(3)少女
翌朝、私は
しかし、思い返すほどに納得も理解もいかない。
それにしても、と思う。どうにも最近の私は女の子に狙われる機会が多いようである。少なくとも、この三ヶ月で話すようになった女の子が増えたが、そのいずれもが、一度は何らかの戦いを交えている。
ふと、呼び鈴が鳴る。
「マジか、寒いのにな」
重い腰を上げる。今日は母親が仕事、内田も図書館へ行っている。必然的に、出るのは私だ。まあ、土曜の昼前の時間だ。きっと何かのセールスか何かだろうと高をくくって、そのままの格好で出ることにする。
「はいはい、ちょっと待ってください」
戸を開ける。
「隣に引っ越してきた
互いに、呆然となった。
目の前にいたのは、昨日、私に戦いを挑んできた少女であった。顔はよく覚えている。あの、強い印象の黄色いリボンも健在だ。ただ、昨夜とは違って、手には武器ではなく菓子折りか何かを持っている。何もかもが、異質だ。
ただ、互いに敵意はない。既に戦いは決着している。問題はそこではないのである。
「わ、わざわざ、ご、ご丁寧に」
冬の寒さが身に
「ちょっと、何、その
少女が笑う。私は少しだけほっとすると同時に、自分に少しだけ嫌気が差した。
とりあえず、そのまま帰すのもなんだろうということで、少女を家に上げることにした。
「ちょっと、待ってて」
部屋に入れて、急いで
「へぇ、君の部屋って意外と整理されてるんだね」
入るなり、少女に言われる。不意に顔が熱くなった。悟られぬよう、急いで紅茶を出してクッキーを真ん中に置く。思えば、この部屋に女の子を入れるのは内田で慣れているはずなのだが、少しだけ
「でも、いきなり来た女の子を自分の部屋に入れるなんて、結構な度胸よね」
失言する。確かにそうだ。リビングが朝から散らかっていたのを思い出しての行いだったのだが、異常と言えば異常だ。やはり、内田がいるせいで、少しだけ感覚が狂っている。
「ホントに、君って面白いね」
「悪かったな、何も考えてなくて」
「ううん。これでも褒めてるの。だって、昨日は襲われた相手をこんなに簡単に迎えるなんて、普通の人ならできないでしょ」
ああ、確かにそうだ。内田から
「ま、そんな相手の出した飲み物を何の警戒もなく飲んでる私も同じなんだけどね」
ああ、確かにそうだ。なんだかんだと言いながら、この少女も、昨夜の敵が誘うままにその部屋へと入り、素直に出すものを飲んでいる。内田であれば、この光景を見て
目の前の少女は、そんな私の思考をよそに明るく紅茶を飲んでいる。どうにも、息が詰まる。
「そういえばこの部屋って、私の部屋の目の前なのね。着替え中とか、
ちょっと
時計の音が騒がしい。
このままでは、色々と心苦しいので、私も意を決して話題を振ることにした。
「そういえば、学校はこの校区にするのか。一応、転入者だと他も選択肢があったはずだけど」
「うん、君と同じ中学校に行くつもり。朝から上り坂はきついけど、近い方がいいから」
君と同じ、と言われて不意を突かれた。この少女は魔法のように言葉を操るようだ。これも、悪気はなさそうなのだから、始末に困る。
「でも、もう少し早く来れたら、修学旅行は一緒に行けたのにな」
「ん、今年は修学旅行は二月に延期になってるから大丈夫だ。ただ、テストが悪かったら、自由行動の二日目はホテルに缶詰めにするって先生が言ってたけどな」
「へぇ、そのテストっていつ」
「二月の建国記念日の後だな。まあ、三分の一は許すって言ってたけど」
一瞬で、少女の目の輝きに
「私じゃちょっと厳しいかな。前の学校でも、頑張って半分ギリギリだったから。君はどう」
「私は・・・・・・」
言葉に詰まる。ここで、嘘を
「さん」
「三十番ぐらいとか」
「いや、三番以内」
