第32話 邪神討伐

 孝太郎が目を開けると、そこはルクスの自室だった。

 彼は人ひとりが寝るには大きすぎるベッドの上で、一人で寝ていた。


「おにいちゃん」


 しかし側には、ベッドの上でペタリとちよが座り込んでいた。

 カーテンが開かれ、そこから暖かな陽射しが、慰めるようにちよに降り注いでいた。


「……ちよ。……いまいつだ!?邪神の群れはどうなった!?」

「まだその日のお昼前だよ……」

「――邪神の群れなら、ロマン砲で完全に潰したよ、、うちらの勝利だ」


 扉を開けてウーが兄妹の部屋に入ってきた。

 羊柄のパジャマを着て、目元にはクマがある。そして極めつけに目の中が真っ赤に充血していた。


「――でもだ。うちらは、ユーに敗北した」


******


「うそ……」


 ちよがヴィルヘルムの死体を見つけた時、空は朝焼けに染まっていた。

 超長巨砲が完全にその身をルクス山に収めるまでに、星明りを閉じ込めていた雲海の余りは立ち消え、空は目一杯に赤く染まっていた。

 雲によって隠されていた空が、露わになった。


「……待ってたわ」


 車いすに乗ったちよに、ユーが話しかけ、近寄ってくる。


「――ちよさん!下がって!……元代表、それ以上ちよさんに近づく事は許しません」


 寝ている孝太郎を背中におんぶしているナジャが、ちよの前に立って目だけでユーを牽制する。


「ナジャ……強気ね。まだあの血塊球が手元にあると思っているからかしら?」

「――なっ!?」


 ナジャがポケットに閉まっていたはずの黒い血塊球は、いつの間にかユーの、その開いた手の中に存在した。


「どうやって!?」

「あなたにしては珍しいミスね。超長巨砲を使える機会に自分を見失ったのかしら。――これはよ」


 黒い血塊球は、ユーが啜り続けてきた血の塊、“星落とし”となった彼女の本体はそこにあった。


「――大丈夫、安心して、もうここで事を起こすつもりはないの。姉さんも、今の私の悩みを解決してはくれなさそうだし」


 ユーはウーを指差す。

 そこには魔力切れギリギリで、意識はあるが、横になって動けないウーがいた。


「――マオちゃん!?」

「大丈夫よ、大丈夫。あのまま寝るか、血を飲ませるか、血塊球をあげるかすればすぐ立ち上がれるようになるわ――」

「――あなた、本当に強いわね。あの男の死体を見て、幻想が崩れたことに絶望するより先に、私への怒りが込み上げるのね。……けど、なんか思ってたよりタンパクでわね」


 そのセリフにちよは、これ以上、上がり得ないほど切れた。

 頭の裏で何かがプツリと切れた音がした。

 ――人を何だと思ってるの……?あの人を助けるって言ったじゃん……。なにしてんの?


「あらあら」

「ちよさん!?」


 そして巨大な熱球を、


「熱っ!?」


 作り上げようとして熱に体が耐えきれず、熱球は雲散霧消した。


「良いわね、私を殺そうとしたわね。……ふふっ。若くて、まだまだ定まらない意志。。まだ12歳だものね――」

「――だからこそ、あなたはどんな不可能も可能に思えてしまうのでしょうね」


 ちよは、下肢麻痺の普通の少女である。

 少し芯の強い、心優しい少女。

 この異世界に来て、様々な経験を積んだものの、まだ、12歳の未熟な少女。

 しかし、一度絶望し、立ち直る事のできた心の強さを持つ。

 だから彼女は、ちよが大好きだった。


「――ねぇ、聞いて、真剣な悩み。私の、親友に聞いてほしい、答えてほしい――」


 ユーは一方的に、ちよに問い掛ける。


「この世界は、救われると思う?」


 ユーは、これが分からないで、17年間旅をしていた。そして、最近やっと自分なりの答えを見つけた。


「――もうあなたの足を治す力は私にはないけど、私のコアを貸してあげたわよね。その代わりに、答えて欲しい」


 ユーはナジャに、目でそこをどくように指示をする。

 ナジャはユーの溢れ出る魔力に気圧され、ジリジリとちよの車いすに手が届く位置まで後退った。


「邪神を倒して世界を救う」


 ユーはゆっくりとちよに近づいていく。


「それって誰が救われてる?」


 一歩。


「世界を救うには邪神を倒すしかない」


 一歩。


「それってほんと?多分、少なくとも人間は1000年で邪神を忘れてたわ。倒さなくても守ってるだけで救われてない?」


 一歩。


「結局、この世界で本当に救われたいのはなのよ。魔人だけが真剣に世界の脅威に立ち向かってる。……ほとんどの人間は、希望の蜘蛛の糸に、しがみついてるだけ。だから私は、好きな人間と魔人だけを救いたい――」

