第6話 ロリータのニンフェット

「お邪魔します」


 そう言って、ウーによく似た女の子が窓から部屋に侵入する。


「おっ、ちょっと……誰?」

「おー?おいおい忘れっぽいやつだなー!ウーだろー!」


 喋り方はウーのそれだが、けだるげな感じではなく、むしろ元気一杯。

 目元のクマも無いせいで、活発な印象を強く受ける。

 瞳と髪の色以外、全く同じ顔なのに明らかに違う。

 ウーはこんな健康で明るそうな美少女ではない。もっと陰気な美少女だ。と孝太郎は考える。


「……お前はウーじゃない。誰だ?」

「……ふふっ。だめね、バレバレ。全然真似できないわ」


 ウーに似た女はその場でクルリと一回転すると、着ている質素なディアンドルのスカートの裾を掴んで一礼をする。

 星明りの中を紅い双眸がキラキラと、そして白く美しい髪がなびく。


 天使の舞を孝太郎は見た。


「はじめまして、孝太郎。私はあなたの友達よ」


 その所作があまりにキレイで、見惚れてしまう。


「あ……いや。何がなんだか……」

「私みたいな小さな子に緊張してる……。私、大丈夫かしら?襲ったりしないでね?」

「し、しねーよ!」

「ふふっ、からかうといい反応してくれるわね。安心して、あなたにそんな性癖はないわ」


 彼女はベッドまで歩きその上にポンと座る。そして自分の隣を叩いて孝太郎を呼ぶ。

 誘われるまま孝太郎は隣に座った。


「ほらね。少女趣味の人が私を近くに置いて、ガマンできるわけないもの」

「……すごい自信だな」


 孝太郎の隣で、紅玉の瞳はその高慢を主張している。


「だって事実だもの。……何度もあなたに声をかけたのになかなか起きてくれなくて、私、寂しかったのよ?」

「それは、すまん……?」


 わけも分からず孝太郎は彼女に謝罪した。


「だからいっぱいお話ししましょう」


 こちらにすがるような上目遣い、薄く開いた柔みを感じる唇に、邪な感情が芽生える。

 そしてそんな自分の感情と、邪悪な魅力を放つ目の前の彼女に、孝太郎は戦慄する。 

 ――どうしちまったんだ俺は!?


「う、あ、……お、おう。……お話しって言われてもな」

「私はあなたの友達よ、孝太郎。あなたの悩みを一緒に考えてあげる」

「悩み?」

「そう、あなたの悩み。ここに来たばかりで不安なこととかあるでしょ?あなたの友達としてそんな悩みを聞いてあげる」


 妖しく揺らめく双眸が艷に感じて、孝太郎は彼女の瞳から目をそらした。


「ふふっ……、楽しい。……さぁどうぞ、どんな悩みでも聞いてあげるわ。どんな悩みでも、ね」


 吸い込まれそうな紅玉が覗き込んでくる。

 抗い難いニンフの導きに、孝太郎は羞恥と恐怖からか縮こまった。


「すぅー」


 孝太郎は気を落ち着かせようと深呼吸する。

 しかしかえって鼻孔から蕩けるような匂いが――


 ――せず、鉄の匂いがした。


「……何だそれ?」

「これ?鉄分キャンディー。ほしい?」

「いや、いい……」


 白毛紅玉の少女の手の上、広げられた包み紙の上にはキャンディーが載せてあった。

 強い鉄の匂いのするそれを彼女は口に含んでコロコロと弄ぶ。


 ――いまこの子の口の中めっちゃ鉄臭いぞ!


