(22)県北の戦い

結局、山ノ井と内田による急襲は失敗に終わった。

報告によると、敵軍を挟む形で攻撃を開始した山ノ井と内田であったが、レデトール軍はその攻撃を徹底的に守り抜いた。

決して自分から攻め立てようとはせず、淡々と攻撃を受け流し、傷ついた兵は速やかに後方へと下げたという。

要は、私と霧峯がここで行おうとしている戦術行動を相手は完遂し、相手が諦めるまで根気強く戦ったのである。


この報告を受け、私と霧峯は防御をより固めることとした。

具体的には防御陣地を布き、技令的な罠を仕掛けることで攻撃を受けた際に受けるダメージを最小限とするようにしたのである。


「霧峯、おそらく今ある戦力全てで攻め込んだとしても、相手を崩すことはできない。勝機があるとすれば、どこかが攻撃を受けている間に、本隊を攻めるしかない」

「うん、分かってる。だから、私達が引きつければいいんだよね」


二人である分、戦術の共有は容易であった。

加えて、夜襲に備えて二人で交代しながら就寝を取ることも決定する。

防御陣地を構築することで攻撃時の負担を軽減し、一人である程度の戦力までは対応できるようにしたのである。

これを、より効果的にするため、二人でもう一つの取り決めを行う。

一人で対応している間、敵襲がない場合にはそれぞれが行う事を決めたのである。

私は防御陣地の強化を行うことでより効果的な防御の運用を目指すことであり、霧峯は偵察と地形調査を行うことで情報を掌握することであった。

二人とも得意分野が違うことは百も承知である。

だからこそ、互いの能力を出し合う役割分担を定めたのである。


そして、夕方から夜にかけて散発的な敵襲に見舞われることとなる。

ただ、いずれも一人で凌ぎ切れる程度の攻撃であり、だからこそ、敵の三分の一が投入されたであろう大規模な夜襲を二人掛かりであったにしても、難なく退けられたのであった。


