第2話 魔王と女王
結論からして死に瀕した兄妹に、選択肢などなかった。
二人は戸惑いながらも、巻き角少女の提案に乗り異世界に行くことを決めた。
今は三人で異世界への道を進んでいる。
道を進んでいると言っても、巻き角少女の細い両腕にそれぞれ抱えられ、車いすはしっぽで掴まれて、謎の空間をふわふわと浮いているだけなのだが。
まるで筋肉のついていない細腕で、しかも片腕に一人ずつをどうして抱えられるのか。そもそも、どうやって浮いているのか。
そんな不思議に関して、兄妹はもう何も考えなくなっていた。
「うわあ……めちゃくちゃキレー!」
ちよが呟く。
謎の空間は星の道だった。360度に星のように瞬く煌めきが所狭しと散りばめられて、その中を泳いでいるかのような錯覚に陥る。
ちよはその光景に心を奪われ、瞳に星の輝きを映している。
そのキラキラとした瞳の輝きを見つけ、孝太郎は少し安心した。
――急転直下の出来事に、戸惑いや不安を覚えるどころか景色を楽しむ余裕さえあるのか。
――どうやら、ちよは自分よりもずっと、いつの間にやら、物事に順応することが得意になっていたようだ。
――それは悪いことじゃない。よな。
しかし反対に、孝太郎は大きな不安を抱えていた。
あまりにも、この巻き角少女が助けに来るタイミングが良すぎる。
そういった考えが彼の脳裏に浮かんで消えない。
もしかすると自分たちを轢きかけたあの車も、この少女が仕組んだのでは?
自分の理解が及ばない出来事の連続で、その混乱からか、孝太郎はこういった邪推を止めることができないでいた。
そんな悶々とした孝太郎をよそに、ちよの感嘆とした言葉を聞いた巻き角少女が答える。
「キレイだろー、星の道。まぁうちも見るの2回目だけどねー」
「……そうなのか?」
2回目という言葉に孝太郎が反応した。
「そうだよー。これは世界をまたぐ時に見られる光景らしい。君たちの世界に来る時、つまりさっき初めて見たなー」
「……そうか」
「ねぇねぇ、わたしたちの世界はどうだった?どう思った?」
ちよは瞳に星を宿したまま、巻き角少女の方を見ずに質問した。
「おー……来てすぐあのデカブツの上だったからなー。背が伸びたかと思ったねー」
そう言って巻き角少女はケタケタと笑う。
「ちゃんと景色見とくんだったな、二度と見れるかわかんねぇのに……」
「なるほどね……景色よりわたしたちに夢中になっちゃったんだ!」
「……ま、そういう事になんのかなー。そういう事にしとくかなー」
ちよと巻き角少女はとても和やかに会話している。
そんな様子を隣で感じながら、自分の想像が杞憂であってほしいと、孝太郎は祈るばかりであった。
「おっと、そろそろ抜けるぞー」
けだるげな声が星の道の終わりを告げた。
――いよいよか。
孝太郎は意識を切り替える深呼吸をする。
これから向かう世界はどんな所だろうかと、不安と期待に胸を膨らませた。
「そんじゃ二人とも、祈ってー」
「へっ?」
「祈る?なぜに?」
祈る、突然に出てきた言葉に二人はポカンとした顔を浮かべ、孝太郎は口をついて出た疑問を少女に投げかけた。
「……制御できないって言ったろー?うちらの世界には辿り着くけど、どこに着くかは分からないんだよねー」
「おい……それって」
「ここを抜けたら海の中やら山の中かもなー、下手すりゃ仲良く壁の中かもなー。……まぁその辺ならうちが何とかする」
アハハーと巻き角少女が乾いた笑みを浮かべた。
「てことで、さぁ無事を祈ってー」
「オイオイ、マジか!?」
「おにいちゃーん……」
さっきまでにこにこ笑顔だったちよは、今は半べそをかいている。
孝太郎はそんな妹の顔を見て――
ヤハウェでもオーディンでもゼウスでもブッダでも、とにかく神様助けて!!