「――どうでもいい人間なんて、ほんとどうでもいいから、すぐ魔力にして邪神を倒したいの」


「ばかなの?」


 ちよはシンプルにユーを馬鹿にした。


「えっ?」


 大事な質問に、単純な罵声で返されてユーは困惑する。


「賢そうなふりしてるばかじゃん」


 ちよはさらに痛烈な罵声を浴びせた。


「えっ??」


 ユーは困惑の色を深める。


「そんなこと考えるのはね、そこに自分が入ってないからだよ――」

「――誰よりも自分が救われたいって気持ちが足りないんだよ」


 そしてちよは、ユーもそしてナジャも、思いもよらぬ返答をした。


「……きっと、あなたは、さっきも言ってたように、好きな人間と、魔人を救いたい。守りたい。……けど――」

「――わたしは、自分が救われたいから、邪神を倒すよ。邪神を倒して、おにいちゃん離れするよ。それで、わたしの大好きなおにいちゃんと支え合って生きてくの。世界がどうとか言ってるけど、わたしが救われることに、たまたま世界がくっついてるだけだよ」


 ちよは真剣にユーの目を見つめた。その紅い瞳に負けじと見つめた。


「マオちゃんもそう、マオちゃんも自分が救われたくて仕方ないよ。早く魔王の重荷から逃げたくてしょうがないんじゃないかな?――」

「――自分が大事で自分が手一杯だから、本当にどうでもいい人なら、その人のことをどうするか、なんて考えることもしないでしょ」


 一度死んで、“星落とし”として生き返ってから、ユーは一度も、自分の為に行動しているようで、していない。

 彼女の言葉は全て、結局他人をどうするか、どうしたいかに集約されていた。

 ユーは世界を救いたい。

 そこに救われる自分は入っていない。


「あなたはきっと優しくて、それでいて残酷な……みたいな人なんだね」

「――っあ!?」


 ユーの脳裏が、自身からポッカリと抜け落ちた何かを感じとる。

 ――私の、私の救いは?、私が私自身を救いたい、救われたい理由が……。

 痛烈に、脳天からつま先までを電撃が走り抜けた。

 眩むようなショックに足元がおぼつかない。


「おにいちゃんも、わたしの為なら何でもできるって自分にウソついて、この世界なんてどうでもいいとか言っちゃってたよ――」

「――けど、あなたのそれはウソじゃないよね?」


「――ぁ」


 ユーは自分の自我が、完全にことに気が付いてしまった。

 しかしそれでも、ユーは何とか言い返す。


「……自分が、大事なら、他人を犠牲にしてでも、救われたいと思うのでは?」


「思わないよ。……だって、誰か一人しか救われないわけじゃないでしょ――」

「――だれかを犠牲にしなきゃいけないほど、救われる人は限定されてないよ――」

「――だからわたしは救われたいって思う人は傷付けたくない、それだけだよ」


 ユーの中で、何かが崩れていく。

 ――この世界が、そこに生きる魔人、強い人間、それが好き。だから、救いたい。邪神を倒せば、私の好きな人たちは救われる。

 ――ほんとに?だとして、……その先は?

 ――あぁ、そっか。

 ――今の私、生きがいだけで生きてるんだ。

 ――私は、救われなくても生きていけるんだ。……私は、まだ、救われていない、はず、なのに。

 他人事のように考えているから、他人を犠牲にできるのだ。

 そしてちよはついに、ユーの紅い双眸を正面から打ち砕いた。

 ユーは、ちよから目を逸らし、膝から力なく、その場に崩れ落ちた。


「……私は、変わってしまったみたいね。やっぱり“星落とし”になってしまったみたい」


 ユーの紅い双眸が朝焼けを移す、白い髪も朝焼けに彩られ朱く焼けたように見えた。

 そして、おもむろに立ち上がり、大きく伸びをする。


「……でもまだ負けてないわ」

「っ!?」


 その言葉にナジャは再び警戒態勢をとる。


「あー……違うの、もう私は何もしないわ。私、これからに出るし」

「……はぁ?」


 張り詰めた空気の中で、ノンキなことを言われナジャはその気を挫かれた。


「……戦争が始まるわ。ルクスとアーリアの。なぜかイサミが死んでから、黙っているスキャンダも怪しいし、それでいて、私たちは邪神の分身の群れを撃滅しただけで、根本、――」

