(33)敗退

「で、ここからどうするつもりなの」


午後一時、交代で昼食と小競り合いを繰り返した後、第一隊と私達は小康状態に入った。

霧峯が椅子に座り、その傍では渡会と稲瀬が地べたでくつろいでいる。


「正直なところ、攻め手に欠けるんだよな。互いに攻めるとなれば防御を捨てる必要がある。守ろうとすれば攻撃力が足りずにばらばらでやられることになる。そうなると、一度に決着をつけることができないから、にらみ合いを続けるしかなくなるんだよな」


渡会が大きな欠伸あくびをかく。

その頬を稲瀬がつまらなさそうにつつく。


「ただ、第四隊の接収が上手く済んだ関係で、戦力的にはほぼ拮抗きっこうしたし、人数なら向こうを超えた。山ノ井からすれば見過ごせない部分になるはずだ」


霧峯は相変わらず機嫌よさげに座っている。

黄色いリボンが楽し気にはねる。


「ということで、ここは守りを固めて長期戦に持ち込むのが正解だ。ただ、それだとらちが明かない。だから、ここは危険を承知で会戦を申し入れようと思う」


渡会が身体を起こす。


「へぇ、やる気なんだな。でもよ、それに山ノ井が乗るのかよ」

「可能性は高い。今言った通り、人数自体は第一隊の方が少なく、長期戦になれば不利になるのは向こうだ。それに、小康状態が続けば私が動く前に辻杜先生が間違いなく動く」


既に三人とも表情が変わっている。

そして、五分ほどしてから、綾瀬が第一陣に向かうこととなった。




午後二時、グラウンドの中央に両軍が対峙する。

間にはいつもの黒いジャンパーに身を包んだ辻杜先生の姿。


「それでは始めるが、会戦のルールは大将の脱落か現在の戦力の九割壊滅を基準とする。第一隊は二人を切った時点で負け、第三隊は三人を切った時点で終了とする。防御陣地を築くことは認めないが、代わりに参謀の戦闘参加を許可する。以上だ」


