邪神討伐〜巻き角ロリに異世界スカウトされたら魔王でそいつと俺と妹で世界救う件〜
幸 石木
ようこそ異世界へ
第1話 孝太郎とちよ
しんしんと雪が降っている。
雪が街灯に照らされた路面を白く冷たく染めていく。
その中を青年、中山孝太郎は車いすを押しながら歩いていた。
冷えた空気に呼応するように空から現れた白雪は、彼の押している車いす、そしてそこに座る彼の妹の、膝の上にもふわりと落ちていく。
「雪、けっこうふってきちゃったね」
孝太郎の妹、ちよはそうつぶやいた。膝上に降り積もる雪をさっと払うと、冷えた両手に「はぁ」と息を吐く。
それは白く暖かいぬくもりを少しだけ、ちよの指先にあてて消えた。
孝太郎は車いすを止め、ポケットからカイロを取り出すとちよの手に握らせた。
「ありがと」とちよが答える。
カイロはすでに程よく熱を保っており、ちよの指先からその両手を暖めていく。
「ぬくぬくだぁ、……朝はあんなに晴れてたのになぁ」
天気予報では今日は雲一つない晴れ模様だったはずだ。
それが今では空いっぱいに曇天が、雪をはらはらと二人に降り注いでいる。
ちよは渡されたカイロを大事そうに握りしめていたが、すぐにカイロを両足の隙間に潜り込ませ、両手で両膝を挟むようにして下半身の暖を取ろうとした。
「……お兄ちゃんの上着も貸してやる」
孝太郎は自分の羽織っていたダウンを脱いでちよにかける。
抵抗する間もなく、首から膝までちよは孝太郎のダウンに包まれた。
「えっ、いいよ。おにいちゃんもそれじゃ寒いでしょ」
「俺は平気だ」
「ウソ、もう声震えてんじゃん」
ちよはダウンを持つと、両腕で掲げるようにして孝太郎に突き出した。
ちよはその小さな上半身をそらし、車いすを押す孝太郎にダウンを押し付けようとしている。
しかし孝太郎は車いすから手を離さなかった。
「いいから、おとなしく座ってろ。鍛えてる男はこの程度平気なんだ。……さっさと帰って飯にしよう」
「もぅ……」
ちよはダウンにすっぽり包まれるように前後逆にそれを被った。
孝太郎の体温ですでに熱を帯びたダウンは、ちよを芯から暖めていく。
「今日のご飯はなんにするの?」
「今日は鮭のムニエルだ、きのう仕事帰りによったスーパーで一尾50円だった」
「やす!」
ちよは驚いた顔をして、しかしすぐに小さく笑い始めた。
「ふふ……あのおにいちゃんが鮭のムニエルですって、あの目玉焼きも上手に作れなかったおにいちゃんが!!」
「二年前の話だろそれ。……いやけど目玉焼きって意外と難しいんだぞ火加減とか」
「早口で取りつくろってもダメでーす。恥ずかしい過去は消えませーん!」
「うるさいな……、今はもう普通に作れるんだからいいだろ。……成長度を評価してくれ!」
「はいはい、すごいすごい。おにいちゃんはホントにすごいよ」
孝太郎はちよのこの言葉に少しムッとしたが、
「……わたしも、料理、またやりたいな」
続く言葉に言い返す気持ちがすんなり消えてしまった。
ちよは腰から下が殆ど動かない。下半身不随である。
一昨年のことだ。当時県外の大学へ通っていた孝太郎の元へと向かう途中の事故だった。父の運転する車に対向車線から観光バスが突っ込んできた。同乗していた母と父は事故で亡くなり、後部座席に乗っていたちよだけが生き残った。
父と母は即死だったらしい。ちよは体中に傷を負い、下半身が麻痺する重傷だったが何とか生き延びた。
幸いな事に顔に傷は残らなかったが、今も、ちよの肩まで伸びた黒髪を掻き上げれば頭部に傷跡が見えるだろう。
その時ちよ10才、孝太郎20才。
そんな歳で兄妹は二人きりの家族となってしまった。
ちよは最近になって、やっと笑顔を取り戻せてきている。
そしていつぶりだろうか、自分のやりたい事を口にした。
事故の日から今まで、そんなことはなかった。
孝太郎は意を決してちよを誘う。
「……料理、してみるか?」
