振り向くと、侑司が頭を下げていた。彰は驚きを隠せなかった。

気にするなよ、と言ったが、ますます周囲からの視線が刺さり、彰はいたたまれなくなった。


「次も勝って、その次も勝って、決勝で会おうぜ!」

 ようやく元気を取り戻した侑司を見て、彰もホッとした。このフロアにいる人達のヒソヒソ声さえ気にならなければ。



 一方、柿崎は3回戦を圧勝で勝ち抜き、更衣室に戻っていた。

 ロッカーの前で着替えていると、誰かが更衣室に入る音が聞こえた。


「やあ、柿崎君。」 

 長身で髪が長く、赤ブチの眼鏡をかけた男だった。

「はあ。どうも、小西さん。」

 その男は、伊勢橋の主将・小西だった。

 わざとらしく中指を眼鏡の真ん中に当て、ズレを直す仕草をした。

「3回戦見てたよ。相変わらず強いな。」

「どもっす。」

 柿崎はペコっと頭を下げた。


「横、借りるよ。」

 そう言うと、小西は、柿崎に横で着替えを始めた。

「小西さんは調子どうですか?」

「まあ、何とか4回戦に進めたよ。」

 柿崎はおー、と感嘆の声を上げたが、小西はバツが悪そうに苦笑した。

「監督にはボロカスに言われたよ。うちの後輩が圧勝だったのに何してんだってさ。」

「篠宮侑司ですか。俺、次の相手なんですよ。」

 

「あいつは強いよ。」

 柔和な笑みを浮かべたまま、小西は言った。

「でしょうね。」

 柿崎にもそれは十分に伝わっていた。


「柿崎君。」

 小西はさっさと着替えながら、柿崎と目を合わせずに言った。


「篠宮に負けてくれないか。」


 柿崎はその言葉の意味が分からなかった。




 彰は、コートに戻ってきた。

 なんとなく耳が遠い。身体が固い。いつもより少し息が荒い。

 自分でも緊張しているのが分かる。

 

 もうすぐ始まる侑司と柿崎の試合も気になるが、今は人の心配をしている場合ではない。


 相手は、彰とは対照的に、少し遅れてコートに姿を見せた。

 その男は、応援席に手を振り、リラックスしている様子だった。

 細見だが筋肉質。少し大人びた端正な顔立ちをしており、小柄で童顔、丸顔の彰と比べると随分と大人びているように見える。


 中田有吾。強豪校、武蔵工業高校のエースにして、昨年度の県大会シングル戦優勝者。



 4回戦第1試合  司馬彰 対 中田有吾

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