全員が点頭する。

既に布陣は完了しており、両軍ともに大将は奥に控えている。

ただ、いずれも切り込み隊長であるため、すぐに激突するだろうということは想像にかたくない。

既に作戦指示は済んでいる。

あとは状況を見てやるより他にない。

この人数規模で会戦になってしまえば、後は乱闘に近くなり細かな指示など行き渡らない。


互いの前列に立つ面々から緊張が感じられる。

それを満足げに眺めている先生は何を考えているのか。

ただ、左手をポケットに突っ込み、右手をゆったりと掲げている。


「思ったよりいい訓練の仕上がりになりそうだ」


そうつぶくや否や、先生が手刀を振り下ろす。

刹那せつな、互いの前線が戦闘を開始した。

第一隊は浜名と牛島が一年生に指示を出し、こちらの前線を支えようとする。


「ワーム・テイル」

「鶴翼陣」


そこに、アレックスと私とで切込みをかける。

他の面々は一斉に散開し、各々の標的へと向かう。

防ごうとする敵前衛に斬り込み、妨害する。

元より、真正面から戦う心算などない。

こちらは、一年生と二年生とで組ませた三人一組を以って相手方の招待選手四人を封じ込める。

そして、残った水上などを綾瀬と孔の二人に任せ、渡会と霧峯の二人に山ノ井と内田を任せる。


山ノ井の作戦は戦力の漸減を目したものだろうが、こちらはそれに乗ってしまえば、個人の戦闘力の高い面子の少なさから負けてしまう。

特に、招待選手四人を抱えるというのが大きい。

故に、こちらは戦力配分を誤るわけにはいかない。


向こうは観念したのか、本庄もこれに加わり、私とアレックスを包囲しようとする。

しかし、それこそこちらの思う壺である。

アレックスの得意とする薙刀は個人よりも集団を相手にするのに適している。

身長の倍近くあるその長物は、向けるだけで相手の間合いを狂わせる。


「へへっ。兄ちゃん、薙刀相手に囲んできやがったぜ。こりゃ腕が鳴るねぇ」


邑本と谷崎が間合いを詰めようとするが、太刀をかわすので精一杯であり、川相に至っては初手で深手を負っている。

にじり寄る牛島と本庄には、私から光陣を差し向けて対処する。

七対二ではあるが、これだけであれば対応可能。

しかし、向こうは山ノ井と内田の組み合わせである。


「風韻斬」


だからこそ、内田の斬り込みに対応できた。


「ヒュウ。大将が奇襲かい」


アレックスの軽口の瞬間には、既に姿が消えている。

順調すぎると剣を構えた瞬間であったため一撃はなせたものの、これが続くとなると脅威である。

ヒット・アンド・アウェイということなのだろうが、そうなると単体の戦闘力に劣るこちらの方が漸減される可能性が高い。

そして、こちらは三人一組で力を発揮できるような組み合わせにしてある。

一人でも欠ければ、という想像が容易に広がる。


「で、うちの大将はどうするつもりかい。あんまり余裕はなさそうですぜい」

「阿良川、霧峯にこっちへ来るように繋いでくれ」


肩に載せた蜥蜴とかげに声をかける。


「分かりました。早々に作戦変更ということですね」

「ああ。一旦、こっちを片付けることにした。そっちは襲われてないか」

「はい。まだ、私が全体から離れていることは気付かれていないようです」


召喚獣を経由して情報を共有する。

開戦前に細かな指揮ができなくなることは既に見越していたが、それと同時に大まかな指示であれば可能であると踏んでいた。

だからこそ、反則に近いと思いながらも阿良川だけは後方に残し、召喚獣の指揮に専念させていた。


「内田が遊撃に回っている。十分に気を付けてほしい」

「ええ。先輩に言われるまでもなく、内田先輩が来れば一目散に逃げますよ。痛いのは嫌ですからね」


軽口を叩く余裕がある、というのは中々に頼もしい。

ただ、時間がかかれば気付かれる可能性も高まる。


「博貴、呼んだ?」


そのようなことを考えている間に霧峯が、輪の中に飛び込んでくる。

いささかの乱れもない呼吸は流石というべきか。


「早いな」

「うん。水無香ちゃんが追っかけてるとこだったから。で、私は何すればいいの」

「戦力集中で一気に、目の前の相手を無力化する」

「分かった」


言うや、霧峯は早速前線に斬り込もうと躍動する。


「活魚陣」


後に光陣を続かせ、私も抜刀する。

アレックスの大立ち回りに振り回される相手は、それでも、新たな攻撃に備えてにらむ。


「いい表情だ」


それを、煙草をくゆらせた辻杜先生が褒める。


「が、だからこそ隙が大きい」


霧峯の跳躍に合わせての先生のつぶやき。


「鳳凰剣」


僅かな前線の隙間に入り込む。


「レイニン・ナイフ」

「魚鱗陣」


牛島と浜名の両名から血の気が引く。

上方からはチョークの弾幕。

後背には光陣。


「ちぃっ!」


前へと踏み出した二人に剣を振るう。

逃げ場がそこしかない以上、あらかじめ潰しておいたのが功を奏す。

斬ってこそいないものの、強打を受けた牛島も浜名も横ざまに倒れ込む。


「何もここの一団を無力化するのに全員をやる必要はない。指揮官二人を片付ければ烏合うごうの衆。そこを見抜けなかった牛島と浜名は脱落して当然だな」


辻杜先生が冷ややかに告げる。


「アレックスさん、ここは頼みます」

「おうよ」


しかし、それを気に留めている余裕はない。

一旦退き、それから相手左翼に向かって駆ける。


「で、これからどうするの」

「招待選手と対峙している四組の防御に回る。内田と山ノ井のことだ。どこが崩しどころかを見抜いて的確に攻めてくるはずだ」

「それなら、連携で押してるとこがねらい目ってことね」


笑って、少女は跳躍する。


「全く、この間合いでも瑞希の速度にはかなわないのですか」


その先には、内田の姿。

彼女の剣は木之下に向かい、しかし、少女の二振りのナイフに阻まれている。


「ふふん。速さなら水無香ちゃんにも負けないんだから」

「それでしたら、ここで力比べをしてもいいのですが、今は止めておきましょう」


