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(7)会敵

 作戦開始から七日。とりあえずは無事に物事が進行していた。正しくは、先生の言う「訓練」規模の衝突しょうとつが複数あり、その中で部員がきたえられつつ「無事」に動いている。


「なに、死ななければ無事だ」


 という辻杜先生の言葉の通り、部員に生傷が絶えることはなく、朝から私や内田が回復技令を度々たびたび使用することとなった。

 そして、夕。いい加減にこの警邏けいらにも慣れてきた頃であり、適度な緊張と適度な余裕が行動に直進性を失わせていた。


「でも、私たちのところっていつも少ないよね、敵」


 一時間の探索の後、ふと、霧峯がらした。


「不満なのか」

「ううん。戦うのが好きっていうわけじゃないから。でも、思い切った行動に出ないで、ずっと攻め続けるなんて」


 快活な少女がどもる。

 確かに、言われてみれば遊撃隊として危険個所をつぶして回るはずの私達の隊が、皮肉なことに最も襲撃にさらされていなかった。それこそ、水上たちの隊などは一日に五回も襲撃を受け、日々技力も体力も空になるまで戦い続けていた。それに加え、皆傷こそ負うものの致命傷を受けたような部員はおらず、着実に全体がレベルアップを果たしつつあった。その中で、襲撃がわずかに一回の私達は成長速度でいえば、極端きょくたんに遅れていた。そして、いずれの襲撃も同時に行われることはなく、かつ、敵の数も多くはなかった。


「確かに、あれだけ襲撃をかけるなら一回に力を絞れば十分に一人や二人は討ち取れそうだな」


 それ以前に、単純な技力の無駄である。戦う以上、効率的に技令を使用するべきであろうが、そのような感じは微塵みじんも見受けられない。むしろ、非効率を極めたような状態である。とはいえ、一度に放出できる技力量が保有する技力量に伴わなければ十分に考えられる事態であり、必ずしも敵がおかしいとは言い切れなかった。


「水道の蛇口じゃぐちが小さいだけなのかもしれないな」

「だといいんだけど。相手が何考えてるのか分かんないのが、一番、面倒よね」


 そう言う少女は目の前にある敵を成敗せいばいするという単純な思考しか持ち合わせていない。わなやら小細工こざいくやら戦略やらを組み立てるよりも先に制圧してしまっていたというような感じであり、それこそ直感的に動く。たまには考えるということもあるようだが、


「ま、考える時間がもったいないよね」


と、それまでの全てを否定する一言で閉じるのがお決まりであった。

 それがあまりにも意味不明な状況に深々と物を考えるようになってしまっている。その時点で、異常だ。だが、霧峯の異常を考える以上に、今はこの状況の異常さを把握はあくする方が先決であった。

 その時、呼び鈴の音が静寂せいじゃくを貫く。これまで一度として鳴ることの無かった音。それが今、封印を解かれて緊迫きんぱくを示す。


「二条里君、山ノ井です。ポイント二十八。激烈げきれつな敵襲です」


 僅か十八秒の通話。だが、それだけで事態はおよそ把握はあくした。単純な名乗りと確認、それに続く連絡は事態の逼迫ひっぱくを示すには十分であった。戦況を丁寧に説明できるような状況でなく、内田からの分析もない。本来の山ノ井であればあるであろうそれが欠けているということは、そのような余裕がないということ。加えて、そのような状況で連絡をしたのが山ノ井自身ということは、連絡可能な人間が限られているということに他ならない。


「博貴、行こう、二十八番ポイント」


 霧峯の声に我へと返る。猶予ゆうよはない。少女の長い黒髪に誘われ、私は戦場へと身を投じた。




 先生が設定したポイントは全て把握はあくしている。その中でも、二十八番ポイントは比較的暗く、人通りもまれにしかない。しかし、ちょうどいい具合の更地さらちがあり、開けすぎているため襲撃の確率は低いだろうとふんでいた場所でもある。それでも、そこをポイントとしたのは山ノ井の一言であり、


「各個撃破という意味では不利ですが、全体攻撃の観点からすれば的確すぎる場所です。警戒ポイントに入れるべきです」


これを具現化ぐげんかした結果が眼前に広がっていた。

 一年の阿良川と谷崎が既に深手を負っている。その前方で三人の部員が腰を抜かし、倒れ込んでいる。そのような中でもなお、彼女は敢然かんぜんと剣をとり、彼はその一歩後ろで毅然きぜんと支援に回る。


「二条里先輩、ど、どら、どらご」


 そして、対するは巨漢のつばさ無きドラゴン。蜥蜴とかげ髣髴ほうふつとさせるその巨体は、しかし、その皮を鋼鉄と変えており、到底とうてい、貫けるものではない。両腕りょううではさほどに太いものではないが、両脚は丸太をゆうに超えてこの大地に根を下ろす。悠然ゆうぜんと構えて炎を口に蓄えるその様はそれだけで地獄じごくへの案内を示しており、直後には白く果て無き終焉しゅうえんを見せつける。


