邪神討伐

第27話 一択

 まばらに散っていた雲はお互いに身を寄せ合って、暗く落ちてくるかのような雲海になった。

 空に、うねりが見える。


「ユー!!」


 ウーの声がうねりの下、星光の無い暗闇の中で木霊する。

 その魔力の質と容姿から、彼女は瞬時に、ユーが本物のユーであると理解できた。


「はーい、お久しぶりね、姉さん。――とっ、暗いわね」


 ――ヴェルメ――

 ユーの呪文に呼応して巨大な熱球が、中庭の直上に現れた。

 それは暗闇を消し去って、煌々と光る小さな太陽。


「ぐっ!」

「おにいちゃん!?」


 孝太郎は自身の中から、魔力が吸い上げられていくのを感じて呻いた。


「――あらごめんなさい。ちょっと絞るわね」


 熱球は瞬時にその身をバレーボールほどまで縮めた。


「無意識に使ってしまう魔法って不便よねぇ……おかげで私の誘惑魔法にもかからなかったわけだけど……。あなたの場合みんなを守ろうとするものね」

「――ユー!お前!なんで生きてんだ!?生きてたならなんですぐに帰ってこなかったんだよ!?」


 ウーは嬉しいのか悲しいのか、よく分からない歪んだ泣き顔でユーを問い詰めた。


「アハハッ。なんか、やっぱりうれしいものね。まぁその話は後にしましょうよ」

「――何が可笑しいんだよ!?お前!足が治るなんて嘘ついて、孝太郎を混乱させやがって!」

「――嘘じゃないわよ?……ほら、これ見える?」


 ユーはポケットから黒い塊を取り出した。


「うっ!?」

「おえっくさっ!」

「な、なんですかこの血生臭さ」


 孝太郎は強烈に鼻腔を突き刺す鉄の臭いに鼻をつまみ、ちよも鼻をつまんで舌を出した。

 イングリットも鼻をつまみ、口で呼吸を始める。

 その中で唯一、ウーだけが鼻をつまむことをせず、目を見開いて黒い塊を見た。


「そ、その血塊球けっかいきゅうは!?」

「ふふっ、そう、姉さんなら見ただけでわかるわよね。がここにあります!」


 ユーは自信に満ちた顔で、高らかとその黒い塊、血塊球を頭上に掲げた。


「そんな……どうやって?」

「それもあとあと!今そんな場合じゃなくないかしら?……さぁ、異世界から来たお二人さん。大変よ、実は今この世界はほんとに滅亡しそうなの」


 そう言って、ユーは二人の近くまで風のように近寄った。


「――是非とも我々の世界を救ってくださいませんか?」


 そして、声を凛と張り上げてそう言った。




「はっ?」

「えっ?」


 孝太郎とちよは思いもよらないセリフに目をむいた。

 そんな二人のことなどまるで気にせずに、ユーは自分のペースで話を続ける。


「ふふっ。言ってみたかったのよこれ。――さて、ちよちゃんの方は分かってるんじゃないかしら?水平線を黒く染め上げるような“羽をもつ肉”の無数の分身が、今まさにこの大陸を呑み込もうと迫ってきているわ」

「――そして、残念、魔人はもう諦めムードよ。姉さんも世界の最後にあなたたちを会わせておきたくて、血の魔法を使ってここに飛んできたの」


 その言葉に孝太郎とちよはウーを見た。イングリットもウーを見た。

 三人ともユーの虚言だと信じていた。


「……ごめん。そうだ。あれは、勝てない。今ブリタンに向けて、前線に出ていないこの大陸中の魔人が急行してる。それで、最後まで抵抗する。全部、ユーの言う通りだ」

「はい!ほらほら私のことも信用してよー?……さて、あなたたちには選択肢があります!」


 なぜかとても楽しそうに、ユーは笑いながら話し続ける。


「――一つ、足を治して、逃げて暮らすか――」

「――一つ、この球をつかって、迫る分身を殲滅するか――」


 そして両手の中の血塊球を二人の目の前に差し出す。

 それは、すでに結論の出た選択肢だった。

 実質一択だった。


「さて、あなたたちはどっちを……」

「「!」でしょ!」


 そして兄妹は力強く、手を重ねてその血塊球を受け取った。


「……ふふっ、アハハッ!!最高よ!――




「よし!いまから前線に行って邪神をぶっ潰すぞ!!」

「うん!」

「ま、まってください……、そのまえに、ヴィルヘルムを……」


 勢いよく宣言した二人にイングリットが声を掛けた。

 死にかけのヴィルヘルムは、もう気絶していて動かない。イングリットはすでに彼の上から降り、彼の出血した腕をちぎった衣服で縛っていた。


「――それわたしがやるわ。お二人さんは城塞に急いで」

「なんで城塞に?お前かウーに飛んで行ってもらえれば……」

「そ、そうか!……たしかにあれとその血塊球があれば、あいつらを一掃できるかも」


 ウーが何かに気付きポンと手を打った。


「みなさん!!こんなところで何してるんですか!?海岸線におびただしい数の邪神の群れが――代表!?白の代表も!?」


 そして同時に城塞から、ナジャが滑り込むように飛び込んできた。


「ナジャ、説明は後だ!……ルクスのロマン砲の準備をしてくれ!魔力なら孝太郎とちよが持ってる!!あいつらを殲滅してこい!!――うちはユーと話がある」


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