翌朝、山ノ井から再び連絡が入る。


「二条里君、今から敵陣に攻撃を加えます。防御をお願いします」


一方的な電信に対し、今度ばかりは霧峯と出陣の準備を整える。

前回の攻撃で十分に打撃を与えられなかった以上、反撃を受けての敗走を想定する必要があった。

十時半、故に、山ノ井から作戦失敗の報を受けた際には悔しさよりも予感が的中したという確信の方が強い印象として残った。


それから三十分後には、再度、山ノ井たちが攻撃を仕掛けたという情報が渡会によってもたらされる。

水上の召喚技令によって味方にも隠した作戦は明るみに出、三十分後の撤退まで続けられた。


焦燥しょうそう感が募ってゆく。

ただ、ここで焦って行動すればこちらは崩れてしまう。

だからこそ、私は霧峯を休息させた上で周囲の防御を固め、一帯を要塞化してゆく。

汚泥のように溜まった不安感がそれを後押しし、来たるべき時に備えようとする。


そして、終にその時が来た。


「博貴、山ノ井さんが深手を負いました。救援をお願いします」


午後二時過ぎ、一時半頃から行われていた敵の猛烈な攻撃の最中、内田より一報が入る。

機械の苦手な内田がトランシーバーを用いたのである。

それだけで、事態は急を要した。


「渡会、山ノ井が負傷した。よって、ここからは私が指揮を執る。水上をこっちに寄越してくれ」

「つっ、無茶言うぜ。こっちも敵襲対処してんだ。そっちでなんとかしてくれ」

「土柄の索敵を解いて、攻撃に当たらせるんだ。それで、水上をここの守備に就ける」

「んならいいけどよ、一人で守れんのかよ」

「水上ならな。周囲を要塞化しておいたから、四時間ぐらいはもつだろう。それに、本隊は山ノ井達の地点を攻めているはずだ。だから、そこは私が一人で守る」

「分かった」


矢継ぎ早の電信で分析と指示を飛ばす。

無茶は承知の上であるが、仕方がない。


「なに、敵が来たの」


緊張を察してか、霧峯がテントから飛び出してくる。

寝起きというのに、既に臨戦態勢だ。


「霧峯、急いで山ノ井と内田の下に向かってくれ。山ノ井が負傷した」


私の一言に、点頭てんとうするや否や霧峯が駈け出してゆく。

これで、一先ずは安心だ。

状況は判然としないが、内田が撤収を判断せず戦闘継続の意思を見せた以上、事態は逼迫ひっぱくしていようと撤退するほどの状況ではないということである。

しばらくはしのげるという彼女なりの意思表示である。

であれば、霧峯を応援に向かわせれば余裕ができる。

後は、次の一手を打たなければならない。


敵襲を防ぎながら、技石と罠を積み上げてゆく。

既に要塞化している防御拠点の周囲をさらに固くし、永久要塞に近づけていく。

ここまでしておけば、単純戦闘力に欠ける水上であっても、召喚獣を率いることで、十分に対抗できる。

そして、渡会への電信から半時間後、水上が到着した。


「にっちゃん、こいは」


積み上げた技令の要塞を見て、水上が絶句する。


「水上、後を頼んだ。四時間も守れれば十分だ。行って来る」


別の意味で呆然ぼうぜんとする水上を置き、山ノ井の下へと急ぐ。

敵が猛烈な打撃を加えている以上、反転を仕掛けるのであれば今が最良である。

である以上、急ぎ防御を固め、攻撃に転じなければならない。

そして、それができるのは私が山ノ井と合流してからである。

木漏れ日の合間を駆け抜け、合流に向けて動く敵兵を打ち砕く。

道中の険しさは言うまでもなく、それでも、ひるむことなく突き進んでゆく。

木々の合間を疾風はやてごとく、敵兵の合間を辻斬つじぎりのごとく、ただ只管ひたすらに前へと進み、雲霞うんかの敵軍へと突入する。




森との境目が失われた集団の中へ突入する。

いきり立つ集団は森の静寂を打ち砕き、ちっぽけな二人という集団はその咆哮ほうこうを打ち砕く。


「霧峯、内田、戦況を教えてくれ」

「博貴、担当地点の防御はよろしいのですか」

「水上に引き継いできた。それより、戦況だ」


内田は首をかしげるが、霧峯は何もじることなく戦う。

二人で築き上げた防衛線。そう易々と破られないことは百も承知なのである。


「水無香ちゃんと合流する前に、ぐるっと回ってみたんだけど、ざっと半分ぐらい来てるんじゃないかな。この前の港の時よりは少ないと思うんだけど」

「そうか。なら、二人は本陣に斬り込んでいってくれ」


私の一言に、彼女は凍り、少女はうなずく。


「博貴、それはあまりに無茶というものです。二人掛かりで抑えているものを、一人でしのぎきれるとお思いなのですか」

「ああ。陣形技令を全力で展開すれば、二時間ぐらいなら、進攻だけは抑えられる。むしろ、敵がほとんど空になって脆くなっている本陣を攻め落とせるのは、今しかない。攻めるべきだ」

