(31)錯綜する博打

「攻勢って、こっちに来るのか」

「いえ、どうやら第二隊に攻め込んだようです」

「なら、そこまで驚くことはないだろう」

「それが」


 阿良川の次の一言に、私も流石に衝撃を受けた。




「山ノ井先輩が一人で陣を守っています」


偵察用の召喚体からの情報によると、第一隊は山ノ井を除き、全員で第二隊に攻め込んだそうである。

第二隊の面々はまだこちらを攻撃しているところを見ると、まだ状況は掴めていないようである。


「委員長がかなりの無茶をされましたね」

「いや、無茶とは言い切れない。今、第二隊の守りは三人。それに三倍差の戦力をぶつけることで一気にほふるというのは悪い手ではない。それに、個人戦で見せた技令界を使えるのであれば、しばらくは山ノ井単独でも守ることはできる。そして、召喚技令の水上がいれば、阿良川と同じように離れていても変事を察知できる。だから、無茶であるように見せかけた、相当に計算づくの博打ばくちというのが正しい」


山ノ井が同盟をしなかった理由の読み違いが、今更ながらに悔やまれる。

それと同時に、長期戦に持ち込んでから攻めに持ち込むという大戦略も大きく覆される。

序盤に仕掛けた偽霧峯の幻想も相手の陣容が落ち込んでからの攻撃の際、偽物と油断させて一気に畳みかけるためのものである。

ただ、そのためには漸減ぜんげんによる敵兵力の低下が前提条件となる。

ただ、このままでは第二隊の戦力が大きく第一隊に飲まれることとなる。

そうなれば、彼我の戦力差を埋めるのは難しい。


時間はない。

全員で攻め込めば、短期決戦になること請け合いである。

むしろ、山ノ井の狙いはそこだ。


「どうされますか、二条里先輩。このままでは渡会先輩と山ノ井先輩とのタッグを味わうことになりますよ」


阿良川がいつもの調子に戻る。

その表情からすると、予想外の山ノ井の攻勢もいい人間観察の的であったのだろう。

至極、ご満悦と顔に書いてある。

ただ、冷静さを速やかに取り戻せるというのは頼もしい。


「賭けに出る。防御陣地を一部止め、こちらの陣地に迎え入れて一気に叩く。維持に必要な技力を抑えて一気にほふってしまうしかない」

「分かりました。どの相手を迎え入れますか」


阿良川の問いと同時に、目の前の光陣の発動を止める。

刹那せつな、霧峯らの三人が退き、それを相手も追う。


「陰陽陣」


味方が入らぬようぎりぎりの地点で光陣を敷く。


「紗綾!」


それを渡会が追い、


「ごめんね、渡会君」


霧峯がその鳩尾みぞおちに一撃を加える。

光陣を突破しようとした稲瀬には私が剣を抜き、攻撃を押し返す。

発動に合わせて二人は戦意を喪失し、本多が戦闘不能になり、稲瀬がなおこちらをにらむ。

気を失った渡会を木國に任せた霧峯は、少し困ったような顔をして戻ってくる。


「なかなかの駆け引きしてくれるじゃない。戦力絞られてても、こんなカマ仕込めるなんて流石ね」

「いや、これは仕込んでいない」


稲瀬が目を丸くする。


「うん。急に後ろの技令が止まったから、博貴が何かやろうとしてるんだって思って下がっただけだもん、みんな」

「伝達したら気付かれる可能性も高いし、ここは息が合っていたから賭けに出られた。それに、渡会の動きも霧峯なら即座に判断できると信じていた」


稲瀬が声を上げて笑う。

戦場に不釣り合いなその声は周囲の視線を一点に集める。


「あんたたち、お似合いじゃない。あーあ、こんなの相手にするんなら、和貴にきちんと言っとけばよかった」


そう言うと、稲瀬は腕をまくり、


「アンタのツレは、簡単に負けないって」


光陣を突破し、棒を振るう。

ひと突きが倉本を捉え、そのまま白砂に沈められる。


「和貴を返してもらうわ。和貴が取られたら、バランスが大きく崩れる。それに、バカみたいに私を助けようとした分の借りを返さないとね」


