(30)全面防御

戦闘開始から半時間程して、攻撃に回っていた面々が戻ってくる。

一人も欠けてはいないが、西田が左腕に深手を負っている。

そのため、私の手許に置いて回復の処置を施す。

その他の面々はそれぞれ敵陣から一人を引き連れて戻ってきた。


「先輩の言う通り、三人一組だと何とかなるっすね」


今上に率いられた毛利が、その背よりもやや高い薙刀を手に駆け寄ってくる。


「アレックスとかいう外人からの攻めが凄かったんすけど、何とか堪え切れたっす」

「ああ。三人なら何かがあっても対応できる。よく、戻ってきてくれた」


うっす、と快活な返事を返した毛利は第四隊の状況報告をして今上の下に戻る。

その先には体則で身を固めた木田が陣の入口に構えた二人に突進を加えつつ、光陣を破ろうとする。


他の班も似たようなものである。

木國の班は全と蒲田と対しながら守り、木之下の班は柳沢という招待選手と一進一退の攻防を繰り広げている。


「それにしても、霧峯先輩は遅いですね。深入りして脱落したのではないですか」

「いや、それはない。それに、霧峯の仕事は全ての隊に等しく攻撃を仕掛けること。それも、他の隊を攻撃中の相手に対して、な」


そう、霧峯の前半戦における戦略は攪乱かくらん

適当に攻めて、その存在を見せることにある。

ただし、攻撃手段は投擲とうてきではなく、わざと刀にしてある。

それに、技令で防御を高めるかせをしているため、濃厚に私の技令の気配を放ちながら、いつもの半分の戦力しか出せないようになっている。


「これで一時間も戦ったら、疲れちゃうな」


霧峯も出陣前にやや困惑していたが、信じてくれているのか素直に飛び出していった。


四方八方から攻め立てられるものの、組織的な攻撃ではないため防ぎきることができている。

消耗はしているものの、脱落自体はない。

狂犬のように攻め立てて、後は穴熊のように守る。

こうすれば、膠着こうちゃく状態になるより外にない。

そして、膠着こうちゃく状態になれば、相手にはそれを打破する必要性が出てくる。


「二条里先輩、第二隊と第四隊が同盟を結んだようです。おめでとうございます、この隊が標的ですよ」


阿良川の報告に点頭する。

状況を打破するには、攻撃の手数を増やすより他にない。

そうなれば、同盟を組んで攻めるのが一番となる。

そこで白羽の矢が立つとすれば、その二隊であろうと予想はしていたのであるが、そこまでの読みは間違っていなかった。

ただ、少しだけ予想外であったのは、内田率いる第一隊がそこに加わるべく手を出していないことであった。

阿良川からの別の報告によれば、別動隊としてこちらを攻める予定であるとのこと。

三隊で分け合うのではなく、漁夫の利を狙うつもりなのかもしれない。


開始一時間過ぎの変化を手早く各班に伝達する。

二年生は至って平然としていたようであるが、一年生は動揺を隠せなかったようであり、田中などは終わった、とつぶやいてその場に崩れ落ちたそうである。

丁度、攻撃の切れ目に伝えたため、問題はなかったのであるが、これまたいいタイミングで戻ってきた霧峯にダイジョウブ、と励まされていた。


「うーん、きつかったけど、言われたように回ってきたよ。孔ちゃんと渡会君に仕掛けられたときは危なかったけど、とりあえず、ダイジョウブかな」


少女が相変わらずの朗らかさで大将用の椅子に向かう。

余程気を使って疲れたのであろう、珍しくため息など吐いている。


「それで、うちの参謀さんはどうするつもり」


少女が楽しそうにこちらに話を振る。

その様子に、冷ややかな視線を私には送る阿良川でさえ呆然としている。

毒気を抜かれていると言い換えてもいいかもしれない。


「これで、こちらへの攻め手は少なく見積もっても十人を超えることになった。それでも、防御陣地による地形効果の分だけこちらが優位に進められる。まずは十二人全員で守る。ここで二年生を削り、一年生を捕らえる。後は人数がどうなるかだな。阿良川、敵勢力はどうなってる」