少女が目を丸くする。だが、事実なのだから仕方がない。元はといえば、私には勉強以外の取り得がなかったのである。スポーツでは負けても何も思わない自分だったが、ことテストではそう簡単に負けられなかったのである。事実なのだから仕方がない。
「でも、逆に考えれば、君に教えてもらえばいいんだよね。どうせ、徒歩十秒で来れるんだから」
少女の目は外に向いている。確かに、屋根伝いに来れば徒歩十秒でしかない。
「ね、勉強教えて」
ここで拒否を選択するのは
ただ、目の前の夢見る少女に、それを
「まあ、それくらいならいいけど。ただ、私の得意科目は数学と理科だから、少しきついかもしれないぞ」
「それくらい、修行を考えれば楽勝。旅行が
少女が
外を見る。冬というのに、太陽が明るい。電線は緊張しているのか、
「あ、名前」
二人で、笑った。
「表札見たと思うから、
「私は
「博貴、大丈夫ですか」
「昨日は逃しましたが、昨日、博貴を襲った以上、誇りにかけて、今日は討ちます」
既に、内田は
「あ、君、この子と付き合ってたんだ」
そんな中で、霧峯は笑顔で言った。
「そのようなこと、絶対にあり得ません。このような危機意識のないような人と、私が付き合うわけないでしょう」
内田が全力で否定する。その様子を見ながら、霧峯はこちらに
「昨日は驚かせてごめんね。私は霧峯瑞希。この隣に昨日引っ越してきたの。よろしく」
霧峯が差し出した手を、内田は
「分かりました。二条里も許しているようです。今日のところはここで止めておきましょう。ですが、次は許しません」
「大丈夫。もうしないから、安心して」
「内田水無香です。私はこの隣の部屋にいますから、博貴に何かあれば、
「オッケー。博貴を襲わなかったらいいのね」
霧峯の答えに、内田は
台所からカップをもう一つ持ってきて紅茶を
「そういえば、博貴と水無香ちゃんって、一緒に暮らしてるの。
そんな時に、霧峯が思わぬ一言を投げかける。危うく、カップをひっくり返すところであった。
「まあ、一緒に暮らしてるのは事実なんだが、母親が両親を亡くした内田を引き取ったんだ。まあ、二ヶ月ぐらい前の話なんだが、ちょうど、父親は単身赴任で姉も彼氏と同棲してるからトントン拍子に進められたんだよな」
「へぇ。って、水無香ちゃんのそんな話、博貴が話していいの。結構、デリケートな話じゃない」
「別に気にしませんから」
内田は
「って、そういやいつの間に私の呼び方が決まってるんだ」
「えっ、だって水無香ちゃんが博貴って呼んでたから
「いや、内田は私の母親と分けるためにそう呼んでるんだ」
「ふーん。そうなんだ。ま、でも、呼んじゃったからいいでしょ。ね」
「ま、確かにそうだな」
と、口では言うが、今から学校に行くのが少々怖い。既に、内田や川澄と付き合いがあるのである。ここで、霧峯から下の名前で呼ばれようものなら、男子からの冷ややかな目が集中するのではないかという恐怖が
「そういや、内田は図書館行ってきたんだよな。何を借りてきたんだ」
内田が、あ、という
「そうでした。借りていた本を忘れていたのでした。また、行ってきます」
内田が慌しく紅茶を飲み干し、出て行く。霧峯は穏やかに紅茶を含む。隣の部屋から
「私は図書館に戻りますが、博貴にもしもの事があれば、
「はーい。安心して行ってきてね、水無香ちゃん」
内田は一度、霧峯を
「素敵な子ね、水無香ちゃんって」
思わず、苦笑いしてしまった。敵意と好意とが、この空間を支配していたのだ。皮肉である。
「そういや、
「え、そんな、迷惑でしょ」
「いや。一人で食うより、二人の方が楽しいからな。まあ、私が作ったご飯なんか食べたくないって言うんなら、話は別だけどな」
霧峯は笑った。この少女といると、色々なことが小さなことに見えてしまう。私は
少女は飯を二合食べた。ごく、自然であった。
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