(29)采配

「なんだか、実感ないよね」


霧峯が団栗どんぐりを噛みながらつぶやく。


「そうなんだよな。技令界を敷かれた時点でかなり苦しかったはずなんだよな。むしろ、あそこで逆の攻めをされていたら辛かった」

「だよね。あそこで、博貴が打ち込まれたら手がなかったし、技令で私が捕まっても駄目だったもんね」


奇跡の技石を発動させながら霧峯の指摘にうなずく。

正直なところ、戦力としてはこちらが劣っていた。

単純に準決勝で消耗した分を差し引くだけで、こちらの不利は明らかであった。

それが、戦術で覆された。

単純に言えばそれだけの話なのであるが、相手があの二人であるだけににわかには信じられなかったのである。


「どうしたんだろうな、一体」


それに、山ノ井はナイフによる陣立てすら途中で看破した。

戦闘の不慣れによる動揺も考え辛い。


「うーん、一つだけ思い当たるかなぁ」


と、少女は言うと、私の顔をのぞき込む。


「ま、その様子じゃ、博貴には分かんないよね。勝ちたいって気持ちだけなら分かりそうだけど」

「なんだか、馬鹿にされてる気がするんだが」

「ううん、バカにはしてないよ。ニブちん、って思ってるだけ」


それでも十分に馬鹿にされているような気もするのであるが、それを少女のほがらかさが吹き飛ばす。


「さてと、次の準備にかからないといけないな」

「そっか。団体戦がお昼の一時からだもんね。でも、こっちのルールって、ちょっと複雑だよね」

「ああ。大将が戦闘不能になったチーム、もしくは戦力が開戦前の七割を下回ったチームが敗北っていうルールだからな。それに、各隊の陣地が決められてるから、それより先に参謀は出れないとか色々制約があるんだよな。出て戦えれば違うんだが」


最大の問題点はここである。

他の隊は渡会、水上、アレックスなど主力がしっかりとしている。

しかし、私が参謀を務める第三隊は同輩の今上や一年の阿良川など中堅クラスの面子は揃っているが、霧峯以外の切り札がいない。

大将を常に斬り込ませるのも一つの手であるが、あまりにも博打が過ぎる。

全部で十二人の戦力をどのように守らせ、攻めさせるかは難しい問題であった。


「はい、メンバー表」


あれこれと考えている前に、霧峯が一枚の紙を割り込ませる。

思考を読んでいたのか、四隊の一覧を準備していた。


【第一隊】大将 内田うちだ・参謀 山ノ井やまのい

 ・招待 柳沢やなぎさわ・セドリック

 ・二年 水上みながみ土柄つちのえ浜名はまな牛島うしじま

 ・一年 谷崎たにざき藤野ふじの山那やまな邑本むらもと


【第二隊】大将 ボブ・参謀 大崎おおさき

 ・招待 ぜん・デイシー

 ・二年 渡会わたらい蒲田かまた鈴城すずしろ本庄ほんじょう

 ・一年 白石しらいし川相かわそう三浦みうら山根やまね


【第三隊】大将 霧峯きりみね・参謀 二条里にじょうり

 ・二年 今上いまがみ木國きのくに木之下きのした

 ・一年 阿良川あらかわ倉本くらもと佐藤さとう飯田いいだ毛利もうり田中たなか西田にしだ


 【第四隊】大将 こう・参謀 いん

 ・招待 稲瀬いなせ・アレックス

 ・二年 木田きだ川野かわの本多ほんだ

 ・一年 黒磯くろいそ細田ほそだ大西おおにし逢坂おうさか芝本しばもと


見返してみても、戦力は変わらない。

特に、招待による隊員が一人もいないというのは、辻杜先生による悪意しか感じられない。

ただ、何事にも難点の裏には利点がある。

味方全員の戦力が分かっており、かつ、意思の疎通が容易である点は他の隊にはない。

また、一年生が多いため戦力的には劣ってしまうが、その分、指揮統制は執りやすい。

この利点を生かさない限り、戦いようがない。

だからこそ、戦略は明確にするしかなかった。


顔を上げる。その先で少女が微笑む。


「じゃあ、とりまとめはお願いね」


少女の笑顔が決断を促す。

肝を据えた。

あとは動かすだけであった。




「それでは、作戦指示と陣地構築の時間を始める。開戦はヒトサンサンマル。それまでの時間は自由に使ってよい」


辻杜先生からの説明の後、四隊はそれぞれの陣地へと散開した。

その後、すぐに隊員を集めて作戦説明に移った。


「作戦を説明する前に状況を説明する。今回の模擬戦で私達の班は切り札と言える戦力が霧峯しかいない。群を抜いた弱さはないが、群を抜いた強さもないという中で勝利するしかない。そのため、戦略段階を三つに分ける。まず、序盤は阿良川を除いて全力で攻勢に出てもらう。そうすることで陣地強化の時間を稼ぎつつ、落伍らくごした敵の隊員を投降させる。二十分ほど戦ったところで陣地に戻り、守備に徹する。陣地内で防御を行うことで相手の戦力をぎ、戦力が集まった頃合いを見て最後の攻勢を仕掛ける。ただ、今日中に決着しなければこちらから仕掛ける」

「攻めと守りが途中で入れ替わってますけど、そんなに簡単にできるんですか」


一通り説明したところで、倉本の質問が入る。


「序盤の攻めは賭けになるが、中盤の守備はほぼ確実に移行せざるを得なくなる。戦力突出がない分、こちらが弱ったところで、一から二隊は確実に攻めてくる。戦力併合と私を狙って」