「山那と細田が脱落。第二隊は八人が出陣、第四隊は六人が出陣したようです。先輩お気に入りの渡会さんも来ていますよ」

「まあ、来るだろうな。それにしても、残り三人で死守か。大崎らしい思い切った采配だ」


元々、大崎自体は積極的に攻撃を仕掛ける作戦が得意であったが、陣の守りが必要である以上、三人で守れると判断したのであろう。

私の初期段階の攻勢判断に近いものがある。


「逆に考えれば攻撃するチャンスでもあるんだがな。流石に渡会含む十五人の攻めは全力防御で防ぐしかないからな」

「そうだよね。渡会君はどうするの」

「木國にマンツーマンディフェンスをさせる。代わりに、霧峯にはそこの隊を率いて欲しい」


渡会に対処するのであれば全力の技令をぶつけるか、木國のように技令の素養がない相手をぶつけるよりほかにない。

力量差はあるものの、木國は守りが硬い。

勝利条件を考えれば悪くない。


「しかし、山ノ井先輩の隊には動きがありませんね。ここぞとばかりに攻めてきてもいいはずなのですが」


阿良川の表情に変化はない。

冷徹に現実を見据えているといった様子だ。

皮肉屋というのが玉に瑕であるが、参謀の懐刀ふところがたなとしては頼もしい。

それこそ、大崎と組ませれば相性がいいかもしれない。


「でも、どこかで思い切ったことしそうだよね、山ノ井君。水無香ちゃんもいるし」

「そうでしょうか。あのお二人でしたら、淡々と勝利への分析を重ねそうなものですが。盤石ばんじゃくすぎて面白みには欠ける戦いを好みそうですし」


恐らく、私達と阿良川の間では認識にずれがある。

阿良川は個人戦での印象が強いのであろうが、私と霧峯とでは先の会戦の印象の方が強い。

だからこそ、こちらが弱ったところでどのような攻撃を仕掛けてくるかが読めないのである。


「先輩、敵が来たっす。全、蒲田、本庄、白石の四人っす」


毛利が駆け足で報告に来る。

息に乱れはない。


「分かった。霧峯はもう木田と変わって準備してくれ。後はどんな手段を使ってもいいから守るか相手を降参させるように。毛利は、各班にこの指示を書いた封筒を配ってから自分の隊に戻ってほしい。あと、阿良川は偵察と調略に終始してもらう」


三人の点頭を確認して、私も戦闘の準備をする。

防御陣地を攻撃されれば参謀も戦闘可能になる。

三隊しかない以上、時に必要となる遊撃に向け、私は静かに息を深く吸った。




それからは激戦であった。


特に、霧峯の担当することになった第二隊の渡会と第四隊の稲瀬とが連合を組んだ部隊は、木國が渡会を引き剥がした後も苦戦することとなった。

特に、稲瀬の攻めには圧倒され、氷技令を軸にした足止めと棒術の変幻自在とが霧峯を翻弄ほんろうする。


「すごい、私と同じだ」


このハミングが証明するように、二人とも中距離攻撃が上手く、そこに技令を噛み合わせている。

翻弄ほんろうというのはこちらの印象で、向こうからすれば時間技令とナイフで迂闊うかつに攻め込めないといったところなのかもしれない。

ただ、互角では困るのである。

こちらとしては切り札が塞がれると攻め手が無くなってしまう。


そこをカバーしたのが一年生の倉本と飯田であった。

元々、陰陽で相反する相性であった二人をセットにし、技令の使えない木國の補助につけたのであるが、霧峯の補助に回ってからは積極的な攻撃を仕掛け、それで鈴城、本多、白石の三人を見事に抑え込んでいる。

特に、飯田の風技令で視界と行動を塞いだ後に倉本の土技令で追い打ちをかけると、少ない労力で大きな損害を与えられる。

特に、標的にされた鈴城は息も絶え絶えという状況で、もう一押しがあれば確実に落とせる状況である。


ただ、いかんせんその一押しができる霧峯は稲瀬とほぼマンツーマンの状況を抜け出すことができない。


「ヒット・アタック」

陥穽かんせい


互いに軌道を読んだ一撃は、しかし、渾身こんしんの跳躍によって無に帰す。

火花が冬の空気を割く。


「うん、強い」


霧峯と稲瀬の声が揃う。

少年漫画であればいい場面なのであろうが、作戦行動中には無用の長物である。

思わず手を握り、霧峯を応援したくなる気持ちを抑えながら、冷静に速度の強化を図る。

慌てて白石も詠唱を始めるが、そこを飯田が風技令で襲い妨害を図る。

この差は大きい。

僅かに速度を増した霧峯は稲瀬の一手先を取れるようになり、戦闘に余裕が生まれる。


その合間に、全と蒲田が率いる第二隊の主力に気を配る。

ここは常に冷静な今上を班長にして毛利と西田をつけている。

招待選手である全の攻撃力は高いが、個人戦で隙を見せたのがいけなかった。

徹底的に守りを固めさせ、決して陣から離れて戦わぬように指示している。

そして、それを忠実に実行した三人は既に二度、全に光陣に飛び込ませている。

それでも攻撃力が半減していないのは流石の強さであるが、戦力的には防御陣と併せて拮抗きっこうに持ち込むことができている。

大崎の積極性のせいか、全体的に防御陣の破壊を目論むがそう易々と破られるようなものではない。

だからこそ、ここで今上の腕力を強化し、一撃で勝負に出られるようにする。

今はまだ守りの時である。

それでも、蒲田と本庄の体力が半分まで削れた時、攻守は逆転する。

その瞬間のために布石を打つ。


そして、第四隊の主力とぶつかる木之下の班には防御をもう一つ重ねて回復を施す。

木田の突撃は光陣の守りを以てしても、その勢いを完全に殺すことができない。

そこに回復の名手である逢坂をつけたのは参謀の妙手であるが、こちらも回復能を含む強化技令を得意とする田中をつけている。

回復の瞬間に相手の回復能を異常に高め、逆にダメージを受けるように指示をしており、それが既に二度成功している。

相手の技力と体力を削るこの作戦に、向こうも攻め手を欠く状況となっている。

防御の一手は田中に相手の隙を伺うのに集中させるためのものである。

もう二、三回も成功すれば木田の体力を削り切り、戦闘不能にもっていくことができるだろう。


陣地を一周し、霧峯の下に戻る。

拮抗きっこうの維持に安堵あんどしていると、阿良川が珍しく驚いた顔でげた。


「第一隊が攻勢に出ました」

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