――思いつく限りの神に祈った。
「星々よ、我らにどうか祝福を」
巻き角少女の小さく呟いた祈りが、二人の耳に届く。
その瞬間、スイッチを切り替えたかのようにパッと景色が変わった。星の煌めきから、雲一つない青空へと。
目一杯に果てしなく青が広がり、そこに日の光が射し込んでくる。孝太郎はその眩しさに目をそらした。
同時に地に引きつける重力を感じ、自分は今、背中を地面を向けて空を見上げているのだと気づく。
首から振り返って孝太郎が地上を見ると、そこには城壁に囲まれた都市と西洋風の城があり、そして広い港が見えた。
港には帆船がひしめいており、その中の一つが沖に向かって出港して行くのが見える。
潮の香りを漂わせながら、ギラギラ輝く水平線を望む巨大な湾岸城壁都市がそこにあった。
「おお…ここが…」
「すごーい!めっちゃ絶景じゃん!」
ちよが先程までとは打って変わって、喜色満面の笑みを見せた。
「よっしゃー!!!すげー大当たりだ!!」
そして巻き角少女は大声で叫び、今までにないハツラツとした声に、兄妹は驚き揃って彼女を見る。
「いや、ごめんごめん、うちもビックリしちゃって。……そこの城、君たちの預け先なんだよねー」
巻き角少女が体制を直し、ゆっくりと降下を始めると、眼下の都市が細部まで見えてきた。
背面に険しい山、前面に海を携えた都市には、山から流れる川が何本か走っていた。
山の頂上付近に城塞が築かれており、海側に近づくに従って民家、商家と集まっている。
そして城塞の側には比較的新しい豪奢な館が見えた。
そして海岸線に連なるように、大きな道路が城壁の外から左右に伸びている。
堅固な城壁都市だ。と孝太郎は考えた。
陸からは大軍の進行ルートが限定されている上、港にある帆船をよく見ればほとんどが軍船で、海側も相当な防衛力を持っていると推察できた。
……ん?
そして彼はいくつかの引っ掛かりを覚えたが、
「そろそろつくよー」
巻き角少女の声にそれを忘れてしまった。
巻き角少女が兄妹を抱えて降り立ったのは、城塞と館を結ぶ中庭だった。
中庭は色とりどりの花の完璧な配置で彩られ、その甘やかな匂いが空気を満たしている。
その様子に孝太郎は思わず呟く。
「すっごいな中庭……」
「すっごいね……なんて花なんだろ?おにいちゃんお花の種類とか分かる?」
「分からない。どれも似たようなもんだろ」
「……そんなだからモテないんだよ」
「……お前だって分からないだろ!?」
「……うちを挟んでケンカするのはやめてくれー」
兄妹ゲンカに呆れ顔で巻き角少女が突っ込み、事なきを得た。
中庭にはすでに何人か集まっていた。
巻き角少女が空から降りてくるのが、見えていたのだろう。
その中でも一際目を引く服装と容姿をした若い女が一人、ゆっくりと三人に近寄ってくる。
艷やかな金髪に透き通るような碧眼を持ち、しかし対照的に黒の地味なドレスを着た若い女。角や尻尾は生えていない。
彼女の服装を思えば、こちらの季節は秋なのだろう。
孝太郎はダウンを脱いでいた事を思い出し、それでいて丁度いい気温であると思った。
ちよを見れば孝太郎のダウンと自分の着ていたダウン、どちらも今は脱いで手に持っていた。
巻き角少女はしっぽで巻いていた車いすに器用に優しくちよを座らせると、孝太郎からも手を離し自由にさせる。
三人が確かに地に足をついたと確認すると、若い女は巻き角少女に向けてこう言った。
「お早いご到着ですね、魔王様」
「おーなんかめっちゃ運良くてさー……」
「いやまて」
「魔王様!」
ちよはワクワクと目を輝かせた。
まて、と言われた魔王は若い女の元へ歩きながら答える。
「お?どしたー?」
「その……魔王ってのはどういうことだ?」
孝太郎は素早くちよのすぐ側まで動き、守るように前に立った。
額に少し冷や汗をかきながら魔王を警戒する。
――思い描いた悪い想像が現実になったか。
しかし対して魔王は、けだるげな声のまま、のんびりと話し始める。
「あーそっかそういや名乗ってなかったねー。……二人の名前、聞いてねーわ」
「それはさすがに失礼すぎですよ魔王様……」
若い女が魔王をたしなめた。
ごめんごめん焦っててーと若い女に謝ると、魔王が自己紹介を始める。
「名乗りが遅くなってごめんなー。うちの名前はウー、魔人の王やってる。そんでこちらが――」