氷室ひむろの風」


 絶望を絶対なる氷壁ひょうへきで打ち返す。山ノ井の叫びは一瞬にして燃え盛る火炎と拮抗きっこうし、真中まんなかで爆発を起こす。


「二条里君、ドラゴンです」


 正体は山ノ井の解説を待つまでもなく明らかだ。が、対処法となると話は別である。種々の幻想種げんそうしゅの特性については以前に内田から説明を受けているが、


「ドラゴンはつばさの退化したランドドラゴンと羽ばたきによって空を飛ぶ翼竜よくりゅう、そして、その技力によってつばさらず飛ぶ龍の三種類に分かれます。強さは今べた順に増してゆきますが、いずれも火力、防御力共に現在の博貴を凌駕りょうがします」


と、要約すれば戦いようがないということを一言で示しただけであった。それを今、二人で受け止めている。


「アース・クェイク」


 山ノ井が的確にランドドラゴンの弱点を突く。その巨体ゆえに足場を崩されれば倒れるよりほかにない。だが、敵の脚は丸太。丸太が小さな揺れに負ける訳がない。悠然ゆうぜんと構えたドラゴンはにぶく光る両腕りょううでを振り下ろす。


鶴翼かくよく陣」


 もうこれ以上、傍観を決め込むことはできなかった。私は内田との間に壁を作り、霧峯はドラゴンのふところにナイフを打ち込む。


「ここは僕達で抑えます。二条里君は傷ついた皆さんの回復をお願いします」


 山ノ井の指示に一瞬だけ躊躇ためらったが、すぐさま回頭し傷の深い谷崎に回復をほどこす。確かに、女子二人がドラゴンにりかかっている以上、戦闘力にとぼしい私と山ノ井は後方支援にてっした方が効率が良い。そして、少しでも戦闘に向かう力を増やそうと思えばまもるものを減らすより他にない。


仇敵きゅうてきの先陣に光のいましめを。ラックス・ピラ」


 が、回復をしながらでも攻撃はできる。補助となれば尚更なおさらである。ドラゴンの視界に入るよう、霧峯の軌道きどうに入らぬよう放ったその一撃は、この怪物の気を奪い、少女のナイフをその右目へと導いた。


「二条里君、回復は」

「今やってる。やってるからこそ、援護えんごに回ってる」


 既に阿良川と谷崎の施術しじゅつは簡単にでも済んでいる。であれば、今にも炎を放ちかねないドラゴンを抑え込む方が得策である。


「博貴、話し込んでいる余裕は無いようです」


 きばの隙間から白い閃光せんこうのぞく。せまりくる高熱を瞬時に予感させる。


「氷室の風」

鶴翼かくよく陣」


 山ノ井と二人で防壁を張る。白い閃光せんこう灼熱しゃくねつとなって襲う。


「風のしがらみ


 内田も加わっての三枚壁。それでも襲い来る劫火ごうかは止まることを知らない。


「博貴、もう一つ行ける?」


 霧峯が壁の最前線で敵をにらむ。見えるのは口。右手には二本のナイフ。意図を瞬時に理解する。


「タイム・シェイカー」


 壁に風穴を開ける。二本のナイフが放たれる。炎が侵入する。少女にせまる。

 刹那せつな、炎が四散した。

 ゆがんだ時空が導いた一閃いっせんは深々とドラゴンののどえぐり、後頭部を貫いた。血飛沫ちしぶきが舞う。炎が口腔こうこうの奥に閉じる。それでも、ドラゴンはその口を大きく開けてせまりくる。


 その時、山ノ井が口より奇妙な音を放った。それと同時に、四色の閃光せんこうがケーリの杖より放たれる。束となった光はドラゴンを襲い、終息しゅうそくと共にその影を消し去った。


「あれは、四音しおん一読いちどく


 凛然りんぜんたたずむ山ノ井に、内田が驚嘆きょうたんの声を上げる。こげげたにおいと呆然ぼうぜんとする後輩達を背に静寂せいじゃくが周囲を支配する。


「何なんだ、その四音しおん一読いちどくっていうのは」

「特殊な技令の一つです。四種の技令属性を示す一音を発することでそれを集束させた光を放つ技令です。口で言うのは簡単ですが、実際には各技令のバランスをとる必要があるので相当に難しい技です」


 思い返せば、内田の正気を取り戻す際の作戦では、山ノ井は八つの技令のバランスを取って技令陣をいていた。その彼にとってこの「技令」は一つの到達点なのかもしれない。


「そして、彼女の技令素養は」


 内田はそう言うと、霧峯を真っぐに見えて沈黙ちんもくを決め込んでしまった。




 その後、腰の抜けてしまっている後輩たちに回復をほどこしてこれまで通り帰宅を見守った。深手を負っていた谷崎も阿良川も回復自体はすみやかに完了し、一時間もする頃には私達も帰途きとくこととなった。本来は学校に戻ることになっていたが、流石さすがに時間も遅くなっていたためそのまま解散となった。