稲瀬の中で体則の気が練られる。

危険な一撃。

しかし、飛び込むもまた死地。

故に、少女もまた大きく息を吸う。


霧峯の先には木國。

突破すれば、奪還は目前。

ひと振りの杖とひと振りのナイフとがにらみ合う。

稲瀬の想いと少女の気迫とがつばぜり合う。

そして、


七点穿しちてんせん


踏み込む稲瀬に、


「ショック・ボルト」


霧峯の一閃が伸びる。


伸びきったポニーテールがその背に着地したとき、稲瀬はそのまま横様に崩れた。

眉間にはナイフの柄。

凛とした少女の前に、乾いた音が寒を突いた。




ともに、気絶だけで片が付いた渡会と稲瀬を捕囚する。

残った三人のうち本多は戦闘不能として退場となり、鈴城、白石は降伏したのでこちらの一員として組み込んだ。

そして、それとほぼ時を同じくして第二隊の大将が戦闘不能となり、それを下した第一隊に残りの人員は吸収されることとなる。

辛うじて渡会を取り込まれることは防げたが、招待選手二名を含む五人が取り込まれた。

それに対して、第一隊は大将内田の親征により損害なし。

こちらも損害を抑えながらの戦闘を続けてはいるが、地力が違うのと倉本が討ち取られたことで再編成が必要になっている。


そして、第二隊の敗北が知らされて浮足立ったのは第四隊である。

辻杜先生からの宣告と同時に慌てて撤退するが、結果としては二人を失って一人を討ち取る結果に止まっている。

参謀があの尹という人であるため潰走かいそうは免れているが、苦しいことに変わりはない。

人数が八名にまで減り、こちらはともかく第一隊とは倍の兵力差となった。

その窮状きゅうじょうは退却の即断となって現れており、こちらとしては非常にやり辛い状況となってしまった。


第二隊壊滅から半時間後、渡会と稲瀬が正式に第三隊へとくら替えとなった。


「悔しいけどよ、紗綾がいるんならこっちでやるぜ」

「負けた以上、私はアンタたちにつくわ。ま、和貴もいることだし、動きやすそうね」


ただ、ここからが嫌な形での長期戦となる。

互いに牽制けんせいのために小競り合いはするものの、決定的な動きには出ずに回復に努める。

途中、それぞれの隊から同盟の申し出があったが、その両方を断っている。

第一隊と第四隊との同盟があっても、防衛であれば問題ないと判断してのことであったが、その二隊の同盟はどうやら動きが全くないようであった。


「全く、同盟をしようとされないとは、強さを自慢でもされたいんですか」


さらに一時間半ほどしてから、状況を報告しに来た阿良川にチクリと刺される。


「いや、そうじゃない」

「でしたら、もう少し話を聞いてもいいのでは」

「正直なところ、この隊が同盟を組む意味合いは小さい。こっちは防御が硬い分、攻め込んできてもらった方が相手をしやすいからな」

「ですが、それでは勝てませんよ」

「ああ。だが、負けるよりはいい。そして、このままの状況が続けばこちらに有利だ」

「人数が違いますから、変わりないと思いますよ」


そして、午後五時。辻杜先生より一時休戦の指示が出て、全体の戦闘状態が解除される。

めぐらされた緊張の糸が緩み、中にはその場に座り込む者もある。

そうした中で、戦闘状態を解除した内田が、少し慌てた様子で駆け寄ってくる。


「どうした、何かあったのか」

「ええ。この後、明日の作戦会議のために山ノ井さんの家に寄ってきます。遅くはならないようにする予定ですが、念の為」

「分かった。母さんには伝えておくから、ゆっくり話し合ってきたらいい」

「余裕、ですね」

「まさか。それでも、武士は食わねど高楊枝たかようじって言うだろ。精一杯の強がりさ」

「面白い冗談ですね。明日は首を洗って待っていてください」


事実なんだけどな、と言うよりも先にきびすを返した彼女はそのまま自分の隊に戻っていく。

