第28話 救済の手法
孝太郎とちよ、そしてナジャがどたどたと城塞の中へ消える。
そして中庭にはウーとユー、イングリットとヴィルヘルムだけが残った。
うねる雲海はうねりを増して、そしてゴロゴロと腹を鳴らした。
「……うちの質問に答えてもらうぞ、ユー」
「ふふっ。あーその前に」
ユーはヴィルヘルムの横まで瞬間移動し、その首をその手で掻き切った。
「えっ……?」
まだこれほどあったのかと思うような激しい血しぶきが、イングリットの頬にまで掛かる。
「だめよ、最後までやらなきゃ。一度始めたならね。これで戦争が起きるわ」
「そっ、そんぁ!……」
そしてイングリットに当て身をし、気絶させると、ゆっくりとヴィルヘルムのとなりに安置した。
「っ……う、くそっ」
そしてその間、ウーは一歩も動けなかった。
その手には今まさに噛み砕かんとした血塊球があった。
「ブリタンからここに来るまでに、血の補充もなしで全力出しちゃうからそんなことになるのよ。目元のクマすごいし、寝れてる?」
「うるせー!……関係ないだろ!」
「心配よ?それにそのパジャマ……まだ着てるのね。お揃いだったものね」
ウーのお気に入りの羊柄のパジャマは、ユーとお揃いだった大好きなパジャマ。
「私のこと、忘れないでいてくれたのね……。私も姉さんのこと、ずっと忘れてなかったわよ」
「――くっ、今まで何してたんだよ!?どうしちゃったんだよ!?――何がしたいんだよ!?」
――17年、死んだと思ってた妹との再会が、こんな形になるなんて。
「はいはい。――わたしね、一度ちゃんと死んだのよ」
「――わたしは一度死んで、“星落とし”になったの」
「は?……そんなの聞いたことないぞ」
「私が初めてなんじゃない?……あの侵攻拠点の防衛戦で、完膚なきまで叩きのめされて、目の前が真っ暗になったの。そして次起きたらもうすごいわよ、星が堕ちてすぐって、すごく眩しいのね。自分から出る光で目を閉じても眩しかったわ――」
「――きっと死んだ私の体に、堕ちた星が直撃したのね」
17年前、イングリットが生まれたその年に、世界では二つの大事件があった。
一つは“星落とし”の大出現、もう一つは白の魔王の死と最後の侵攻拠点の陥落。
人間が知るのは前者のみだが、魔人はそのどちらも大きくその歴史に刻んでいる。
「一度死んで、イサミの場所も分からなくなって、きっと魔人としての契約がすべて剥がれたのね。……けどね、別に私自身が変わったわけじゃないのよ」
「……うちの知ってるユーはこんなことしない」
「それは姉さんが本当の私を知らなかったからよ」
ウーの言葉を即否定し、ユーはニッコリと笑う。
「私はこの世界の人間が嫌いよ。姉さんも不満に思ってるでしょ?こっちは真面目に邪神と戦ってるのに、人間たちは仲違いして。しかも1000年前から血を頂いてるのに、突然、血を吸う化け物だなんて言い始めた愚かな種族」
「……」
正直、ウーはそう思わないではなかった。
以前、孝太郎にも電話で愚痴ってしまったことを思い出した。
――元々、防衛は人間が……。うちらは攻め手だった。けど全然勝てなくて、いつの間にか攻めと守が同じになってた。
――攻めているようで守ってて、勝てない負い目もあって、いつしかこんな風に攻めを忘れて、防衛ばかりに……。
「かつての契約を忘れて、そのくせ“星落とし”の対処まで魔人に頼るようになって、そんな時だけ血を渡してくる。勝手すぎない?ワガママすぎない?」
「――でも、ルクスの人は、そうじゃないだろ?」
ウーはどうにか反論の糸口を見つけたように思えた。
「ここの人間は魔人に頼りすぎじゃない?ねぇいつから?いつからルクスは邪神からの防衛を魔人に頼るようになったの?私たちが彼らに与えるのは、死ぬその時までの健康だけだったはずよ?……私たちの祖先は協力してくれる人間が無くなることを恐れて、契約を上書きしたのよ。自分たちの首を絞める最悪のやつをね」
いつ頃なのだろうか、ウーとユーが生まれる遥か昔に、魔人は今と同じように足りない血を確保するために、人間が乗ってきそうな契約を上乗せした。
「結果これじゃない。結局、人間ってのはどこまで与えても満足しないのよ。そうして忘れて、また私たちから離れていく――」
「――それなら、もう人間なんて全員殺して、その血を集めて邪神を倒した方が良くない?」
「ガリッ」と何かを噛み砕く音がした。
――ヴェルメ――
こぶし大ほどの小さな熱球が何十と、ウーの左右に広げた両腕と頭上をアーチするように広がった。
「やっぱお前はユーじゃない!!ユーがそんなこと!言うもんか!星が堕ちたんだ、やっぱりお前は“星落とし”だ!邪神だ!!もう、もうユーじゃない!!」
――“星落とし”とは本来、神である星が堕ちること。そして、それによって生まれた異形の物は、古く邪神と呼ばれる。――
「私と姉さんはUと Ü、表裏一体、白と黒、似て非なる双子の姉妹じゃない。……私と似た考えをしてると思うんだけどなぁ――」
――ヴェルメ――
そしてユーの頭上に、人間大の熱球が三つ現れた。
「――支配と蹂躙、どちらも世界を救済できるわよ?」
「――そこに人間もいなきゃ意味ねぇだろーが!!」
「あくまで人間の味方なのね。悲しいわ。……姉さんも魔人のくびきを脱してみれば、私と同じことを思ってくれるはずよ」
「うるせー!……たとえお前が、正気だとしても!その気なら、やってやる!」
ズンッと重苦しい振動がルクス全体を揺らした。
石造りのルクス城塞が縦に割れ、中から巨大な鉄の砲身が姿を現した。
その長大な砲身はルクス城塞のある山の奥深くから、轟轟と呻き声をあげながら徐々にせり上がり、いまだ上がりきる気配がない。
その地響きの爆音の中、負けないくらいの大声でウーはユーに宣言する。
「――邪神討伐だ!!」
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