 それまでのイメージを台無しにさせる欠点を見つけた孝太郎は、落ち着きを取り戻し、目を合わせないように彼女の白い巻き角を見ながら話すことにした。


「そうだ、名前……」

「あらそういえば名乗ってなかったわね。……ねぇ、名前を当ててみて」

「え?」

「ヒントはなし。当てずっぽうでいいわ」

「……うーん、エーとか?」

「……ウーに似てるからってそれは無いわね。真面目に考えてくれてるのは嬉しいけど、面白くない。もっと感じたままの名前を言ってみて」

「感じたまま……」


 あまりの美しさに天使かと思ったが、そんな無邪気で善良な者ではないと今は感じている。

 ――そうこいつは、この少女はまさに、


「ニンフェット」


 それは9歳から14歳までの、異性を引きつける性的な特徴を持つ少女を指す言葉。


「ふふっ、アハハ!面白いわ!……やっぱりあなたロリコンなのかしら?」

「なっ!?ち、ちがう」

「その顔!アハハ!焦ってる!……決まりね、私はニンフェット。よろしくね孝太郎」

「え?違うだろ?結局お前の名前はなんなんだよ」

「だから、あなたがさっき名付けてくれたじゃない。ニンフェット。ふふっ、私の名前。そう呼んでね、ロリコン太郎さん!」

「ロリコン太郎はやめろ!」

「アハハ!はいはい、もう言わない。……私この名前気に入っちゃった。年の差のある恋愛っていいわよね」

「知らん」

「まだ怒ってる?ごめんなさい。あんまりにも面白くって」


 彼女はその名前がツボに入っているようだ。ずっとニヤニヤと笑顔を浮かべている。


「ふふっロ、リー、タッ」


 そして調子よく、玉を転がすように"ロリータ"の1節を暗唱した。


「ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂……だっけ?ふふっ、とんでもないわよね」

「そうだな……。まて、何で知ってる」


 元いた世界の小説を、なぜこの少女が知っているのか。

 孝太郎はすぐに疑問を口にした。


「私ね、ロリってよく異世界人に言われるの。なんのことか分からなくてイサミに聞いたのよ」

「元帥に?」

「そうよ。何も知らないのね。イサミは異世界人だったわ」

「元帥が、この国の参謀が異世界人……」


 実は孝太郎は、この世界に自分と同じような異世界人は、何人かいるのだろうと考えていた。

 この世界の人は、異世界人の自分に戸惑いなく自然に接していたから。

 しかしまさか、王の参謀で軍の元帥であるような、国にとって重要な立場の人間を、異世界から来た人間に任せるとは思っていなかった。


「悩みを聞いてくれるか?……ニンフェット」

「もちろん。私はあなたの友達よ。そのために来たんだから」

「……ウーは、俺に何をさせたいんだと思う?」

「邪神討伐じゃないかしら」

「いや、それはちょっと違う。あいつは世界を救ってくれって言ったんだ。そして邪神を倒す手助けをしてくれと言った」


 ニンフェットは孝太郎の話を聞き、何でもないような顔をして答える。


「……邪神を倒せば世界は救われるじゃない?」

「そうだけど違うんだ。きっとそれは俺がすることじゃないんだ。俺は世界を救うために邪神を倒してくれとは言われてないんだ」

「ふんふん、つまり?」

「つまり、……分からない。分からないがウーは俺に邪神と直接やり合うよりも、何か別なことをさせたい。そんな気がする。……いやむしろ、さっきのイサミの話を聞いて確信した」

「そうね。異世界人がこの世界の国家の元帥なんておかしいものね」


 ニンフェットは孝太郎が話す前に、的確に彼の確信の根拠を答えた。


「そうだ。だからニンフェット、イサミの事を教えてほしい。異世界人であるイサミが、ルクスでただの元帥として生きていたとは思えない」

「ふーん……。あなた結構考えてるのね。さっきまでは鼻の下を伸ばしてマヌケだったのに」

「俺はロリコンじゃない、そんな顔もしていない」

「そう言うなら目を合わせてお喋りしてくれないかしら」

「……拒否する」


 目を合わせると、自分の中の大切な何かを失ってしまうような気がして、孝太郎はその提案を断固として拒否する。


「あら、寂しい……。まぁいいわ。あなたの知りたいことを教えてあげる。そうねぇ、イサミはいい男だったわ」

「……男」

「初めてあった時はそう、優しいお兄さんって感じで、年を取ったらほんとに色気のあるいいおじさんになったわね」


 ニンフェットは遠くを見つめながら話を続けるが、孝太郎はそれに横槍を入れる。


「……違うそうじゃない。そういうことを知りたいんじゃない」

「あら?イサミがどんな男だったか知りたいんじゃないの?」

「そうだが、ズレてる。何をしていたか教えてくれ、ふざけずに」

「ふふっ、はーい。……イサミは本当に頑張ってたわ。ただでさえ周囲に嫌われているルクスを守りながら、襲い来る邪神の対処もしてた」

「周囲に嫌われてる?ルクスが?」

「そうよ。この国は魔人と近いから」

「なんでそんな事で……それの何がいけないんだ」

「それは……、あらそろそろね。ごめんなさい時間だわ」


 そう言うとニンフェットはベッドから降りる。そして淀みなく入ってきた窓へと歩いていった。


「お、おい!どうしたんだ?まだ話の途中だろ」


 星光のベールが彼女の横顔に伸びて、その美しい右の瞳と目があった。


「また明日ね。それと最後に一つだけ、明日は面白いことになるわ」


 彼女は星屑の中に消えて、冒涜的なその匂いだけが彼女の通った線に残る。

 鼻孔を通ってゾクリと背徳的な欲望が湧き上がり、しかし何故か孝太郎は一瞬にそれを忘れ、平常心を取り戻すことができた。

 そして同時に抗えない眠気が彼を襲った。


「……俺はロリコンじゃない」


 ベッドに横たわるとそのまま瞼が落ちて、孝太郎はまた深い睡眠へと入っていった。

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