第30話 正気の狂気
雲海は、悲鳴を上げてその身を裂かれた。
ギシギシと黒鉄が軋む音がそうさせた。
裂かれたその隙間から、星光が飛び込んでルクスを星明りに照らす。
そしてルクスに住む誰もが、その巨大な砲を見た。
「世界を……ふざけんな!」
「ふざけてないわよ。……私はまだ考えあぐねてるの、その手段を」
いたって真剣な顔でユーはウーに語り掛ける。
「さっき私は人間は嫌いって言ったじゃない?あれ、ちょっとウソ。好きな人間もいるわ――」
「――覚悟、目的、そんな強い芯を持った人間、持とうとしている人間。未来に希望を持っている人間。とても美しくて、感動しちゃう」
ユーはうっとりとした顔で自らの頬を撫でた。
「――それでね、それらが崩れて希望が絶望に変わる顔がとっても好き」
その言葉を聞いてウーは失笑する。
「ふっ、じゃあ結局救わないんじゃねーか」
「まだ続きがあるわ、――わたしは更にそこから這い上がれる人間が、一番好きなの」
ユーはそして回り出した。
黒鉄が雲海を裂き、星光が満ちた中庭で、舞い踊り始めた。
「今までの自分の覚悟、目的、それらが全部無駄になって、どうしようもない絶望の中で、……でもそれらを受け容れて、前を向ける人間」
「……」
ユーは舞をやめ、再びウーに囁き始める。
「――だから、私はあの兄妹が好きよ。あの兄妹が何度でも立ち上がるところを見てみたい」
それは裏を返せば、何度も絶望している所を見てみたいということ。
ウーは必死にユーを睨みつけた。
「……善意と悪意を混同させて、何がしたい!?」
「人生を楽しみたい」
ユーはまたも即答で返した。
その合ってるようで合っていない返しにウーは混乱する。
「魔人の枷をはめられていた時は、窮屈だったわ。世界のために邪神を倒せって、それはいいけど、なんで好きでもない人まで守らなきゃいけないの?――」
「――そこの姫様と一緒よ。今の私は私の目的を、幸福を優先することができるから、そうしてる。そして彼女と違って後悔はないわ」
ささやきから、徐々に歌う様に高らかに、楽し気にユーは語り続ける。
「私は世界を救いたい。私の世界を救いたい。私の好きな人だけ救いたい。目に見えている範囲で救いたい。――だから、好きな兄妹に、私の友達に力を与えたわ。ふふっ、ねぇ――」
「――私も、姉さんも、人間が大好き。そして大嫌い。歪んでいても愛していることに変わりはないわ。そして、魔人、人間、どちらの為にも世界を救いたい。標的は邪神、“羽をもつ肉”これも変わりないわ――」
ウーは世界のその大枠を、ユーは自分の見える自分の守りたい世界を。
マクロとミクロ。
扱うものは一緒でも、質の違う二つの正義。
「――お互いに犠牲をいとわないところも変わらない――」
「――でも、支え合えそうにはないわね」
「……そうだな」
ウーがユーの言葉に短く応えた。
巨大な黒鉄が雲海を裂き切り、その発射体制を整えた。
砲身奥深くから急激な魔力の高まりを、圧力を感じて、ウーとユーはこの話の決着が近いことを悟る。
「……ユー、おまえはあの黒い血塊球をつくるために、17年間、人を殺し続けただろ」
「ちょっと違うわ。あれは向こう大陸で死んだ魔人たちの血も入ってる」
ユーはまた、あっさりと答えた。
聞けば隠すことなく教えてくれるその性質は、やはり魔人のそれだった。
「あの日、あの場所で死んだ仲間たちの血をすすったの。無駄にしたくなかったから。――あとはそうね、こっちに来てからは“星落とし”で死んだ人間たちの死体を頂いたり、気に入らない人間を殺したり。一番多かったのはルクス以外で死んだ人間の死体ね。……ほんと戦争ばかりで死体には困らなかったわ」
「……ユー」
ウーは憐みの目でユーを見た。
「なにその目?やめてくれる?言ったでしょ。世界を救いたいって、中途半端は嫌いなの。やりきらなきゃ。――その男を殺したのは私から姉さんへのプレゼントよ」
そう言ってユーは、首が胴体から離れたヴィルヘルムを指さした。
「戦争、起こしたがってたでしょ?ふふっ、これでルクスとアーリアで戦争が起こるわよ。……あの子は本当に誰も殺さずに、誰も死なずにこの戦争に勝利できるかしら?てっああ!?もう無理じゃない??」
「……」
そのわざとらしい演技に、ウーは何も言わなかった。
ヴィルヘルムが死んだことで、ちよのあの啖呵が叶うことはなくなったのは明白だった。
しかしウーは、ちよがこれで挫けるような人間でないと信じた。
「――楽しみだわ。この世界の誰もを、本当に全員を救おうとしている彼女が、その幻想が、夢物語が、崩れ落ちたと知った時の表情。……怒るのかしら、泣くのかしら、それとも……」
爆発音が響き、砲身から圧縮された魔力が解き放たれた。
それはうねる雲海を散らして、まっすぐに西へすすむ。
そして地面がひねられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます