(27)神話点描

二回戦は特筆する戦いもなく終了した。続く三回戦も大きな動きはなかったが、二回戦目までに技力・体力を消耗したチームが順当に試合を落とす形となった。

この時点でチームも四チームにまで絞られ、私と霧峯以外は水上・孔、渡会・稲瀬、山ノ井・内田という馴染みの面々となった。

そして、四回戦初戦は水上ペアとの勝負となった。


前衛で淡々と霧峯を見据えるセミロングの少女。

このペアの読めないところはこの少女の武器が固定されていないところにある。

一回戦では弓、二回戦で投擲とうてき用の短刀、三回戦で薙刀とどれも一級品の戦いを見せつけられている。

開戦まで読めないというのは相当厳しい。

もっとも、分かったところでこちらの武器は投擲とうてきと剣だけなのであるが。


水上の方も読めないといえば読めない。

ここまでに出てきた召喚獣は下級の魔物と精霊程度であり、初戦に双頭の鷲を出して以降はそれすらも封印してしまっている。

現状、どこまでの召喚が可能なのかを伏せている以上、危険度の高さでは随一であった。


内田と山ノ井、渡会と稲瀬。

共に遠くからこの一戦を眺めている。

凝視している。

双方の戦力分析というところなのであろう。


「二条里先輩と水上先輩なら、技力も戦闘技能も二条里先輩の方が上ね。つまらない準決勝じゃない」


回復の終わった阿良川が吐き捨てるように言う。

吐き捨てつつも、自分たちを破った水上たちが気になるのだろう。

回復を受けつつ観戦している。


楽観、というのが大方の予想なのかもしれない。

確かに、これまでの戦績を考えればその考えに至るのも分かる。


「準備はいいか」


辻杜先生が介錯の位置に就く。

水上も孔も表情は厳しい。

決戦に挑まんとするに相応ふさわしい表情である。


「霧峯」


少女がうなずく。

理解した。

決戦である。

覚悟がある。

単純な準決勝ではない。




全力を尽くす。




「この大地に幹を張れ。わが意に応じ参ぜよ。わが仇敵に七度の敗北を。この豊穣を汝の物に。ランド・ドラゴン」


号令一過、水上の素早い詠唱によりランドドラゴンが召喚され、召喚主は倒れ込む。

腰を抜かす後輩に、我々へ敢然かんぜんと突撃をかける孔。

全てが想定外の連続。

水上の技令では明らかに過ぎた行い。

それこそ、全身全霊を賭けた捨て身の行い。


「俺には、ここで勝てんと決勝はない」

「はい。智一さん、だから。勝つ」


水上と孔の掛け合いがこの戦いの全てを示す。

片言が緊迫感を増す。

水上達にとって、決勝戦も準決勝もない。

ただあるのはこの戦いである。

だからこそ、乾坤一擲けんこんいってきの策に出ている。

水上は全身全霊を賭けて身に過ぎた召喚を行い、孔は自身で強化を行い攻め立てる。

逆に、こちらは次戦を見据えて戦っている。

その差は大きい。

私達の保身をわらうかのように、ドラゴンは口腔に業火を蓄え、悠然と我々を見下ろす。

霧峯は孔の乱舞に対して防戦一方である。

ただ、同じ思いを抱いているのか、だんだんと技力が高まっている。


ならばと、私も覚悟を決める。

ならばと、少女も覚悟を決める。


「我らに降り注ぐ災厄さいやくを掃え。清らかなる力を以って邪を流せ。聖域のまもり」

「ショック・ボルト」


守りと攻めを同時に行い、抜刀する。

わずかにできた孔の隙にドラゴンへ一撃を与える。

放たれた炎を結界で払い、光の道を渾身の一撃が貫く。


だが、それは孔に隙を見せると同義。

二人の間隙を縫って、私の方へと向かう。

点は線となりこちらへ向かう。

一矢が力の弱い方へ向かう。


鳳凰ほうおう剣」


足の筋を技令で強化し速さを乗せる。

一点突破を狙う相手に仕掛ける逆落とし。

天翔けるおおとりの翼のように、孔の脇を薙ぐ。

咄嗟とっさに固めたのか倒れ込むものの、大きな出血はない。

こちらも眉間に軽い一撃を受け、視界が狭まる。


それでも、休んでいる余裕はない。


「四方の門をまもれ英霊よ。四方の皆をべ仇敵を破れ。我が声の下に集え、光の戦士たちよ。正方陣」


光陣で以って孔を囲む。

一撃を受けた今なら、突破は難しいはずである。

だからこその一撃。

案の定、光陣に突撃を加える孔であるが、そのたびに発動される光で追い返される。

そして、この作られた時間でもう一つの渾身こんしんと立ち向かう。


すでに、少女は間合いを保ちつつ巨竜に立ち向かっている。

山を巡る鳥のように、致命の一撃を避けつつ隙を伺う少女。

それれに続き、抜刀突撃を加える。

炎を水の技令で防ぎつつ、少女とは異なり真正面から攻め立てる。


周囲に広がった動揺が嘆息ためいきに変わる。

声援とも光悦こうえつともとれるその音は、グラウンドとビルディングという現代の中に放り込まれた神話をきわたせる。

跳ねる血飛沫ちしぶきは光となり、放たれる炎は幻想を彩るかすみとなる。

が、それを壊すのは彼女の意地。


「まだ、まだ……です」


そして、


「大地を揺るがせ、人々をおののかせよ。その万力ばんりきを以ってかの仇敵に鉄槌てっついを下せ。サイクロプス」


彼の意地。

万全ではない。

それでも、十分に強大な一つ目の巨人がさらに召喚される。

その瞬間に私の身体が宙を舞う。

彼女の正拳突きが見事に脇腹に入る。

見れば、光陣を突破した孔が、直線を描いたのが分かる。

未だに残る慢心をののしるように叩き込まれる攻撃。

それでも、ぎりぎり致命ではない。だからこそ、覚悟を持ち直す。


思えば、死力を尽くす戦いばかりをしてきた。

格上との戦いは、それこそ自分との戦いだった。

が、逆に死力を尽くされるのは初めてなのかもしれない。

だからこそ、油断が生じた。

だからこそ、大きく損なった。

だからこそ、覚悟を持ち直す。


「迷いて集いし技力を無に戻せ。全ては大地より生じて土へと還るもの。異なるものは陽より生じ、光へと帰す。円柱代替溶えんちゅうだいたいよう


撃鉄が下りる。

全身に負荷がかかる。

召喚体を中心に大きな光の柱が立ち、全ての技力を解放していく。


「レイニンナイフ」


同時に、霧峯もその光の中に飛び込み、次々と得物を叩き込む。

以前よりも数段濃くなった弾幕は、的確に孔の力を削いでいく。

負けられないのは、いずれも同じ。

ならば、その思いの強さで負ける訳にはいかない。

脳髄も脊柱も脊髄も臓腑も四肢も焼ききれんばかりの力が体に流れ込む中、それを気力だけで耐える。

目を見開き、うずくまる水上を見据え、全力を尽くす。


終幕。


砂上にうずくまる二人に対し、私と少女は満身創痍まんしんそういで立ち尽くす。


「勝者、二条里・霧峯ペア」


辻杜先生の宣言とともに、脱力する。

向こうでは、一組の男女が折り合って重なる。

必死に戦った彼らに不服はない。

こちらも、ただ礼をして答えるだけであった。

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