「失礼ですが瑞希、時々、正夢まさゆめをご覧になることはありませんか」


 その途中、例の最初に襲撃のあったしげみに差し掛かったところで内田が口を開いた。


「うん、時々見るけど、どうして」

「いえ、今日の戦いを見ていまして瑞希の技令素養が時間技令ではないかと考えたものですから」


 霧峯と思わず顔を見合わせる。


「瑞希の使用されているナイフは刀身を技令でんだものです。それが博貴の時間技令で失われなかったということはその大元の属性が時間である可能性が高いものと思われます。また、時間技令を得意とする方の多くは予知夢よちむを見ることができます。ですので、瑞希は修行をすれば時間を中心とした陰の技令を使用できるのではないかと思います」


 彼女の説明に私も少女も聞き入っていた。内田の滔々とうとうと話す流れに心地よさを感じるとともに、霧峯が以前に話していたことを、ふと、思い出した。


「私、時々はっきりした夢を見るの」


 この時、私は少女の奥底おくそこに眠る技力のかげと、なぜか初夢で見た男の影が脳裏のうりよぎった。その違和感が今、内田によってほどかれてゆく。


「ただ、気になるのはあのドラゴンの炎です。瑞希の属性は確かに陰ですが、微弱な陰気だけでは炎を単純にはらうことはできません。第一、風や氷といった炎を直接はらう技令で相殺そうさいできなかった以上、単純な陰気だけでは打ち消せないということです。ということは、あのドラゴンの炎は時間技令が弱点だったのではないかと思います」

「時間技令が弱点の炎って何だ。そんなのあるのか」

「ええ、普通はありません。ですが、それを故意こいに指定して召喚すれば可能です」

「そんなの意味あるのか。弱点指定が必要なら多少は意味があるんだろうが」

「ええ、態々わざわざそのような手間をかけるような必要はありません。弱点を指定しても水や氷に対する弱点は残ります。にもかかわらず、強い弱点にしたのは不可解です。ただ、一つの可能性を除けば、ですが」


 内田がその一言で黙り込む。真冬の風が否応いやおうもなく体温を奪い、過熱する脳漿のうしょうを冷却する。ただ、彼女は静かな微笑ほほえみをたたえ、向うのしげみを見えている。


「一つの可能性って、自分から倒される前提で攻めてくることなんかあるのか」


 内田の口角こうかくが上がる。


「もうそろそろ、真実をお話になられたらどうですか、『霧峯』さん」


 内田の一言に霧峯が声を上げる。清廉せいれんみがかれた月鏡つきかがみもと、私の眼前に一人の老父が影を現した。


「おじいちゃん、なにしてるの」


 霧峯の一言に困惑しつつも思わず、頭を下げる。理由は分からないが、まともに顔を見ることができない。


「瑞希、おじいさんは私達を、いえ、瑞希をきたえるために相手を召喚していたんですよ」


 眼前の老人は静かに微笑ほほえみをたたえている。気付いたのはその根底からあふれ出る威圧感いあつかんが私を圧倒し、直視を困難なものにしているということであった。ただ、それだけではない『何か』を感じて頭を振り、へばり付く不安を振り払おうとした。


「瑞希がいつ、正体に気付くかと思っていたが、友人に気付かれるとはな。最もかぎの多いであろうお前が気付かないでどうするつもりだ。それでは、これから先の戦いでは到底とうてい、生き残れんぞ」


 微笑ほほえみとは裏腹うらはらに、老境ろうきょうに差し掛かる手前の老人の言葉は鋭い。瑞希も返す言葉がないのか珍しくこうべれている。私は依然いぜんとして直視ができない。


「まあ、今回の件に関しては旧友の依頼で行ったものであるから、瑞希には特に気を付けて隠していたからでもあるのだが」

「依頼って、おじいちゃん誰に頼まれたの」

「名前を言うよりはお前の中学の校長と言った方が分かり良いだろう。もう引退した私に孫娘の仲間たちのレベルを底上げするよう無茶な話を持ち込んできたのだ。言われた通りレベルの低い面子めんつを中心に戦闘を組み、全体のレベルを近づけたがな。それにしても」


 そう言うと、やっとのことで直視ができるようになった私を老人はにらむように見えてきた。


「君はひどくせが強いな。あの集団の中で力量の違う者が瑞希を含めて六人いたが、その中でもひどく異質だ。今日の戦闘は陰から見ていたが、なるほど、あれならば瑞希が無傷で負けたというのも納得がいく。力量であればそこの少女の方が高いが、天性てんせいかんとでも言うべき戦闘感覚はこの中で随一ずいいちだな」


 話の流れから察するに、私は今この老人から褒められているのだろうが、どうやっても心からそれを理解することができない。むしろ、威圧感いあつかんは先程より増しているような感じさえ覚える。


「まあ、マンドレイクから始まっての訓練は今日で終わりだ。私もこの数日で相当そうとう疲れたからな。ただ、訓練が終わったところで全てが終わる訳ではない。二条里君」

「は、はい」

「孫娘を、瑞希をよろしく頼んだぞ」


 寒風かんぷう天頂てんちょうの暗幕の下、私はただただ頭を上下するだけであった。

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