(15)晩餐
七時半、会はお開きとなりエミリーもバスに乗せてから私は夕食の仕上げに取り掛かった。
母からは残業で遅くなるとの連絡があり、既にパンケーキを作ったりゲームに参加したりしながら準備をしていたため、後は盛付と少し加熱するだけで事足りる。
「で、霧峯はどうするんだ。食べていくなら霧峯の分も準備してるぞ」
「えっ、ホント? 博貴が言うなら甘えちゃおっかな」
隣で六人分の食器を洗いながら、歓喜の声を上げる。
私は一人でもできるのでそこまでしなくていいと断ったのであるが、霧峯はまあまあと言いながら、てきぱきと片付けを手伝ってくれていた。
奔放なこの少女はしかし、こうした気配りや片付けなど意外な一面を見せることも多々あった。
一方の内田は霧峯と渡会に勝てなかったのが余程悔しかったのか、未だにコンピュータ相手に乱闘の練習を続けている。
「あ、でも、大丈夫か、家で食べなくても」
「うん。今日はおじいちゃん出かけて遅くなるって言ってたから大丈夫。一人で何食べようか迷ってたし」
「そっか。でも、ひとりの時はどうするんだ。どこかに食べに行ったりするのか」
「ううん。自分で作ることが多いかな。お料理作るの好きだし」
そうだろうな、というのはどことなく予想できていた。
少女の動きは明らかに台所での作業に慣れており、一つ一つをそつなくこなしていく。
「でも、二人でキッチンなんておままごとしてるみたいだよね」
「確かにそうだよな。ちょっと懐かしい感じだよな」
ついでに言えば、向こうでゲームをしている内田も言うことを聞かない子供役のようであり、そういう意味でも微笑ましい光景となっていた。
その彼女は今、通例桃色の悪魔三体を相手に殆どコントローラを壊す勢いで大立ち回りを演じている。
「でも、やっぱりエミリーちゃんってカワイイよね。あんな妹がいたらよかったのにな」
「まあ、確かにいい子だな。何だかんだで気が利くし、皆で騒ぐ時も輪の中に入って来るし。ただ、あまり抱きつきすぎるのもどうかと思うぞ」
癖なのだろうが、霧峯は自分の気に入った同性に対してすぐに飛びつこうとする。
まあ、偶にであればクラスの他の女子でも見ることがあるが、霧峯のエミリーに対する飛びつき方は異常だ。
そして、今日のゲーム中にタッグマッチで内田と組んで辛勝した際には内田に飛びつき、抱き付かれた内田が思わず声を上げて顔を真っ赤にするという稀有な場面を創り上げてしまった。
「うん、水無香ちゃんのこともあるし、ちょっとおさえてみる」
本人もこれには反省したようで、この直後に少女が平謝りするというこれまた稀有な光景が見られたのであった。
「さ、できたからご飯にするか。内田、そろそろ切り上げてくれ」
内田の自機が桃色の悪魔に吹き飛ばされたところで、ややばつが悪そうに電源を切る。
それに合わせるように、霧峯は注ぎ分けたスープとよそったご飯を持ち、私も煮込みハンバーグ三皿を抱えてテーブルに着いた。
「博貴、愚問かとは思いますが、これも家に帰ってから作られたのですか」
「ああ。玉葱の微塵切りは朝から仕込んでたんだが、ハンバーグ自体は帰ってからだな。まあ、ガスレンジが三口あればこそだけどな。パンケーキつくりながら、サラダの準備と整形もしてたし、後は付け合せとかだけだからな」
「確かに、度々ゲームを抜けられていましたが、そう簡単にできるものなのですね」
内田は感心したように言うが、その実、ゲームで袋叩きに遭うのを避けるためにわざと夕食の準備をしていたのである。
それを見透かしたかのように、霧峯がほくそ笑む。
内田は霧峯と渡会との力量差にばかり目がいっていたが、その裏側で弱小の私は幾度となく早期敗退の憂き目にあっていたのである。
「でも博貴って、料理はできるのにゲームはまるでダメだよね。エミリーちゃんも申し訳なさそうにしてたし」
ぐうの音も出ないとは、こういう状況のことを言うのだろう。
霧峯の一言に内田はきょとんとした目でこちらを見ているが、やはり彼女は直ぐに飛んでいく私など眼中になく、強敵に闘志を剥き出しにしていたのである。
「ま、まあ、済んだことは置いといて、冷める前に食べよう、な」
「はーい、いただきまーす」
霧峯が嬉々としてハンバーグに箸を伸ばす。
一方の内田は不思議そうな目をしながらも、ポタージュを口にしたことでは同じであった。
「しかし博貴、例のカルビン先生を訪ねた際、何か気になることはございませんでしたか」
「いや、えらく身長が高いなとは思ったが、別に技令の気配とかは感じなかったな。そういう、内田はどうなんだ」
「いえ。部屋に行けば何かヒントになるようなものがあるかと思っていましたが、何も見つけられませんでした。瑞希は――聞いても無駄でしょうか」
丼ご飯を掻きこんでいる最中に突如として話を振られた少女は少し上体を跳ね上げて反応する。
「んー、技令の気配とかは分かんなかったけど、スゴイ体つきじゃなかった」
「瑞希、それはどういった意味でしょう。確かに、多少筋肉質ではありましたが、酷く気にするほどでもなかったように思いますが。それとも、瑞希はそういった観点で殿方を見られているのですか」
「ううん。筋肉の量は普通のスポーツしている人と同じぐらいだと思うんだけど、右利きなのに左の方に筋肉が多かったし、肩は右の方が上がってたの。だから、なんだかすごく変だなって」
確かに、利き腕の逆に筋肉が多いというのは少し気にかかるところではある。
ただ、それだけで何かを判断するには材料が少なすぎると言わざるを得なかった。
「でも、なんとなくだいじょうぶだと思う。そんなに悪い人に見えなかったし、何かあったら味方になってくれるんじゃないかな」
「瑞希、悪い人が常に悪い顔をしている訳がありません。逆に、良い顔の裏に隠された悪意を注意深く汲み取っていかなければならないのが私達なんです」
内田の反駁に少女は少し膨れっ面となるが、確かに、ここは内田の方に一理ある。
ただ、心情的には霧峯の言っていることも理解できない訳ではなく、むしろ、カルビン先生の握手をした際に見せた、妹を見る穏やかな目が瞼に焼き付いて離れなかった。
「まあ、とりあえずエミリーは無事に馴染んできてくれたんだ。いざとなれば交渉材料にもなりえるし、説得してくれるかもしれない。だから、注意はしていても変に敵意を向ける必要はないし、普通の先生として接していけばいいさ」
私の意見に二人とも平然と頷く。
何だかんだで内田もエミリーとは仲良くやっており、皆と一緒に遊ぶ様を眺める際にはどことなく優しい目つきをしていた。
団欒と会談は続く。
ただ、三人の奥底には一人の可愛らしい女の子の姿があった。
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