「――私、やっぱりあなたが大好きよ。あなたの絶望した顔もやっぱり見てみたい、そして……」


 しかし、ユーのセリフを遮るように、ちよが話し始める。


「――わたしはあなたが大嫌い。私の反応が見たいからなんて理由で、人を殺したあなたは許さない。――」

「――わたしはもう、負けない!誰も殺させない!!」


 強く言い返され、ユーはまた


「あぁ……それなのよ。ほんと好きなの。……次会うときも元気でいてね。そのままの、ワガママなあなたでいてね」


 そしてヒラリと、ウーに振り返った。


「次会うときはお互い、全力でやれるといいわね、姉さん」


 言い終わるや否や、ユーは朝焼けの中にその赤の中に、溶け込むように消えていった。

 しかしその直前に、慌てたように声を置いていった。


「そうそう、あの子に伝えて!イサミの死には裏が――」


 そして完全に、音も無く、消えた。


******


「うん、そうか、そんなことが」


 孝太郎は二人の話を聞いて相槌を打った。


「そうか、たしかに、結局、俺達は何も解決できてない」

「うん……」


 ちよが陽射しを背に受けて、顔に影を作る。

 ひどく落ち込んでいるのが、孝太郎とウーに感じ取れた。


「あ、あんまり落ち込むな、ちよ」

「そ、そうだぞ!元気出して!な!」


 孝太郎、そしてウーが、そんなちよに慰めの言葉をかける。


「……うん」


 しかしあまり効果はなかった。


「あら?孝太郎さんもやっと起きられたんですね」


 袴を着たイングリットが部屋に入ってきた。手に真剣はない。


「……イングリット、大丈夫か?」

「はい、大丈夫じゃないです」


 イングリットは真顔でそう言った。

 イングリットは笑っていないと、ずっと不機嫌そうな顔になるのだと孝太郎は気づいた。


「あんなに憎たらしかったヴィルヘルムが死んだのに、ちっとも嬉しくありません。……イサミを嵌めた男です、悲しくはありませんが、何でしょう、虚しい、いや、少しツラい、ですね」

「……後悔していたように見えたが」

「あれは、ヴィルヘルムを襲ったことで、ルクスが亡ぶからです。私の復讐心は本物です」


 二人の会話を黙って聞いていたウーが、思い出したように声を上げる。


「……。……そう。それだよ!戦争があるんだよ。うちらにはもう、次の脅威が迫ってんだ。――こういう時こそ発破をかけないとな!!」


 ウーは片手を上げて宣言した。

 そしてイングリットと孝太郎を近くに呼び、ベッドに座り込むちよを車いすに乗せた。

 そして、ちよの前に三人は円になって立った。


「うちらはもう、一心同体だ。……もともと協力関係だったけど、昨日よりさらに、それぞれ追い詰められて、うちらは大ピンチだ――」

「――魔人はしばらく大陸の防衛がまともにできそうにない!ナジャが考え無しに焼き払ったせいで、ロマン砲の余波で、魔人の艦隊は死者はなくとも大破中破で大騒ぎだ!……次!」


 ウーはイングリットを指差し、話の続きを促した。

 真剣な顔でイングリットが応える。


「はい。ルクスは、兵士の士気は高いです。イサミのいた時の無双っぷりを知っている兵士もまだ多いので。まぁ、新兵と老兵ばかりなのが不安ですね。そして目下の問題は、ルクス民衆に広がる厭戦感、そして魔人への不信感でしょう。最近の邪神の襲来頻度もさることながら、……あのロマン砲、あれで不信感が一気に高まりましたね。今朝は凄かったです。……はい。あとイサミ、やっぱり私は信じてます」


「よし、次!」


 次にウーはちよを指差した。


「……うん、わたし、もう負けないよ。誰も殺させない……!……次!」


 ちよはウーに返さず、直接孝太郎に返した。


「えっと……この世界に来て、不安ばかりだった。やっと笑顔を取り戻せてきたちよを、また失いたくなくて、焦って、また空回った。――」

「――俺は、まだまだこの世界のことを知らない。ルクスも、魔人も、俺はちよがこの世界で、もっと強くなれたことしか、知らない。――」

「――そして俺も、少し強くなれた気がする。――」

「――だから俺は、この世界に来て、良かったと思う」


 そして孝太郎はイングリット、ちよ、そしてウーの顔を見た。


「だから、ここに連れてきてくれたウー、お前にここで感謝をしたい――」

「――ありがとう」


 ウーは気恥しそうに頭を掻いて天井を見た。


「……照れるわ!……うぅ、とにかく!この大ピンチの中で、うちらは戦争をしなきゃならない!そんで!誰も死なせない!」

「うん!!」


 ウーの言葉にちよが力強く頷く。


「もう一度言う!うちらは一心同体だ!うちらの誰かが、他所を向いたら世界は救えない!」


 ウーが力強く、握り拳をちよの前に突き出した。

 それに呼応する様に、孝太郎とイングリットもちよの前に拳を突き出す。

 そして最後にちよが、突き出された三つの手を、打ち上げるように拳を突いた。


「うちらはそれぞれ、やるべきことは違っても!目的を一つにした仲間だ!――」


 ――前途多難で、先の見えない道だけど――


「――世界を救うぞ!邪神討伐だ!」


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邪神討伐〜巻き角ロリに異世界スカウトされたら魔王でそいつと俺と妹で世界救う件〜 幸 石木 @miyuki-sekiboku

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