第14話 UとÜ
――30年前――
「おお……!我らの新たな統率者、来たれり」
魔人の住む島、ブリタン島。
その中心地に位置する古都ブリタリス。
今は夜。数多の星の光が暗闇の帳を裂いて地に届き、魔力が漲る星明りの夜。
その高台に設置された工房で、白髪混じりの黒髪にユニコーンのような一本角を生やした男が、星の空を見上げてそう呟いた。
「ガーデン閣下、"星読み"が出ましたか」
師の側にいたナジャがそれに応える。
「うむ。先代がなくなってはや数カ月、まだかまだかと待ち侘びたぞ。……どうにも今日生まれた子ども達らしい」
「たち?とは?」
「今代の統率者は、双子の姉妹だ」
******
「これさ、そのまま旋回砲塔でいこうよ。固定して巨砲にしても意味なくない?」
魔人代表、5歳。黒い瞳黒い髪そして巻き角。
今は戦艦の設計図を片手で持って、もう片方の手でそれを指差している。
――魔人は1年で成人まで成長し、その間に魔道具によって様々な基礎知識を詰め込まれる。
それはこの世界で人が生きていくに必要な基礎知識であり、言語学、数学、理科学に加え、現在の社会や、倫理の話、そしてもちろん魔法学なども含まれる。
そして生まれて1年と1ヶ月以上からは、それぞれの好みや特性に合わせて勉学に励む。そこから10歳までは対邪神の前線に出ることは許されず、つまり魔人にとってモラトリアムの期間になる。――
「んー……それじゃロマンがないわよ。やっぱりパワーが欲しいじゃない」
魔人代表、5歳。赤い瞳白い髪そして巻き角。
顔のそっくりな姉に向かって、妹である彼女はそう答えた。
――しかし、この双子の姉妹は天才だった。魔人の統率者になる運命を定められたこの双子の姉妹は、成人するまでの1年間に、普通の魔人の10年間を生きた。
そして1歳から、魔人の統率者としての役目と、魔人の代表として人間たちの前に出る役目を負った。――
――親愛なる人間たちに分かりやすく、魔王と名乗るようになったのはいつの時代からだろうか。――
「いやいや、ロマンなんかより実用を考えないとだろ?」
「これは現場の意見よ?工房にほとんど引きこもってる姉さんには分からないかしら?」
「……お前なぁ。その現場から、お前の暴走を止めてくれって言われて、それで言ってんの!」
双子の姉の方が持っている設計図で妹の顔をパシッと軽く叩いた。
叩かれた妹の方は舌を出して、姉に茶目っ気をアピールしていた。
「……失礼します、代表方。ルクスの工房から入電です。異世界人の勧誘に成功したとの報告です。すぐにブリタンを発たれますか?」
「マジ!?いくいく!」
「ついに来たわね!……何十年ぶりの協力者になるのね」
部屋に届いた報告に、二人は目を輝かせて同意した。
「おお!?魔王って聞いたからどんな厳ついやつだと思えば、こりゃとんでもなくカワイイ女の子じゃないか!」
協力者となった異世界人が巻き角姉妹を見て嬉しそうに叫んだ。
25歳、男、スカウトした時は部屋に引きこもってテレビとやらを見ていたという話だった。
「いいねぇ!異世界ってのはこうでないとね!……お名前は?」
「あー、うちらは名前が無いんだよね」
「私たち、生まれたときから魔人の代表なのよ。それでね、代表になった魔人は他の魔人から代表とだけ呼ばれるの。そして人間たちからは魔王様。……だから私たち生まれた時から、名前は無いの!」
姉妹が明るくそう言うものだから、男は少し悲しい顔をした。
「オーケー。この世界ではそういう不思議もあるんだね。……あの工房を見た時から色々覚悟は決めて来たよ。よろしく、魔王姉妹」
「――おう!……早速だけど私たちの名付け親になってくれ!」
「――うん!……早速だけど私たちの名付け親になってくれないかしら!」
「……なに?」
姉妹はお互いに手を取り合ってクルクルと舞い始めた。
「この日を楽しみにしてたんだ!」
「楽しみにしてたの!名前で呼ばれるってどんな感じなのかしら!?」
男は不可解な顔をして、嬉しそうに舞い踊る二人の妖精を眺めている。
「……僕は、構わないが。そんなに名前で呼ばれたかったなら、他の誰かに名前を付けてもらっても良かったんじゃないかい?」
「それはダメなんだ。魔人が生まれた時以外に付けられる名前ってのは、契約の証になっちゃうから」
「ダメなのよ、個人契約は。契約した人間に、魔人はその魂をどちらかが死ぬまで捧げないといけないの。……魔人が一度も名乗らなければ、契約不成立になるけどね」
それを聞いて男は口元に手を当てた。
「ふむ。つまり魂を捧げても良いと思える人にしか、名をつけてもらえないという理由か。……それホントに僕でいいのかい!?」
「いいよ!!ていうか異世界人には名付けてもらわないと困る!……さあ、つけてつけて!」
「もちろんよ!それに魔人にとって異世界人に名付けられるのは名誉な事だから、ますますアナタに付けて欲しいの!……さあ、つけてつけて!」
姉妹は舞い踊るのを止め、男の腕を両側から引いて名付けをせがんだ。
男はしばらく考えた後、それならばと姉妹に名を与える。
「よし!分かった!それじゃあ……UとÜ、黒髪がU(ウー)で、白い髪がÜ(ユー)だ!」
男はドイツ語における発音記号の名を二人に与えた。
Uのウムラウト、それがÜ。
ウムラウトとは母音交代現象をさす言葉。
そっくりな双子の姉妹にピッタリな言葉だと男は考えた。
「うちがウー……。ユー!」
「私がユー……。ウー!」
姉妹は顔を見合わせて、お互いにお互いの名を呼んだ。
そして男に向き直り、二人仲良く宣言する。
「「よろしくね、イサミ!」」
イサミは満足そうにウーとユーを見て微笑んだ。
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