一方、こちらの隊はすっかり疲れ果てており、作戦会議という状況ではない。

そのため、途中で戦線離脱した倉本を見舞ってから解散することとなった。

その際、


「稲瀬さん」


この倉本は、


「僕の分まで戦ってください」


という一言を以って、自らを仕留めた少女を縛り付けることに成功した。

これに対して、稲瀬は笑ってそのつもりよと答えると、それに一同が賛同した。




そうこうして帰宅したのは六時となったが、ちょうど、母は外出の支度を整えたところであった。


「なんね、あんた一人で帰ってきたとね」

「ええ、私一人ですよ、ええ」


母の一言に悪態をつく。

最近は新しい娘ができたとでも言うかのように、内田を寵愛ちょうあいしていた。

それに対して何か強く言いたいことがあった訳ではないものの、流石のこの事態には何か釈然としないものを覚えた。


「内田なら、山ノ井の家に行くって言ってたから、遅くなりますよ」

「はぁ、そがん言うてから。そがんあっけん、甲斐性なしって言わるぅとたい」


意味不明瞭であるが、その言い草だけで酷い言われようをされているのは分かる。

それに不機嫌を顔に貼り付けて対すると、母は鼻で笑って出ていった。


釈然としないものを胸に抱えながら、部屋へと戻り、そのままベッドの上に寝転がる。

やっと取り戻した日常の愉しさを感じながら、それでも、頭の中では非日常である明日のことに思いがいっていた。

考えれば考えるほど難しい問題が出てくるのであるが、その中でも勝たなければならない以上、その方法を考える必要がある。

だからこそ、咄嗟とっさ博打ばくちで渡会や稲瀬を取り込もうと決意したのである。


天井に、現在の戦力を描く。

倉本の脱落は痛いが、それ以上に渡会と稲瀬の獲得は大きい。

この二人は別個で一隊を組ませるのが最適であろう。

そして、倉本の欠けた部分は白石をてるのが最適と判断する。

芝本をてることも考えたが、一方で、投降の際の様子を考えると、何か気になることがあったのである。


そして、どこをだれで攻めるかという問題がある。

玉砕を覚悟で第一隊を攻めるのも一つではあるが、あまりに博打ばくちが過ぎる。

とはいえ、第四隊への攻撃もまたこちらへの攻撃を誘うことになり、危険は大きい。

そうなると、大将である前提を覆して霧峯に三班を率いて攻撃してもらうのが最良の作戦であるようにも考えられる。


ただ、霧峯を危険にさらすというのは本当にいいのだろうか。

少女の顔を天井に浮かべながらそうした思考を行ったり来たりしているうちに、その表情が微笑みに変わった。


「どわっ」

「わ、びっくりするなぁ、もう」


突然の出来事に思わず飛び起きる。


「な、な、な、なんで、霧峯が私の部屋に」

「だって、窓叩いても気付いてくれなかったんだもん。鍵開いてたら、入るに決まってるじゃん」

「いやいや、取込み中かもしれないだろ」

「え、部屋の中で何かあるの」


それは、と言い返そうとしたところで口をつぐむ。

思わぬ侵入に続いて舌禍ぜっかまで引き起こすところだった。

健康な男子であれば夜に自室でお取込み中となることもあるのだが、それを口外するわけにはいかない。

やぶを突かれたからといって、安易に顔を出すのは愚の骨頂である。


一度、深呼吸して少女に向き直る。

鼻腔を微かに甘い香りが覆う。


「で、どうしたんだ急に。霧峯も作戦会議しに来たのか」

「ううん。それなら博貴がやった方がいいもん。それより、おじいちゃんが出かけて寂しくなっちゃったから来ちゃった」


少女の悪戯っぽい笑顔にやられた。

息を呑む。


「そういえば博貴は聞いた、水無香ちゃん、すごく頑張ってたって」

「ああ、その話なら阿良川からの報告で聞いた。守りに出た大崎を雷撃で落としたのはともかく、大将のボブとの一戦は壮絶だったらしいな」