「イングリット・マルガリータと申します。この国、ルクスの女王です。このような服装での出迎えとなってしまい申し訳ありません」
イングリットと名乗った女は兄妹に丁寧に頭を下げた。
「わたしはち――ムグッ」
「っまて、妹よ!」
楽しそうに自己紹介を始めたちよの口を、孝太郎が手で塞ぐ。
――名を知られるのは危険だ!多分。
「……あれー?うち、なんか警戒されるようなことしたっけー?」
「……いろいろタイミングが良すぎんだよ。正直俺はお前が信用できない、最初から仕組まれてたんじゃないかって考えちまってな」
「あー……なるほどねー。そりゃそう思うか。うちもタイミング良すぎてビックリしたもんねー。上手く行き過ぎてるって不安に思うのは分かる」
「ムググッ!!」
孝太郎に口を塞がれたちよが激しく抵抗している。
「そうだろう。その上で、魔王と来た。……っちょっと落ち着けお兄ちゃん今、大事な話してるから!」
ちよは激しく暴れている。
――こんな元気なちよは久しぶりだ……。
嬉しくも困りながら、孝太郎は必死になだめた。
――ちよはこっちに来てから、一段と元気だな。
「……んあー?」
一方、魔王、ウーは口をあんぐりと開けポカンとしていた。
その隣でイングリットは得心したように頷き「……そういうことですか」と呟いた。
「え?どうゆうこと??うちわかってないんだけど」
「ほら、前に聞いたじゃないですか……」
イングリットがウーに耳打ちする。
ウーは「あーそれかぁ、忘れてたー」と言ってケタケタ笑った。
「うち、悪い魔王じゃないよー。世界の破滅とか、支配とかも興味ないし、ただ魔人の王で魔王なだけ。……そして悪い魔人は存在しない。安心してねー」
「口ではなんとでもっ――イテッ!」
「っこらぁ!!」
ちよはついに兄の頭を叩いて、その勢いで手を振りほどいた。
一目で分かるほど、カンカンに怒っていた。
「助けてくれた人を思い込みで疑わないの!」
「……いやでもな」
「でもじゃない!ほら挨拶されたら挨拶するの!するったらするの!」
「……けどな?」
「おにいちゃんのこと嫌いになるよ!?」
「中山孝太郎だ、よろしく頼む」
「妹のちよです。まったくもぅ……」
孝太郎はすんなりと名前を明かした。
ちよはまだ頬を膨らませて怒っている。
イングリットはそれを見て碧眼を細め、クスクスと笑っていた。
そしてウーはそんな兄妹の様子に満足げに頷く。
「うんうん、孝太郎にちよかー……まとまってくれたようで何より。そんじゃそんなに時間もないんで、早速だけど色々と説明を――」
ウウウゥゥーーー……ウウウゥゥーーー……
サイレンが突然に、静かな中庭にけたたましく叫びを上げた。
「……おや?」
「これは……アンナ、市内の警備を固めて、それから――」
ウーが不愉快そうに眉根を寄せた。
同時にイングリットが、いつまにか側に控えていた甲冑の騎士に素早く指示を飛ばす。
「なんだ!?どうした!?」
「ひっ!?なになにどしたの?」
孝太郎は慌てながらもちよを守るように動く。
ちよはそんな兄の服の裾を掴んだ。
「代表ぉー!!スミマセン!!」
中庭に誰かが叫びながら入ってきた。
大きめのキャップを頭に被り、尻尾を生やした女だった。
さらにその後ろから、小人のような背丈の少女が、背にマスケット銃のようなものを背負って中庭に入ってくる。
「ナジャ、どうしたー?」
キャップを被った女に向けて、ウーが問いかけた。
「留守を任されていたガーデン閣下より入電!防衛線から一体抜け出して、こちらにやってくるようです!」
「さきほどのサイレンは、ルクスの結界に奴が引っかかった音です。それにより、奴は西北からこちらに向かっていることが分かりました」
小人のような背丈の少女が、ナジャと呼ばれた女の後に続けてウーに情報を伝えた。
「……ふーん。そりゃ怖いくらいにちょうどいいねぇー」
ウーは不機嫌な顔から、にやにやとした笑顔になる。
「君たちの才能を測るにも、世界の敵を説明するにも。……いやー上手く行き過ぎてるって怖いなぁー、いやほんと。そんじゃあ」
ウーはパジャマのポケットから、飴のようなものを取り出して口に入れると、戸惑う兄妹に向けて告げる。
「邪神討伐、いこうか」
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