第29話 雲海を裂く

――ナジャの工房内――


「うおおおおおおお!!おおお!?」

「あわわわわ!?」

「うおおおおおお!ついにこの決戦兵器を使う時が来ましたかぁ!!」


 孝太郎とちよが地震の響きに叫び、ナジャは自身の興奮に叫んだ。


「なんだこれ!?マジで工房が持ち上がってんのか!?」

「はいっ!!これは、このルクスはルクスマウンテンの海抜標高を砲身の長さとした、超長巨砲ですっ!!その名もロマン砲!着工時には旋回砲塔か固定砲台かで意見が分かれ、それならばもうどっちも採用しようとなり!なんと!旋回できる固定砲台となりました!!」


 鼻息荒くナジャが説明を終えた。


「……すまん、それ意味わからん。結局、旋回砲塔なんじゃねーか?」

「ち・が・い・ま・す!!旋回できる固定砲台です!!――いやー五年ほどで完成したは良いんですが、その威力、射程から求められる魔力量、操作量、ともに極悪でして!その血塊球とあなた方がいなければ、間違いなく運用不可のロマンの塊!」

「……欠陥品じゃねーか」

「ロマンです。間違っても欠陥などと二度と言わないように」


 鋭い目つきで否定され、孝太郎は言葉を失った。


「……。……ちよ、工房は平気だったな」

「うん!なんかね、見慣れちゃったのかも」

「……ブリタンでの治療経験が活きたんですね。よかった」


 ナジャの工房にちよを連れていくとき、ナジャは一抹の不安を抱いたが、ちよは血のプールを見ても一切動じなかった。

 ちよはブリタンで何十人もの魔人を治療している間に、血とスプラッターには耐性がついてしまったようだ。


「うん、そうだな……。それにしても――」


 孝太郎は、工房内の空中に映し出されている巨大なモニターを見る。

 そのモニターには、波打つように迫る邪神に、戦艦から雨のように砲弾を浴びせる魔人たちの姿があった。


「本当に、みんな必死に最後まで抵抗してんだな。……魔人を疑って悪かったよ」

「それは代表に言ってあげてください」

「うんうん!……でもこれさ、ルクスの西の方なんだよね?東はいいの?この大陸の反対側にも邪神は来るでしょ?」


 ちよがブリタンにいた頃からの疑問を口にする。

 魔人たちはまれに、ウーのことを総代表と呼び、会話の中には東方方面代表という謎の人物が出てきた。

 ちよはそこから、ルクスとブリタンは大陸の西の端の方にあるのだと思いついていた。


「この邪神のうねりが来ているのはこっち方面だけです!この大陸の西が、一番向こうの大陸に近いんですよ。邪神は近い方からローラーのように大陸全土を呑み込むつもりなのでしょう。……むしろ東方方面は全然邪神が来なくて、何十年も暇してたはずです」

「……そうなんだ」

「――さぁさぁ、あと15分もすれば完全に砲身は天に突き上がり、この黒鉄の超長巨砲のすべてが姿を現しますよ!!そしたらすぐに発射体制に入ります!お二人ともご準備を!」


******


「っ!!ハァ!ハァ!」


 体中の血液を失い、心臓が早鐘を打つ。立ち上がろうとすれば、強いくらみが脳の機能を落とそうと妨害してくる。

 ウーは体にかすり傷一つ付いていないものの、その魔力は限界に達していた。


「んー、やっぱこの状況は私に有利すぎるわよね」


 膝と両手を地に付け、立ち上がれないウーのすぐ正面に、ユーがのんびりと立っていた。


「っ!!オラァッ!」


 隙を見せたユーに、ウーは最後の力を振り絞り“不可視の手インビジブルハンド”でその首を掴もうとする。


「はい。バレバレ」


 しかしそれはユーの“不可視の手”に掴み取られ、握りつぶされた。

 ユーは握り潰したウーの“不可視の手”の感触を確かめるように、胸の前で手を握る。


「っく、そっ!」

「……もう無いみたいね。――ねぇ、あの子に希望を与えてしまったことに、後悔はないの?」


 そしてユーはウーに詰問を開始する。

 耳元に囁くように問いかけられ、ウーは一瞬の戸惑いをみせた。


「――っ?」

「ねぇ、あの子は、足の不自由なあの子は、そんな自分を受け容れて前に進み始めていたのに、姉さんのせいで、実現の遠い可能性に希望を抱いてしまった」

「それのっ!なにが悪い!?」

「……ほんとに分からないの?あの子は受容することをやめたのよ。今の自分を受け容れて、きっとあの兄妹は邪神を倒すという目的を持たなくても、お互いに支え合い、幸せに暮らしていくことができたはずよ。この世界で」


 ちよは甘えるばかりの自分が嫌で、孝太郎は甘えられず気を張りすぎて、考えすぎて壊れかけた。

 お互いに求めていたのは、だった。

 もしウーが、足を治せると言わず、工房を見せ、二人に協力を断られていたとしたら。

 それでも、さっきのように、ちよも孝太郎も、思いのすれ違いの果てに、お互いに支え合う関係にたどり着くことができたのではないか。

 それは早いか遅いかの時間の問題で、きっとあの兄妹ならそこまでたどり着けたのではないだろうか。

 しかし、足を治せると知ってしまったからこそ、二人が目指すゴールは遠くなってしまったのではないか。

 二人が目指す支え合いの形は、その最終形は、遠くなったのではないか。


「――でも姉さんのせいで、どうかしら、あの兄妹の本当の幸せは、目指すゴールははるか遠くに行ってしまったんじゃないかしら?ねぇ、こうは思わない?――」

「――姉さんので、兄妹の幸せは遠のいたのよ」

「そん…な……ことは……」


 ウーは、足が治ることを言わなかった場合の兄妹を想像して、そして、


「……」


 それを認めた。


「……ふふっ。――このお姫様はどうしても受容ができなかったみたいだけど、一度ヤケを起こしてすっきりしたら、自分の立場やルクスの人々のことを思い出して後悔し始めちゃった。ヴィルヘルムを許したわけじゃないのは合格点ね」

「――ユー、おまえは、何がしたいんだ……?」

「……私、世界を救いたいのよ」


 巨大な砲が天を突き、うねる雲海に穴を空けた。

 地と天をつなぐ一本の巨大な柱が、雲海を裂いて、今、傾く。

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