(8)対比
翌日、とんだ落ちの着いた騒動に、他の部員達は一斉に辻杜先生へと詰め寄る事態となった。特に、最後のドラゴンの襲撃を受けた面々は死線を越えさせられたためか
「俺も知らんかった。知らんことに答えようはない」
と断言してしまい、全ての文句を
そんなこんなで騒々しい一日も何とか終わり、部屋で
「博貴、
内田の突然の襲来に思わず炬燵の中で跳び上がってしまった。
「だ、だ、だから、人の部屋に入る前にはノックをしてくれと前に言っただろう」
「ええ。ですから、ノックをしてから数秒置いた後に入りました。返事はありませんでしたが、少々ドアが開いていましたので」
言いながら、内田は既に私と
「で、今日はどういう風の吹き回しなんだ。今週はそんなに難しい数学の宿題は出てなかったはずなんだが」
「いえ、特段の理由はありません。ただ、少々お話をと思ったまでです」
珍しい事もあるものである。そう思いながら、
「それで話って、何か気になることでもあったのか」
「はい。渡会さんとのことです」
「渡会って、何か変わった事でもあるのか」
「いえ、そういう訳ではありません。ただ、お二人で会話をされている際、私と瑞希の事について触れられていたようでしたので」
内田の一言に、思わず
渡会との『会話』と内田は言っているが、内容はそんなに
「おめぇ、家で洗濯すんだろ。内田の
「霧峯んち
といった感じで、主に私を
「ま、俺はやんねぇけどな。ミリイがいいかんな」
と
そういう訳で、話の流れ自体は解説してもいいのではあるが、その内容自体に触れることはできない。そして今、目の前の彼女が求めているものは明らかにその『内容』そのものであった。そうである以上、流れに
「いや、別に大したことじゃないんだ。最近、渡会に彼女ができたんだが、それを
「はあ、それに何の意味があるんでしょう」
「そりゃ、
「いえ、そこではなく、私を比較対象にして何の意味があるのかが分からないのです」
「ん、どういうことだ」
「ですから、瑞希のように明るく
凍結、そして、
「博貴、どうされたのですか、何か間違ったことでも言いましたでしょうか」
笑いが止まらない。私も相当に世間ずれしている方だとは思うが、今日ばかりは内田に格の違いを見せつけられた。
「そんな訳ないだろ、内田。内田は男子から人気がある方だろきっと」
「博貴もおかしなことを
それなら、今日も昼休みに
「いや、あるだろ十分に。霧峯も霧峯で
「ですが、私は筋肉質ですし、人と話すこともあまり得意ではありません。それに、背が高すぎます。
「まあ、その
と、ここまで言った時点で私は自分の失言に思わず絶句してしまった。明らかに褒めすぎである。自分でも思う程に、
ここで、内田がいつものように軽く驚いた表情で一言返してくれればまだ救いようもあったのである。が、目の前の彼女は目を丸くして胸の前で握りしめた左手を右手で握り、顔を紅潮させて固まってしまっている。
思えば、二週間ほど前に霧峯に対しても同じような
十時七分前の時計の音はかほどに大きいのか、と思う。何か言うべきなのであろうが、私という男にはこうした場合の救いなどない。
「ま、まあ、ひ、博貴が、だ、男性の立場として、そ、そう、
「そうそう。男の好みは十人十色だから、渡会も色んな女の子と比較してその中で一番って言いたいみたいなんだ」
なんとか
「しかし、博貴もそうした目で女性を観察されていたんですね」
「渡会の
話をしていて少し
「そういえば、内田は明日どうするんだ。また図書館にでも行くのか」
「はい。本の返却期限もありますので」
「なら、これとこれ返してから、次の巻を借りてきてくれないか」
「はい、ではお預かりします。それにしても博貴は西洋史にも教養がおありだったんですね」
そう言いながら、内田はコインの裏表を確かめるように紫の文庫本を眺める。
「いや、別に西洋史なんて今まで知らなかったよ。三国志とかは詳しかったんだけどな。ただ、そのローマ史の本とビザンツの分厚い奴を土柄が図書館に入れたもんだから、読んでみようと思ったんだ。そしたら、これが意外と面白かったから、読んでるだけさ」
「はあ、ですが、博貴はてっきり数学や科学の本と小説ぐらいしか読まれないのかと思っていましたので」
「本について
「ええ。失礼かと思いますが、数学などにしか興味がないと思っていましたので」
他愛もない
翌朝、図書館に行く内田を見送った後、私は再び敵襲を受けることとなった。
「ね、ね、遊び行こう」
「うーん、やっぱり外は寒いよね」
そう言いながら少女はそそくさと