「ムリでしょ?いすに座ったままじゃ手が届かないよ」
そう言って諦めたように薄くちよは笑った。
薄く笑った時、口から漏れたちよの熱い吐息が、空気に冷えて白く煙る。
事故当時の死んだような眼をした妹の姿を孝太郎は思い出した。
「俺が側で手伝ってやるよ。……二人でならやれるだろ」
「えっ?そんな……いいの?」
ちよの不安そうな声が聞こえた。
「いいに決まってる」
そして力強く孝太郎が頷いた。
力強く肯定されて、ちよは満開の笑みを作った。
「えへへ、じゃあやってみようかな!やろうかな!今日から!」
「さっそくか、いいぞ。だが鮭のムニエルはだめだ」
「えーー!?なんで!!」
「そこはお前ブランクあるんだから、目玉焼きからだろ?」
「わたしはおにいちゃんと違ってセンスあるから!久しぶりでも焦がしたりしませーん」
ちよはケラケラと笑う。
かつてのわんぱくな姿を取り戻しつつあるちよを見て、孝太郎は目頭を熱くした。
すべてが良い方に動き出している。そんな感覚さえ覚えた。
「……どしたの?やっぱり寒くて風邪ひいたんじゃない?」
様子がおかしいことに気づいたちよが、孝太郎を心配して声を掛けた。
「なんでもない。さぁそうと決まれば早く帰ろう」
そう言って孝太郎が再び車いすを押し始めた。
まさにその時、直進する孝太郎の右手側、垂直に交わる道から猛スピードで赤いSUVが真っ直ぐ二人に向かってきた。
ハイビームのライトが兄妹を照らす。
遅すぎるブレーキ音が兄妹の耳に届く。
「ひっ」
ちよが短く叫びをあげた。
「ちよ!」
孝太郎はちよを守るため、とっさに前方に強く車いすを押し出した。
その場を逃れるには、車いすを引くよりも押す方が早いと、彼はとっさに判断した。
しかし不幸にも赤い車は、その大きな体の横っ腹を兄妹に向けて迫ってきた。
ドライバーの習性、身を守るために右にハンドルを切る。もし左にハンドルを切っていれば兄妹は助かったかもしれない。
そして雪によって滑りやすくなった路面がタイヤとの摩擦を弱め、ブレーキはその役目をほとんど果たしていない。
勢いそのままに鉄の巨体が二人に襲い掛かる。
――どうして。
孝太郎はその一瞬に思う。
――自分もちよも、やっと、これからやっと。
時が止まったかのような一瞬に願う。
――ちよは、せめてどうかちよだけは。
車いすは孝太郎の手を離れ、けれど今はまだほんの10センチも離れていない。
妹はすぐそこに、いるのだ。
――だれかお願いです助けてください。
逃れられない死の運命がもうすぐそこまで――
「おーいそこのひとー」
――突然に幼い子供の、けだるげな声が響いた。
「おおー!当たりかぁ。しかもふたりも!けど……」
ちよのものではない。
「情けない顔をしてんなー。うーん」
同じ声が続けて言う。
「おー?そこそこ体はできあがってるのかなー、いいねー」
甘く、それでいてどこか枯れたような声。ハスキーボイスと言うのだろうか。聞いている者の耳に心地良いものを与えてくる不思議な声。
孝太郎は悲劇の瞬間が未だに訪れないことに気が付き、
「なんだだれだ!?どうなってんだ!」
同時に自分の体が動かないことに気づいた。
それどころか二人を轢き殺そうと迫っていた車も、しんしんと降っていた雪さえも、その身を空間に固定されたように動かない。
まるで時が止まっているかのようだった。
「お、おにいちゃん、あ、あの子」
ちよは時が止まった中で元気に動き、停止している赤い車の上を勢いよく指さした。
孝太郎は力の限り、ちよが指差す方に顔を向け、瞳をギリギリまで目の端に引き絞るようにして、それを見た。
「ふんふん。女の子の方は分かりやすく才能あるねー」
兄妹をひき殺しそうな車の上、ふわりと雪のように腰かけてこちらを見ていた。
そこにいたのは、まさしく美少女だった。
