第31話 一時の勝利

「ひぃぃぃ!」

「お、おにいちゃん!?」

「いやー傾いてますね」


 西を指すために天を差し切った砲身が傾く。そして三人はその先頭部分にある工房にいた。

 砲身の傾きに合わせて工房も傾き、三人はその壁が床になるような動きに翻弄されていた。

 そうしてのち、ギシギシとした音が止み、ロマン砲はその傾きを目標に合わせた。


「いよっし!完璧に動きますね。さあさあ、ちよさん孝太郎さん!やりますよ!――先ほど話した手はず通りに!」

「うん!」

「やべぇ……普通に気持ち悪い」


 孝太郎はロマン砲のその動きに、単純に気持ちが悪くなった。

 しかしそう言いつつも、しっかり配置につく。

 孝太郎とちよはロマン砲の冷却装置に手をかざし、ナジャは発射制御装置へと手をかざした。


「はい!ではおさらいです!このロマン砲は指向性をもった純粋な連続熱球発射装置です!」

「……つまりレーザー砲だろ?」

「そちらの言葉ではそうとも言います!私は照準と発射を担当します!そしてお二人は……」

「――この装置の欠陥である砲身の対熱球耐性の低さを、俺の抵抗魔法とちよの強化で補い合う、だろ?……そんで俺はこの砲身の先についた工房に、余波が来ないように防御魔法も行使する。……欠陥だらけだな」

「ふぅ……何度も言わせないでください!欠陥ではありません!仕様です!」


 ――頑なに認めねーな。


「とにかく、役割を理解していただいているようで良かったです!ではさっそく」


 そう言ってナジャは黒い血塊球を、車のエンジンのような形をしている、ロマン砲の心臓部に置いた。

 ドッドッドッドッ……と鼓動が走り、三人の手元にあるそれぞれの装置に紋様が走った。


「いきます!」


 ナジャがエネルギーを充填していく。急速に高まる魔力が連なる熱球を生成し、ロマン砲の深部が急熱を帯びる。


「うっし!」

「んっ!」


 その熱の高まる深部を包む黒鉄を、守るように孝太郎とちよが魔法を使う。その魔力は黒い血塊球から来ている。

 二人、助け合い、支え合うように魔法が行使され、その黒鉄を保護した。

 ――ロス!――

 ナジャが叫び、そして魔力が爆発した。


「くぅ!?」


 孝太郎が呻く。脳裏が灼けるような痛みを覚えた。


「おにいちゃん!」


 噴火のように勢いよく、際限なく押し寄せる熱球の爆発から、黒鉄の砲身を守るために、三人のいる工房を守るために、兄妹は手を重ねた。

 モニターを見れば、すでに熱球は邪神のうねりまで届き、その凶悪な体を片っ端から溶かし始めていた。


「……よし!このまま焼き払ってやれ!」

「言われなくてもそのつもりですよ!!――回します!!」


 ナジャが叫び、そしてルクスが回った。

 

******


「なにあれ……」


 真夜中の地響きに目を覚ましたミカは、今は窓からその景色を見上げていた。

 雲海を裂き、星光を受けた黒鉄の巨砲は、彼女の前でその砲身から赤い熱射を放っている。

 そして、そんな彼女の見る中で、それは再び地響きを携えて、回転し始めた。


「……!?えっ?ちょっとぉ!?」


 それは異様な光景だった。

 山が回っていた。

 いつも見えている城館は見せる姿を横にした。

 そして彼女の目の前で、彼女が毎日見た川の流れが、その流れを絶やさぬように、山の動きに合わせて生きているかのようにしなる。

 ルクス全体が、ひねられ、しなる。


「……これ、夢かしら」

 