「ねえ、ねえ。ミカン食べてもいい」
そう言いながら、霧峯は既に
「で、遊びに行くのはいいんだが、宿題は大丈夫なのか。内田なら大丈夫な感じだったが、霧峯だと時間かかるんじゃないか」
私の一言に少女が少し跳ねる。この二週間ほどの付き合いで分かった事であるが、霧峯はそう勉強ができる方ではない。怠けたり、不真面目であったりするわけではないのだが、何が悪いのか英語を除けば主要五科目は理解が低いようであった。
「だ、大丈夫。そのために来たんだから」
「その為に、ってまさか」
「宿題教えて」
少女は一瞬にして主題を変えた。なるほど、
霧峯に宿題を持ってくるように指示し、その間に
その喜びがぬか喜びであったということに気づくまで半時間もかからなかった。
霧峯が数学を苦手としていることは百も承知であったため、それから取り掛かったのであるが、これがいけなかった。学年末試験が近いということで、今週から二年生の学習範囲を
「っていうか、これで前の学校だと半分ぐらいだったんだよな。学年にいる生徒は五人ぐらいか」
「だって、数学は苦手なんだもん」
といった形でただただ疲労の
「でも、博貴が教えてくれるのが分かりやすいから、苦手な数学も楽しく勉強できちゃうかな」
こう言われて
「あれ、もしかして私、何か間違えちゃった」
「ん、別に間違ったところはないが、どうしたんだ」
「だって、博貴が少しにやついてるんだもん。それで、どこか間違えちゃったかなって」
とんだ
「いや、間違ってたらもう
「どうして。だって、上手いじゃん」
「自分では別に考えたことなかったんだ。それに」
言いかけたところを呼び鈴が切り裂く。突然の出来事に私は
「お、二条里いるじゃねぇか。
渡会の変わらない様子に肩の荷が下りる。おかしかったのか、それだけで目の前の青年は笑っていた。
青年と少女とのマッチングは見事なものであった。あの瞬間、用事があると言って追い返せばまた別の形になったのであろうが、
それもそのはずで、ゲームセンターに入ってからはずっと格闘ゲームで対戦する運びとなり、その全てに負けていたのである。勝負的にも精神的にも完全な撃沈である。特に、渡会相手には
「百円、ツークレジットでよかったな、おめぇ」
「全く、そうだな。それともう少し手加減してくれる友人に恵まれればもっと良かったんだけどな」
「お、手加減ならしたぜ。つか、おめぇが弱すぎんだよ」
二時半過ぎ、ギブアップした私のために散会した三人は帰りのバスを待つべく、近くのデパートに来ていた。バスまでは十分ちょっとというところで霧峯は用事を思い出し、デパートの奥へ向かい、そのせいで、私と渡会は男二人でベンチに並んでしまっていた。
「でもやっぱ霧峯はうめぇな、アクションゲー。俺とタメ張る奴なんざ中々いねぇぞ」
「ま、確かにな。いい勝負してた」
実際、霧峯と渡会との戦いは周りに人だかりができる程の盛り上がりを見せた。互いに負けん気の強い二人は
「ま、今日は良い一日だったぜ。こんだけ戦えんのも珍しいからよ」
「それは良かったな。まあ、図書部で集まってやったところで、山ノ井がそこそこ戦えるぐらいだもんな。そういう意味だと、霧峯がいたのは良かったよな」
思えば、テレビゲームなどで対戦する場合、山ノ井を除けば渡会は図書部の中で一人浮いた存在となってしまっていた。それだけではない。運動が得意で
「おめぇ、俺に向かってよくそんなこと言えるな。おめぇの方が、霧峯がいていいんだろ」
「ん、何でだ」
「ばか言うな。おめぇ、霧峯のこと好きだろ」
渡会の思いがけない一言で
「いやいやいやいや、急に何言いだすんだ」
「急にもくそもねぇだろ。おめぇが今年に入ってから急に活き活きしだしてんだよ。何つーか、目の輝きが違うっつーか、動きに張りがあるっつーか。どっちにしろ、霧峯といる時のおめぇは何か違うんだよな」
「それは女の子とこんなふうに親しく話したことなんてなかったから、そう見えるんだろ。内田は基本的に
自分としては
「そういや、そうだったな。悪い、悪い。でもやっぱ変わったよな。二条里から『思春期の男』はサカって当然みてぇな発言が飛び出すんだからな」
「だから、別に霧峯はそんなんじゃないさ」
「ま、そういうことにしといてやるよ。おめぇのコレも戻ってきたみてぇだしな」
渡会が小指を立てると同時に、後ろの方からお待たせという少女の明るい声が響く。その冬にはあまりにも
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます