第15話 すっ飛ばした契約、そしてブリタンへ

「――そんで17年前、まだ向こうの大陸に拠点があった頃、ユーはそこで邪神と戦って負けて死んだ。……と思ってた」


 燭台の灯りがちよとウーの顔を照らす。


「――けどユーは生きてた。けどホントのユーなら、ちよが話したようなことは言わない。そもそも魔人が人間に手を出すなんて有り得ない」

「ウーちゃんの妹……。ユーちゃんは私を助けるために……」

「それでもだ。魔人が直接手を出すのはおかしいんだよ。それに、ちよはそいつに誘惑チャーム魔法を掛けられてる!ユーがそんなことする訳ない!――」

「――邪神に操られてるとか、ユーの皮を被った邪神の分身とか……とにかくそいつはユーじゃない。ユーはそんなことしないっ!……ごめん、ちょっと熱くなった。もう夜遅いし、今日はもう寝よう、ちよ」


 燭台のロウソクは、その火が消えそうなほど低く短く溶けていた。

 その火が完全に消える前に、ちよはウーに話さなければならないことがあった。


「まってウーちゃん、契約ってなんなの?」

「……契約は魔人と人間とを繋げる力だ。契約した魔人と人間はお互いの位置や生死とかが分かる。協力してくれる異世界人のために、契約は必ずするようになってる。……だからイサミの話じゃ、ユーはもう死んでるはずだ」

「……わたしたちは契約してないけど、いいの?」


 ちよは背中に座るウーに振り返って、目を合わせた。


「……今はいい。初日に邪神に邪魔されて見せれなかったからな。……それを見て、うちらに協力するかどうかの最後の判断をしてほしい」

「そんなのもう決まってるよ」


 ちよは胸に手を当てて、そしてそれを燭台に向けて突きつけた。


「言ったでしょ?わたしは、ウーちゃんに協力する。世界も救う。もし足が治らなくてもそれは変わらないよ」

「うん。でもあれは見てもらわないと……」

「大丈夫!それがどんなものでも、わたしはウーちゃんの友達だから!」

「……」


 ――ちよが苦手そうなんだよなぁ……。

 ウーは初日に聞いた、ちよの言葉を思い出してそう考える。

 を見せてちよに嫌われるのが怖くて、孝太郎が起きるまでは見せないでおこうと引き延ばし続けていた。

 きっとちよは自分のことを信じてくれる。世界を救うことに同意してくれる。しかし実際にあれを見て世界を救うことを拒否する異世界人は多い。

 あれを見て、納得ができない人間は多い。


「うーん……」


 ウーは両手をちよのお腹の前でもじもじと持て余す。


「何かを迷ってるときは、やるに限るんだよ。――マオちゃん」

「――んっ!?」


 マオちゃんと呼ばれ、ウーは目を見開いてちよを見た。


「マオちゃん。ウーちゃんが最初に魔王って名乗った時から考えてたあだ名!どう?よくない?」

「えっ?それってさ。魔王だからマオちゃん?マオとウーで魔王?」

「うん!そう!ぴったりじゃない?」

「まじ?いやホントクソださ……いや、うん。うん悪くない。むしろ良いかな」


 ちよの横顔が爛々と輝いているのを見て、ウーは良い気分になった。

 ――そんな顔してくれるならクソダサくてもいいや。


「よし!うちは今からマオ=ウーだ!よろしく、ちよ」

「よろしくマオちゃん!」


 そして二人がベッドに倒れこむのと同時に、燭台の火はついに立ち消えた。




 翌日、ちよは久しぶりに遅く起きた。この世界に来る前の起床時間と同じくらいに起きた。

 そして孝太郎はもちろん起きていなかった。ベッドの上で死んだように眠り続けている。


「今日も起きないね」


 車いすに乗ったちよがナジャに向けて呟く。


「起きませんね。あと少しだとは思いますが」


 ちよの呟きにナジャが答えた。

 そしてちよの側に立つウーに向けて警告する。


「代表の長期不在で前線は激しく圧迫されているそうです。孝太郎さんがこのままいつ起きるか分かりませんし……このままでは本島の士気が持ちませんよ?お二人は私が見ておきますので、代表はお先にブリタンに戻ってはどうでしょう?」

「うーん……けどなー、ちよも孝太郎がこのままなのは心配だろ?」

「うん。……けど、起きた時にビックリさせるのもありだよね?おにいちゃんが寝てる間に足治しちゃいました!って!目の前で立ち上がってサプライズするの!」


 ちよは手を叩いて、足を叩いて、喜ぶ兄の姿を思い浮かべて「えへへ」と笑った。


「だからね!マオちゃんがブリタンに戻るなら、わたしも一緒に行くよ!いいでしょ!?」

「……いいね。そうするか。先にちよの足を見てもらって、……治して!孝太郎をビックリさせてやろう。よし!昼飯の時にはイングリットに話して、すぐにここを発とう」


 そうしてちよとウーはブリタンに行くことを決めた。


「……マオちゃん?マオちゃん!?代表!もしかしてもう契約しちゃったんですか!?」

「あっ!いけね!ちよ~ナジャの前ではまだ言わないでって約束したろ~?」

「あっ!ごめん」

「なんてことを……代表!そこに直りなさい!」


 そしてウーは顔を真っ赤にしたナジャに、しこたま怒られるのであった。




 昼過ぎ、中庭。空は晴れ渡り出立にはふさわしい。


「ほいっ。ふぅ。骨が折れたよ~」


 リーナがプロペラ機を曳いて中庭に到着した。曳いて疲れた両肩を回して具合を確かめている。


「ありがとうリーナさん!重いのにごめんなさい!」

「いいよいいよ!仕事だし!……ミカから聞いたよ、助けてくれたんだよね。ありがと!」


 リーナはちよに近寄って、その頭を撫でて感謝を告げた。


「リーナさん、ミカさんの知り合いなの?」

「いとこなんだよね。……ほんとに感謝してる。ちよちゃんのためだったら私何でもするよ!」

「私からも感謝を告げよう。……イングリット様の話し相手になってくれてありがとう。ルクスに戻って来ることを心待ちにしているぞ」


 アンナがちよに感謝を告げて、握手を交わした。


「えへへ。次はみんなで一緒にご飯食べようね!」

「ほっほ!……その時はわしも混ざってええかの?」

「ジャラジャラのおじいさん!もちろんだよ!」


 少し遠くから、勲章をつけたアンスガーが満足そうに頷いた。


 そしてイングリット以外、ルクスで知り合った人たち全員と、ちよは別れを告げ終わった。

 イングリットはどこかとちよが辺りをうかがうと、彼女は中庭に敷き詰められた花々の中でしゃがみ込んでいた。

 そして用事が終わったのだろう。立ち上がるとニコニコとした顔でちよの方へ小走りにやってきた。


「ふぅ……おまたせしました!これをつんでいたんです」


 イングリットは花束を持っていた。同じ種類の花が色は違って咲いている。

 細長く伸びた茎の頂点に、半ボール状に小輪花が纏まるように咲いている。

 そしてイングリットはちよの前に中腰になって、花束を手渡した。


「わぁ!きれいなお花!」

「そうでしょう?イサミの好きな花なのです。……これはあなた方の世界の虹手毬という花にそっくりな花だそうです。今のあなたに、きっとお似合いだから、差し上げます!――」


 そしてイングリットは微笑む。


「――ちよ……ちゃん!お気をつけて、行ってらっしゃい!!」

「えへ。うん!みんな!行ってきます!」


 そしてちよが別れを告げるのと同時に、城塞からウーとナジャが出てきた。

 ウーは手に大きな袋を持ち、顔はげんなりとして生気がない。

 とぼとぼと元気なくちよの元までやってくると、集まった人間たちに、に宣言する。


「あー……。はい、魔王です。えー。ちよとブリタンに行ってきます……。その間、まぁ前と同じようにルクスの防衛についてはナジャに一任するので、えー、彼女の言う事をよく聞いて防衛してください……」


 その本気で気怠げな様子に、城の者はみな、ちよまで魔王を心配し不安に思った。

 ざわざわと臆病な雰囲気が場に流れる。

 それを感じたナジャがウーのケツを引っぱたいて檄を入れた。


「あぅっ!?……まー余裕だろー?うちがいなくなるだけ、体制が元に戻るだけだよー。眠ってる孝太郎も守ってやってくれなー」


 いつものけだるげな口調に戻ったマオ=ウーに、イングリットとちよは胸をなでおろし、他の者はほっとした顔で敬礼した。

 

 


 ちよとウーを乗せた飛行機は快晴の空を飛んでいく。

 眼下には太陽を反射して海が輝く。

 初日に乗った時と同じように前側の席に、ウーがちよを後ろから抱きしめるようにして座っている。

 空路で三時間ほどで着くとウーは言った。


「はぁぁぁぁ……帰りたくない」

「どうしたのマオちゃん?」

「……城塞からブリタン島に連絡入れたら、契約の話を聞いたガーデンがブチ切れた。帰ったら即、怒られる、多分みんなに、ヤダ」


 ウーは袋から赤いキャンディーを取り出して口に放り込んだ。

 すると飛行機がそのスピードを若干早める。


「そんで急がないとそれはそれで怒られる。……ハァ」

「一緒に謝ろう?わたしがワガママ言っちゃったんだから」

「うーん……お願い。ちよはほんとに優しいね……」


 そして飛行機は予定を早め、二時間弱でブリタンに到着したのだった。


******


 ――まったく!を見せないで契約するなんて!不義理ですよ!異世界人への冒涜です!……後から文句言われて代表も泣く羽目になるかもしれないのに!!あのバカ!

 工房内、その一角。ナジャは今日も襲来した邪神のために、巨大な装置によって術式構築された防衛魔法を発動した。

 ルクス全域を強固に防衛し防護するその結界魔法は、尋常でない異常な魔力量を消費する。

 そのためルクスに溜め込んでいた魔力はグングンと目減りし、今では最大値の三割しか残っていなかった。

 ――さて……私が細かく操作するしかないですね。

 ナジャはそんな結界を長く保つために、装置に介入する。

 具体的には、ルクス全体を均等に防護している結界を、邪神が襲来した場所だけを守るように強弱をつけることで、魔力の消費が減るように介入する。

 ――私がいなくても、ここに来る邪神程度にはルクスの武器は有効でしょう。私は絶対防御を守ることに全力を注げばいい。

 ――しかし……代表がブリタンに戻っても邪神の襲来が続くようであれば、いよいよ覚悟を決めざるを得ないですね。

 そして諦めに近い感情で、その手に持った赤いキャンディーを口に入れ、噛み砕いた。

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