第29話 飛翔


 彰が会場に戻ったとき、試合は最終盤だった。


 スコアは19―14。



 そこに、強烈なスマッシュが決まった。


 これでスコアは20―14。


 流れは完全に傾いている。いや、完全に圧倒していると言っていいだろう。

 

 会場にどよめきと歓声が湧き上がる。


 彰は心臓を抑えた。



「侑司…。」


 思わず彰は呟いた。横にいた雪永達が不安そうに彰を見る。チームメイトの一人が口を開いた。


「途中まではかなり拮抗した勝負だったんだ。」


 歯切れの悪さが自分への気遣いに感じる。彰は胸が痛くなった。






「あいつが…勝つのか。」


 リードしていたのは侑司だった。彰は呆然として口を開けたまま言った。


「…柿崎さんに。」


 チームメイト達は黙りこんだ。少し前まで彰に勝てなかった侑司が、あの柿崎を圧倒しているのだ。

 練習試合で彰を一方的に倒した柿崎を。


「第2セットから、あいつがガンガン決め出して。第1セットみたいなミスも減ったし、なんていうか……。」


 侑司がロングサーブを打った。狙っていた柿崎は思い切り打つ。

 しかし、侑司は柿崎の強烈なスマッシュを、簡単にさばいた。ここまで、何度も同じ展開があったかのように。


「全然プレーが違うんだ。急に進化したみたいな…。こんなことあるのかよってくらい。」


(才能があるとは思っていたけど、これは、しかし…。)

 金本は息を呑んだ。彰を横目で見ると、手が震えていた。


(宿命のライバル…って、冗談じゃないよ。)


 柿崎の最後の攻めを、侑司は鋭いステップと読みで、ことごとく無力化していく。


 そして……。


「ミスショット、決まりだ。」


 逆に、侑司のスマッシュに押され、柿崎のリターンが高く浮いた。浅く、力のないシャトルが、落下点にいる侑司の元に降ってくる。

 ただ打ち込むだけの、決定的なものだった。


 会場が大きな歓声に包まれる。


 彰には、雄大な空を舞う鷹が撃ち落されるような、残酷な瞬間のように思えた。



 試合は終わった。

 

 侑司は勝利を噛みしめるかのように、右腕を握り、胸に打ち付けていた。一方、柿崎は俯き、肩を落としている。


 二人は握手を交わす。

 侑司は少し笑顔で、柿崎は相手の顔を一度も見ずに。


 彰は何も考えられなかった。

 歓声が遠い彼方から響いているようだった。


 気が付けば、柿崎の姿がコートから消えていた。侑司が自分の方に向けて、手を振り、何かを言っている。


 今は何も聞こえなかった。

 聞きたくなかっただけかもしれない。


 さっき自分が負けたことすら、どこかに飛んでいた。

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