内田が大きく飛び退く。

その瞬間、私の頬のあたりをにらむ。


「なるほど。柳沢さん、ここは引いて山ノ井さんの下へ向かってください」


点頭し、痩身そうしんの男が後方に跳躍する。

無論、それに今上が続こうとする。


「この星の祈りを天上より捧げよ。落雷」


その合間に、内田が雷を打ち込む。

怯んだ瞬間に、柳沢の姿は消え、内田も大きく後退する。


「今上組はそのまま他の組を手伝うように。霧峯、内田を追うぞ」

「追うって、こっちは大丈夫なの」

「ああ。今ので内田と山ノ井の標的が阿良川になったからな」


霧峯の顔に緊張が走る。


「阿良川、大変なことになった。そっちに内田が向かっている」


駆けながら蜥蜴とかげに話しかけるが、応答がない。


「水無香ちゃん、トカゲさん見てたもんね」

「そして、内田なら指揮連絡系統を的確に潰しに来る。こちらは連携がきもだと知っていればの話だが、遊撃に回っている以上、気付いている可能性は高い」


そうでなければ、大将が出てきたのに合わせて内田は戦うはずである。


「あ、あれ!」


霧峯の声に視線を向ける。


その先には走る蜥蜴とかげの姿。

私達の肩に在るものとは異なる個体。

しかし、その生々しい技力は明らかに阿良川の召喚体であり、小さな足を回転させて先を急ぐ。


その首が一度、こちらを向く。

点頭し、再び前を向いた。


「博貴」

「ああ、追おう」


少女が私の前を行く。

足の速さであればとてもかなわないのだが、間合いは保たれている。


「校舎裏に行くみたい」

「流石、阿良川だ。逃げには徹底した逃げ、ということか」


本来であれば、闘いの中心となっているグラウンドから工事中のプールの辺りにいるべきなのであるが、今回の規則では敷地周辺であれば良い。

阿良川には容赦ようしゃなく逃げろという指示を出していたのであるが、よもや喫煙所まで導かれるとは思わなかった。


「全く、ここまで逃げる指示を出していたとは、博貴の小細工好きには感心します」


校舎より飛び降りて現れた内田と、毅然と対する阿良川の姿。

反対側からは山ノ井が駆けてきており、互いの大将と参謀が揃うこととなる。

それは、ペア戦決勝の再来であり、互いに手の内を知った者同士でもあった。


「山ノ井さん、ここで昨日の借りを返しましょう」

「はい。霧峯さんを倒せば、僕たちの勝ちです」


ここで、私達四人を包むかのように、技石が配置されていることに気付く。


「阿良川」

「無属性技令界」


阿良川の点頭と共に世界から遮断される。

再び展開された、山ノ井の空間。

漆黒に覆われ、全ての影が失せる。


「なるほど、誘いだした、ということか」

「はい。二条里君であれば、阿良川さんを伝令で使うために隠すだろうと思っていました。ですから、昨日の夜のうちに、内田さんと一緒に一つの罠を仕掛けました」

「昨日の決勝戦では、博貴に準備をされて負けました。今度は私達が準備をし、勝つ番です。技石の補助を受けて余裕のある山ノ井さんの技力でしたら、博貴の陣形技令相手でも圧倒できるはずです」


内田は既に抜刀しており、山ノ井も己が杖を構えて詠唱の構えに入る。

必勝を期して裏をかきに来た、というところだろう。


「ただ、阿良川をこっちの空間に引き込めなかったのは失敗だったな」


だからこそ、私は笑ってやった。


「どういうことですか」


二人の声。


「うん。だって、私達に何かあったら、阿良川ちゃんにあとはお願いしてたから」


少女の返答に緊張がほとばしる。


「昨日のペア戦の決勝で、山ノ井の手の内を見ていたから、私と霧峯が寸断される可能性は既に想定していた。だから、いざという時のために、全体にその指示は出している。それに、阿良川は個人の戦闘能力自体は高くないが、既に戦わせ方は昨日のうちに仕込んである。実地教育ってやつだな」

「うん。だから、私たちは好きなだけ戦える」


阿良川の点頭は指揮権受諾の合図。

その確認ができた以上、こちらは死力を尽くして戦うだけである。


「個々の戦闘力の総合では負けるが、私は自分の隊を総体では勝てるように仕込んできた。指揮官のいなくなった相手であれば、時間をかければ必ず勝てる」


光陣を敷き、備える。

少女もまた、ナイフを構え、対する。

万全を整えた相手に精一杯の強がりで応え、相手の心を攻める。

無論、ここで負けてしまえば全てが終わる。

霧峯が負ければ全てが終わる。


だからこそ、精一杯の意地で笑い返す。


だからこそ、二人に焦りが生じる。


沈黙が空間を支配する。

互いに練り合う気の高まりが混ざり合い、渦のように淀みを成す。

昨日がやや長い戦いであった分、一撃の重さに賭けているのもお互い様だ。

故に、相手の出方をにらみ、相手を崩しうる隙を伺う。


山ノ井の周囲に漂う気から、決勝と同じ八音を放つ意図が見える。

ただ、それは昨日よりも濃く、技石の恩恵を最も受けていることが分かる。


少女はやや低く投擲とうてきの構えを取る。

跳躍を以って勢いを得、相手を打たんと真剣に見詰める。


その先の彼女は下段に構えた剣に力を籠め、なしと斬り込みをにらむ。

神速の剣技をここで受ければ、私達に後はない。


息を呑む。

光陣で防ぎきるのは難しい。

剣技でも勝てる見込みは薄い。

霧峯の強化などの余裕はない。


高鳴る心音が一瞬、途切れた。

刹那せつな、山ノ井の一音が発色の力を凝集する。

少女の跳躍。


「この星の祈りを天上より捧げよ。落雷」


それを天の怒りが襲おうとする。

遥か虚空より、一筋の光。


それを、


「な」


司書の剣を掲げ、自ら受ける。


「魚鱗陣」


内田の背に光陣を敷く。

眩む世界に拉げる身体。それでも、さらに山ノ井の軌道に回る。

受ける。


「ット・ック」


激痛と共に、とん、と揺れ、が、えた。

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