「しかし、山ノ井さんの回復はどうされるおつもりですか」

「ああ、それもあったな。山ノ井はどこだ」

「山ノ井さんはテントに」


そう内田が切り出した瞬間、山ノ井がテントからい出してきた。

見れば、全身に傷を負い、体則もその九割が失われている。明らかに、限界の状態。

必要であるのは回復よりも蘇生であった。


「に、二条里、君、なぜ、持ち場、を」

「悪い、山ノ井。そんな状況だと指揮はれないと判断して、一時的に指揮権を委譲させた。今から、私がここを守って、二人に本陣を攻めてもらう」

「そん、な。ふ、ふたり、では、危険です。ぼ、僕も、って、でも」


山ノ井が腕に力をめる。しかし、立ち上がるのもままならないほどに、山ノ井は衰弱してしまっている。

よくよく見れば、技令もほとんど底をついてしまっているのだ。

意識があるだけでも、勲章ものである。


「山ノ井、勇猛と無謀とは違う。今、三拠点で殆どの敵兵を受けている以上、攻撃力の高い二人に攻めてもらうのが最良だ。私はしのぎきれる。で、山ノ井は休め」

「嫌です。僕が指揮官なんです。戦わないと、いけないんです」


必死に立ち上がろうとする山ノ井だが、やはりままならない。

顔が泥にまみれるのもいとわず、彼は何度も起き上がろうとする。

だが、無駄だ。だからこそ、私は、


「彼の者にいかずちいましめを、稲妻いなずまおり


電磁麻痺まひの技令により、彼の自由を奪うより他になかった。


「山ノ井、回復することも作戦の一つなんだ。だから、回復に専念してくれ」


月のしずくを天に掲げて起動する。

静かに黄土の光をたたえた技石は、間もなく、山ノ井を暖かな光で包み込んだ。


山ノ井の蘇生を見守りつつ、私は陣地構築を始める。

四つの技石を地面に設置し、二本の急造の杖を突き立てる。

それだけで、簡易の結界になる。後は、これに陣形の力をめるだけだ。


後ろで、くちびるみしめた山ノ井が、それでも、敵軍をにらむ。

戦うという意思表示なのだろう。

だが、それには早すぎる。

山ノ井に回復技令をかけながら、着々と防御の態勢を整える。


「よし、内田も霧峯も行ってくれ。これだけしておけば、十分だ。健闘を祈る」

「うん、行って来る」

「分かりました。博貴、後をお願いします」


うなずく二人の少女。

だが、内田だけは山ノ井に近づき、静かにひざまずいた。


「山ノ井さん、このような傷を負わせてしまい、申し訳ございませんでした。今、あだを討って参ります」


内田の一言に、山ノ井のほおには一筋の涙が伝う。

しかし、それもつかの間。

彼女は立ち上がると霧峯を引き連れ、敵陣の中へと飛び込んでいった。




それからが難事である。いかに消耗が少なく、簡易結界を布こうとも、相手は千五百の大軍なのである。

先の地点であれば防御陣地も万全であるため二日はもたせられるだろうが、ここではそうもいかない。

レデトール軍もそれを承知か、攻撃に向かった二人より私への攻撃を優先する。

種々の技令を以って光陣を攻撃し、城壁を崩しにかかる。

それに対し、私も防御光陣に技令を配りながら、すきを見ては単縦陣で敵軍を崩しにかかる。

唯一ゆいいつ幸いであったのは、この前の大波止会戦の敵よりも個々が弱く、こちらはレベルが上がっているため、実力が拮抗していることであった。

だからこそ、山ノ井の回復に気を配ることもでき、敵陣への攻撃も可能だったのである。


「二条里君は、強い、ですね」


だからこそ、山ノ井が自力で麻痺まひの束縛を解いた瞬間を、私は感じ取ることができた。

だが、自分の状態がみ込めたのか、無暗に動こうとはせず、ただ、回復に身を任せている。


「僕も、君のように強ければ、指揮官として、勝利を得ることができたのですが」

「そんなことはない。山ノ井だって、随一ずいいちの技令を持ってるんだ」

「そう、でしょうか。僕の技令では、この大軍に立ち向かえませんでした。でも、今の二条里君は対等に渡り合っています」


震える山ノ井の声。

とどろく敵軍の喊声かんせい

その合間で、私は彼の責任感の強さに感服する。


だが、違う。


「山ノ井、今回の戦いで一番の問題は山ノ井が弱かったことじゃない。山ノ井が冷静さを失って、配置を間違えたことだ。山ノ井は最初から、私と同じように防御陣地の構築に専念すればよかったんだ。そうした上で、向こうの猛攻撃が始まった時に、霧峯と内田の二人で本隊を攻撃させればよかった。自分がやらないと、という気持ちは分かるが、私も山ノ井も、斬り込むよりは大軍と対峙する方が合ってるんだ。それを自分で攻めないと、と思ったのが不味かったんだ。ただ、それだけさ」


立ち上がった山ノ井は、私の言葉を一つ一つみしめるようにうなずく。

大波止での会戦において彼は大軍を一人で支えながら、渡会に攻撃をさせていたのである。

あの時の能力があれば、十分に、今回の戦いもしのげたはずなのである。

それを、彼自身の中にある『何か』が阻害そがいした。

だからこそ、私はしいと思う。

少なくとも、ここで重傷を負い、悔しそうに涙を流すような力量ではないのである。


「二条里君は自分が見えてらっしゃるですね」

「そういう訳ではないんだが、苦手なことは極力、他の人に代わってもらっているだけさ」


山ノ井の杖が具現化する。

恐らく、回復も大分進んだのだろう。

元々、内田が施していたとみられる処置が非常に良かった。

だから、後は十分に回復の時間があれば大丈夫だったのである。


「二条里君、僕も、守ります」


両の足で立てるようになった山ノ井は、杖を掲げて攻撃の準備に移ろうとする。


「いや、山ノ井はもう少し回復してから、二人の応援に向かって欲しい」

「えっ、ですが、僕では攻撃が」

「山ノ井が行けば二人にかかろうとしている攻撃を受けることができる。恐らく、今、内田と霧峯は二人で一緒に戦っているはずだ。そこに、さらに戦力を集中させて一気に叩いた方がいい」


私の説明に、山ノ井が即座にうなく。

そして、二十分後に山ノ井は出発し、それからさらに半時間ほどして、敵軍の壊乱が始まった。


「二条里君、敵本隊を崩しました。追撃に入って下さい」


冷静さを取り戻した山ノ井の声に、私は安堵あんどすると同時に、慌てる敵軍への攻撃を開始するのであった。

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