第8話 夢中
「司馬ちゃんの勝ちね。これで蓮台との試合、シングルス2は司馬ちゃんね。」
彰と堀の試合後、金本が言い放った言葉に、部員達がざわめく。
「聞いてませんよ。監督。」
3年生の一人が不満そうに言う。彼は、これまでの部での実績から堀が選ばれるべきだと主張した。
「いや、司馬の方が強い。戦略的に最も強いものを大将に置くなら、司馬が務めるべきだ。」
そう返したのは、他でもない堀だった。
部員達が動揺していた。
「俺も監督から何も聞いていない。だが、そう判断されるのも当然だ。今の試合を見れば明らかだろう。」
「さすが、堀ちゃんは人間できてるね。」
いちいち不快な言い方しかできないのか、と彰は苛立った。
「じゃあ、司馬ちゃん、いいね?」
「いーーーやです。」
彰はぶんぶんと首を横に振った。
金本は少し驚いたように、おっ、と言った。
「何でよ?」
「勝った気がしないからです。」
憮然とする彰に対し、金本が笑った。
「出たよ、司馬ちゃんの意識高い系発言。」
「監督、謝ってください。約束ですよ。」
部員達が何のことだ、と首を捻る。金本はまた笑った。
「わーははは!ごめんごめん。そうだったねえ。逆転できたら謝ってあげるんだったねえ。」
「いい加減にしてください。」
笑い転げながら手だけでごめん、と形を作る金本に対し、彰は怒った。声は小さかったが、恥ずかしさで顔は真っ赤になり、頬が膨れ上がっている。
怒りの表情の彰に対し、金本は相変わらず薄ら笑いを浮かべていた。
「でもさぁ。僕のアドバイスがなかったらボロ負けだったんじゃないの?」
「それは感謝します。でも、それとこれとは別です。ちゃんと謝ってください。」
教師に対し、ここまで強気に出る彰も珍しい。部員達は驚いていた。金本はうーんと笑いながら点を仰いだ。
「よし、ここは僕も潔く謝ろう。悪かった司馬ちゃん。君を煽るようなことを言って。」
ぺこっと頭を下げた金本を見て、彰の顔色が普通に戻った。
しかし、その後、金本が頭を上げると、ニッと笑った。
「ところで、司馬ちゃんが夢中になる子ってどんな子?」
今日一番、皆がざわついた。
彰は、いつかぶん殴ろう、と思った。
「金本?ふん、そんな雑魚もいたな。あんなもんが今お前に教えてんのか。」
その日の夜、よつばどの練習に参加した彰は、ジングウに今日のことを愚痴っていた。
「何も教えてもらってないですけどね。」
「あいつの現役時代なんてカスの一言だ。現役の頃の試合、どっかに残ってるかもしれねえな。ありゃ貸してやろうか。何か言われたらそれを皆の前で見せてやりゃいい。」
相変わらずジングウは辛辣だった。
「流石にそれはいいですよ。」
彰は笑いながら、ドロップを打った。
「だが、よええ奴ほどコーチとしてはそこそこなんだ。」
これは、高評価だと言うことだ。意外だった。
「金本は昔から、理論はそこそこしっかりしてる奴だった。練習も雑魚の中じゃ理に適ってる方だったな。だが、如何せん勝てなかった。」
「へえ・・・・・・。」
彰はジングウが金本を評価していることが少し気に食わなかった。
「適切に努力しても勝てねえのは当然だ。センスがない。身体能力で劣る。有体にいや、才能がないってこった。」
彰は黙った。それは誰にでも言えることだからだ。自分にも、きっと。
「金本は真面目だった。極めて真剣だった。だが、どうしても勝てねえ。才能がないからだ。惚れて惚れて、命まで捧げたい女が、海外の王族と結婚するような気持ちだろうな。この苦痛がどれほどのものか、お前にはまだ分かるめえ。」
ジングウは、金本の境遇をおもんばかった。
「ふん、だからって、けなして煽ったり、皆の前で小バカにしたりして許されるもんか。」
彰は不貞腐れて言った。
ジングウはため息を吐いた。
「あのバカも、全くバカだな。不器用なことこの上ねえ。」
「おーい、彰。」
練習に現れた侑司がぶんぶんと手を振ってきた。
「ああ、お疲れさん。」
今日の出来事を思い出し、なんとなく侑司によそよそしくなる。
侑司はユニフォーム姿のまま現れた。大分遅い時間にやってきたことから、今日は真面目に練習してきたんだな、と彰は思った。
「よし、勝負しようぜ、彰!」
「何だよ、いきなり!」
練習しているのに、ズカズカと入ってくる侑司に彰は戸惑った。
「もうダブルス始まるぞ、お前遅いから。」
「えー!そうなのか?ちぇっ。せっかくお前に勝つために練習してきたのに。」
その言葉に、背中にゾワッと悪寒が走った。
また上手くなってるのか?
もしかして、次勝負したら・・・・・・。
彰は頭をぶんぶんと振って、悪いイメージを追い払った。
「あはは。どうしたんだよ、変な奴。」
そういう侑司は、相変わらず屈託のない笑顔だった。
夢中になってる、か。
確かに最近、こいつに負けることばっかり考えてるな、と彰は項垂れた。
何でこいつばっかりなんだろうな、と彰は首を捻った。
しかし、それを考えると、またイライラするばかりだった。
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