ボブとの戦闘は二回目となる内田であったが、強化も然程さほど入っていない中で敵陣の中心へ飛び込んだ。

ただ、ここまではいつもの内田で片づけられる。

その後、防御陣や罠を他の味方が破る間に大崎を処理し、ボブとの決闘に挑んだそうである。

前回とは違い、単純な火力は低下している。

それ以上に防御力の低下が大きかったはずなのであるが、ボブの必殺の一撃である天馬一槍てんまいっそうを真正面から受け、身を削りながら往なすという荒業あらわざに出た。


「私には軽薄だの、浅はかだの言うくせに、自分の戦闘はどうなんだ、と言いたくなるな」


事実、この戦闘で内田は大きく左腕を負傷している。

それでも、一撃の隙に転じて相手の右足を砕き、その動きを封じることに成功している。

ここで、さらに槍の間合いを捨てて拳法に転じたボブは坐位ざいでの戦いに挑む。

これにはさすがの内田も苦戦し、二度、投げ技を受けることとなるが、


砂塵斬さじんざん


地面をえぐりながら風技令で威力を上げた剣技を放ち、そのまま押し切った。


「まあ、こっちへの攻撃をあの通りするのは無理だとしても、あの突破力は脅威なんだよな。って、そういえば霧峯はなんで知ってるんだ。霧峯も報告を受けたのか」

「ううん。山ノ井君が教えてくれたの」

「山ノ井が」

「うん、帰るちょっと前に。で、降参や同盟をするなら大将の一意でできますよって」


絶句する。霧峯の表情は変わらない。


確かに、考えてもみなかったが、大将そのものを説得してしまえば、それだけでこの戦いは終わりである。

現状、全ての隊の指揮権は大将にあり、あくまでも私ができるのは霧峯の指揮権を借りて指揮することである。

霧峯がそれを許さなければ、それこそ自陣内部で守りを固めることしかできないのである。

そして、現状の戦力差を考えれば大将単独にしてしまえばその判断に乗る可能性もある。

山ノ井らしい堅実なやり方である。


霧峯の表情は変わらない。

顔にニコニコという文字が書いてある。


「それで、霧峯はどう答えたんだ」

「うーん、博貴はどう思う」

「どうせ、受けなかったんだろう」

「うん。でも、明日返事するね、って答えちゃった」

「へ、なんでそんな」

「ねえ、博貴……」


霧峯が私の方を真っ直ぐに向く。


「何か、いい作戦に使えそうなら使って。山ノ井君、本気で勝ちに来てたから、すっごく考えないと勝てないと思うんだ」


霧峯の表情は変わらない。

だからこそ、強力に私の思考を縛る。

何のことはない、少女は作戦を一任しながら、私に決意を迫っていたのである。


「分かった。せっかくもらったチャンスだ。上手く使わせてもらう。ただ、その分、霧峯にもきつい目に遭ってもらうかもしれない」

「うん、分かった。でも、博貴もがんばんないと、山ノ井君にいいとこ持ってかれちゃうよ」

「ああ、そうかも知れないな。今日の山ノ井の作戦はほぼ必中だ。負けないようにしっかり考えよう」

「うーん、そうなんだけど、ちょっと違うかも」


霧峯が表情を変える。

少女にしては珍しく困ったような顔をしている。


「もう、ニブちんなんだから」

「なんだか、随分な言われようをしてる気がするんだが、気のせいだよな」

「うん。気のせいじゃないかなぁ。博貴ってばみんなのことよく見てるんだけど、自分のことって見えてないよね」


霧峯の言い方に酷く引っかかるものを感じるが、残念ながら少女に悪態をつくことはできない。

諦めて炬燵こたつに入り、溜息を吐く。


「でも、ありがとうな。これで時間と戦力が稼げる」


私の返答に少女は再び笑顔を取り戻すと、私が取ろうとしていた蜜柑を手に取り、悠然とその皮をむき始めた。

決戦に向け、日常の夜は更けてゆく。

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