******


 リーナは天地がひっくり返るかのような振動の中を、燭台を持ちながら、みんなを探して走っていた。


「イングリット様ー!アンナー!孝太郎ー!……アンスガーさーん!」

「なんでわしだけ間を置いたんじゃ?」

「うわっ!?」


 物陰からアンスガーがぬらりと現れた。


「――そうやって突然出てくるからですよ!!っもう!」

「別にわざとじゃないんじゃが……」


 そしてアンスガーは眠そうに目をこすり、あくびをした。


「年寄りをこんな時間に起こすとは、なかなかの強者じゃぞ」


 アンスガーは一度寝たら朝日が昇るまで起きないことで有名だった。


「年寄りでひとくくりにしないでください。……ほんとみんな、どこ……?」


 リーナはベッドから跳ね起きてから今まで、宿舎内から城館内を走り回って人を探しまわったが、誰も見つけられなかった。


「――リーナ!!アンスガー殿も!」

「あっ、アンナァ!」


 そして逆にアンナに見つけられてしまった。


「二人とも見つからなくてみんな心配してたんだぞ!?」

「私だってみんなを探してたよ!?」


 アンナに強い剣幕で言い寄られ、しかしリーナは即言い返した。


「馬鹿!館内に響いた特務サイレン二式が聞こえなかったのか!?ロマン砲が城塞を割いてからもう何十分も経つぞ!?」

「……なにそれ?とくむ?」

「なにぃ!?特務サイレン二式じゃとぉう!?」


 アンスガーはその言葉を聞くや否や、中庭に向けて駆け出した。

 しかし駆け出す直前に肩を捕まれ両足は空を切った。


「いけません!アンスガー殿!外は危険です!」

「離せぇ!!ロマン砲じゃ!ここで見れんと次はないんじゃあああ!!」

「くっ強い!!リーナ手伝え!二人で避難所まで連れていくぞ!!」


 言われ、リーナもすかさずアンスガーを捕らえ、避難所まで引きずっていくのであった。


「くっ強い!!……そう言えばイングリット様もそこに?」

「いや、イングリット様は城塞に行くと言って、まだ城館にはいらっしゃらない。……城塞の方、事の渦中で頑張っていらっしゃるのだろう」


******


「ガーデン閣下ぁぁ!!もう無理ですよ!――なんですかこの数!?あり得ないでしょ!?」

「そんなことは分かっている。落ち着け少尉」


 最前線にて奮闘を続けるガーデン艦隊は、当初のかく乱作戦を早期に切り上げ、じわりじわりと後退しながら黒いうねりに砲弾を撃ち込む牛歩作戦を実行した。

 かく乱作戦における囮は、黒いうねりにはなんの意味もなさず、むしろいたずらに艦艇を減らしていくだけだったからだ。

 確実にこちらの砲弾は、邪神一体一体を打ち落としているものの、その全体である黒いうねりに一切の動揺はなく、また一切の躊躇もなかった。

 ――当然か。あれは意思のない奴の分身なのだから。

 ガーデンはポケットから白いキャンディーを取り出して口に放り込んだ。


「閣下?それなんです?血塊球には見えませんが?」


 さっきまで喚き散らしていた少尉が、そのキャンディーに興味津々な目を見せた。


「これは、ただのキャンディーだよ。……好きなんだ――」

「へぇー意外ですね。閣下は魔人としての意識高く、そのような俗なものは嗜まないものとばかりに……あっ!?ごめんなさい、すみません、わざとじゃないんです!」


 ガーデンが好んでいるものを俗なものと言ってしまったことに気付き、少尉はその身を縮こまらせた。


「ふっ。構わんさ。それにこれは私が好きなものじゃない。人の話は最後まで聞くものだ少尉。――これは私の弟子が好きなんだ。次会うことがあればその時に渡そうと思って、ずっと持っていたんだが、残念ながら叶いそうにないからな」

「閣下……。――!?」


 ガーデンの話を聞き、しんみりしたのも束の間。

 海上の暗闇を裂いて、赤い熱射が黒いうねりを溶かした。


「!?……なんだあれは!?」


 海を飛び越えて敵に向かう赤い熱射は、その射線上にいるガーデン艦隊にも当然その余波を伝える。

 孝太郎は黒鉄の砲身と工房周囲しか守っていない。


『総鑑!!抵抗魔法を使えっ!!何だか味方のようだ!がっ!あれはっ我々も!溶かし切るぞっ!!――急げぇ!!』


 ガーデンが全艦隊に向けて通信を送る。

 代表との最後の通信でも冷静だったガーデン閣下が、初めて慌てふためく声を出した。

 その事実に目の前の黒いうねり以上の、ただ事ならぬ異常事態を感じ、全艦隊はただちに抵抗魔法を行使した。


******


 頭が灼けるように疼く。

 今にも飛んでいってしまいそうな意識に、歯を食いしばることで、孝太郎は耐え続けていた。


「――っぐぅ!!」


 呻く。脳の血管が膨張しているのを感じる。


「――おにいちゃんっ!!……」


 ちよがそんな孝太郎を見て、痛みを抑える治癒魔法を掛けようと、空いている腕を伸ばした。

 しかしそれを孝太郎は頭を振って拒否をした。


「――一言、声を掛けてくれるだけでいい……。それで、頑張れる」

「おにいちゃん……」


 そしてちよは、あの時ついに言えなかった言葉を孝太郎に送った。


「闘ってるおにいちゃんは、頑張ってるおにいちゃんは、カッコいいよ」


 道場で汗を流し、闘っている兄は、世界で一番カッコいい、ヒーローに見えた。

 誰よりもちよのことを考えて、考えすぎるくらい考えて、守ってくれる彼女だけのヒーロー。

 だから、ちよは孝太郎が大会に出ないと聞いて、本当に落ち込んだのだ。

 ヒーローの姿が見れないことに。


「――……おう!!」


 ――ガンバって、わたしだけの、世界で一番のおにいちゃん。

 ちよはそんな兄を、世界で一番支えてあげたいと思うのだ。

 そして二人の、二人だけの兄妹は、二つ重ねた手の、指と指とをように、強く握りあった。




「……そろそろ焼き切れます!あとちょっとです!」


 ナジャが叫ぶ。

 その目は恍惚としていた。

 おそらくもう二度と使うことのないロマン砲を、扱えることが震えるほど嬉しかった。

 ――あれ……?

 そして気付く。

 ――ガーデン閣下の艦隊、ガッツリ焼けてないですか……?

 今まで夢中で気付かなかったことに気付く。

 ――あっ……。私、怒られるな……。


「よっし!最後の一押し!――ナジャ?」


 急に大人しくなったナジャに孝太郎が声をかけたが、しかし彼女は黙々と、真顔で作業を続けるのみだった。

 



 もうそろそろ、夜明けが来る。

 そして、山が回りきった。

 ルクスに眠る全てを起こした大激震は、ピタリと、突然に静音を撒き散らした。


「……潰した?」

「……ど、どうなの?」

「潰した……潰せました!!ヤッター!勝った!!勝ちましたよ!!みんな、みんな生きてますぅ!」


 ナジャが泣いて跳ねて、喜びながら兄妹の側までやってきた。

 先程までの落ち込んだような顔から一変して、勝利の笑顔に満ちている。

 その顔に湧き上がる安堵を表して駆け寄ってくる。


「せ、成功したか……またアッサリ……あっ……」

「お、おにいちゃん!?」


 そしてホッとしたのも束の間、孝太郎は頭に鈍痛を感じ、あの日と同じように眠りについた。

 

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