隊に動揺が走る。

戦力併合という一言が予想外であったのだろうが、陣地制圧や大将または七割の戦力が失われた時点でその隊が敗北という規定はあるものの、その後の個人の扱いについての規定はない。

そのため、自然と残った戦力の併合という思考に至る。


「他の隊は高い戦力が数名いるため戦力配分が難しい。その分、こちらは大戦力は絞られるから攻めやすいと判断される。その判断がされるのは一通りの戦いが終わってからになる。いや、そう判断させるためにあえて防御陣地の手を抜く」

「それって、分かりませんか」

「普段なら分かる。ただ、決勝戦まで進んだ後で回復が間に合わなかったのは事実だ。だからこそかかる可能性がある。相手をだますなら完全な嘘ではまずい。三割の嘘でだます」


自分の回復具合が七割ほどであるのは事実である。

ただ、戦力が大きく落ち込むほどの状態でないのもまた事実である。

そこで技力が足りないという嘘を入れれば、半信半疑ながらその情報を戦術に入れる可能性はある。

それに頼り切るわけにはいかないが、だましてみる価値はある。


「もし、攻め込んでこなければ、こちらは様子を見て回復に専念する。とにかく、中盤は打って出ての戦闘はしない。終盤に全力攻勢をかけられるだけの余力を残す」


その後、簡単な指示をいくつか与えた後、それぞれの準備を進めるよう散会する。

その後、個々にいくつか指示をして、私も霧峯を中心とした防御陣地を築き始める。


「で、どんな手を使うつもりなの。博貴のことだからもっと色々仕掛けてるんでしょ」


霧峯の問いかけに軽くうなずいて返す。

霧峯はそれで満足だったのだろう、鼻歌を歌いながら待機用の椅子に腰かけている。

この戦いで霧峯は序盤の攻勢以外は陣地の守りに徹してもらう方針だ。

ただ、霧峯にはもう一つの役目があるが、それは既に伝達済みである。

だからこそ、余計な話はしない。

霧峯も余計な詮索せんさくをしてこない。

迫る開戦に向けて準備をするだけである。

それでも、開始の直前に一つだけ尋ねた。


「で、本当にいいのか」

「うん。考えるのは任せたもん」


その笑顔に当たる陽は一つも影を作らない。

それに自信を貰って私は深く息をいた。




午後一時半、辻杜先生の号令と同時に、阿良川を残して全ての味方が陣を飛び出す。

霧峯を除き三人一組でそれぞれの陣営に攻め込む算段になっており、霧峯が遊撃を担う。


「それでも、大将を最初から出すなんて、とんだ作戦ですね」


残った阿良川がいつものとがった声で言う。


「ああ。相手を混乱させるために、私が近づいた敵に霧峯の幻影を見せるつもりだ。これなら、相手の先鋒が視認する。ただ、そこに実体が全くないのは問題だ。だから、阿良川には等身大の物体を召喚してもらう」

「そんな単純な作戦にかかるんですか」

「全体がかかることはない。それでも、三割が魔法にかかれば足並みは乱れる。それを重ねれば相手の戦術に問題が出てくる。だから、単純なものを重ねることが一番大事なんだ」


私の返答にいまいちピンとこないのか、阿良川の溜息は大きい。

それでも、召喚をしてくれるのは思うところがあってのことなのか。


「あと、残ってるのって私と二条里先輩だけですけど、渡会先輩が来たらどうするんですか。二条里先輩も私も色彩法に対応できませんよ」

「それなら心配ない。木國に渡会の陣を攻めさせたのは牽制けんせいのためだ。木國は体側偏重型だから、色彩法の影響を最小限に抑えられる。鍛え方に差があるから守りをしっかりするように指示してるけどな」

「それでも、守りを適当にするのは」

「だから、阿良川を残した。直接、敵と対峙たいじするなら別だが、守るなら正体不明の召喚体がいい。それに、陣地防御との相性もいい。適当な守りじゃない。これなら相応に守れる」


案の定、既に三名の後輩がどのように攻めるか立ち尽くしている。

ひどく堅いというわけではないが、単純に攻め立てるには堀が深い。

そのような状況なのだろう。

その思案が隙となり、こちらの好機となる。


「我が仇敵を攻囲し、その陣中に滅せよ。円陣」


三人を取り囲むように光陣を敷く。

それを逢坂と三浦の二人はかわしたが、芝本はそのまま中に残されてしまう。


「参謀が先制攻撃なんて、反則です」

「甘い。こちらの陣地に入った以上、こちらの陣地構築は自由。その円陣もこちらから発動しなければ防御陣地に過ぎない。もちろん、こちらの別部隊が飛び込むのは自由だが」


私の言葉に合わせて、阿良川は河童かっぱを召喚する。


「飛び込むまでもないわね。こんな寒い中で水責めされたいなら別だけど」


河童の動きに合わせて水が地面からにじみ出てくる。

阿良川の意図を察したのか、芝本の顔面が蒼白となっていく。


「こ、こんな人死にの出そうなことを」

「人死にが出なければ問題ない。なら、死の間際の苦しみを味わわせるだけだ」


この一言がとどめになったのであろう。

芝本が武器を投げて投降の意志を示す。

それとほぼ時を同じくして、裏手では光陣の迷路に迷い込んだ三浦が光陣に触れたショックで倒れ込む。


「なるほど、これが狙いということですか。下種げすなやり方ですね」

「その下種げすに巻き込んで申し訳ないが、漸減ぜんげんするには穴熊で戦うのが最適。協力をしてもらうしかない」

「構いませんよ。下種げすなのは好きですから」


阿良川が冷たく微笑む。

その冷たさは陽光も凍るほどであった。

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