均整の取れた小さな顔に、黒い瞳と柔らかそうな黒い髪、白い肌。しかし頭に雪より白く輝く二本の巻き角を生やし、なぜか羊の絵が散りばめられた白いパジャマを着ていた。極めつけに黒く細長い尻尾が生えている。
およそこの世の者とは思えない造形をしていた。
そうして寝不足なのだろう。整った美しい顔の目元にはしっかりとクマがついている。
年のころは10歳ほどだろうか。小さい。
「なんだこのチビは!?」
「うるせーなうちも気にしてんだよこの体、いっとくけどお前よりかは年上だかんな」
癇に障ったのだろう。
巻き角少女は孝太郎の悪態に口を尖らせた。
「むかつくわ。……けどさっきの情けない顔されるよりは今の戸惑ってる顔のがいいかなー。やっぱり才能あるみたいだしなー」
突然の出来事に戸惑っている兄妹に向けて、巻き角少女は芝居がかった口調で、続けて問いかける。
「早速だけど本題。あー、君たちは選ばれたのであーる。どうか我々の世界を救ってはもらえないだろうか?」
「えっ?ちょっと、どーゆーこと?意味わかんないんだけど?」
ちよは車いすから上半身を乗り出した。
「我々、あー、うちらの世界は今ピンチでねー。こうして異世界から才能ある人をスカウトしてんだよねー」
巻き角少女は元のけだるげな口調に戻った。
そして車から降りるとちよの側まで行き、車いすから乗り出した彼女の肩に手を当て、優しく抑えた。
「んで君ら才能あり、どう?うちこない?」
「なんか知らんがとりあえず、話はこの状況をどうにかしてからにしてくれ」
孝太郎は巻き角少女を目で追って答える。
彼は少しずつこの状況を理解してきていた。
きっとそこにいる巻き角の少女が助けてくれたのだろう。そう思った。
そしてよく分からないが時間が止まっているのなら、今にも車に押し潰されそうなこの状況から抜け出せるはず。
「そうだよ、いったん落ち着いてから話そうよ!」
ちよの声が弾んでいる。この状況に早くも慣れはじめたのか、自分の肩を抑える巻き角少女の手をとると、興味津々に目を輝かせた。
「ぃやー。ごめん、それ無理だわ」
対して巻き角少女は、少し悲しい表情をして申し訳なさそうに話しだした。
「今のこれね、ある種の夢見てるような状態なんだよねー。だから現実には君たちは全く動いてない。それにこの魔法はうちが制御できるようなものじゃないんだなー」
――魔法って。
漫画やアニメによく出てくる言葉に孝太郎は呆気にとられた。
常軌を逸した空想の産物だ。
だがその言葉は今この状況において現実味を帯びていた。
迫りくる車は片輪を浮かせた格好でその動きを止め、先ほどまではらはらと舞い揺れていた雪も空中にその身を留めているのだから。
まさに漫画やアニメでよく見る、異空間のそれだった。
孝太郎はひとまず、巻き角少女の言葉に納得することにした。
「……じゃあいったい誰が時を止めた?そいつに頼めばいけるんじゃないか?」
「あー。時を止めたのはうちなんだけど、制御できないんだよねー。……えーとつまり――」
巻き角少女は、んんっと小さくせき込むと、言いづらそうな顔をした。
「――君たちには二択しかないんだ。ここで死ぬか、生きてうちらの世界に来るか」
「……」
「……ウソだろ?」
「ほんとだよー……残念だけど、うちは君たちをうちらの世界に連れて行くことしか出来ないんだよねー」
巻き角少女は続けて話す。
優しく諭すように。そしてけだるげに。
「実質一択でごめんなー。まぁ死の寸前から救ってあげるんだからいいだろー。このまま押しつぶされて死ぬのと、違う世界で新たな生活を送るのと……決まってるよねー」
巻き角少女はそう話すと、右手をちよに、左手を孝太郎に向けて告げる。
「おいでよ、是非とも我々の世界を救ってくれ」
今までのけだるげな声はどこへやら、巻き角少女は声を凛と張り上げてそう言った。
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