第18話 似合いの才能

 工房の奥には、ルクスで使われているマスケット銃や赤いコルクなどの作製所があり、そして一番奥には、紋様が浮かび上がった巨大な機械があった。

 球体と直方体が複雑に入り組まれるようにして作られたそれには、その一つ一つに紋様が走っており、そして制御盤に収束するように集まっていた。

 それはまるで、紋様だけを見れば葉脈のようでもあり、全体を見れば雨粒の垂れた蜘蛛の巣のようでもあった。


「これが、ルクスの防壁魔法の装置。骨で作られ、血で動く魔法装置か」

「はい。ただ、素材のすべてが骨というわけではありません。……これが設置され、これによって絶対防御が張られていることが、ルクスと魔人の協力関係の礎となっています」


 その巨大な機械の制御盤の前で二人は立ち止まった。そしてナジャはその下に安置されてあるマスケット銃を持ち上げて孝太郎に渡した。


「私があなたの手の上に私の手を乗せます。その状態で銃の魔術式を展開してみてください」

「わかった。えーと確か――」


 ――ヴェルメ――

 しかし、やはりマスケット銃は反応しなかった。


「はい。ありがとうございます。間違いないですね――」

「――孝太郎さんは自分の魔法に対抗魔法アンチマジックを無意識に行使しているんです」

「あんちまじっく?」


 孝太郎はさっぱり分からず、オウム返ししてしまう。


「はい。まず、あなたの魔法は強力です。加減が分からないとも言えます。強化する呪文を唱えなくても、強化された魔法が行使されてしまう。そしてそれは、このマスケット銃を一瞬で爆発させるほどの威力があります――」

「――おそらくあなたの無意識がそれに気付いていて、爆発してあなたがケガをしないように自分の魔法に、もしくは魔力の流れそのものに対抗する魔法を掛けていると考えます」

「それじゃあ爆発しないように手加減して、魔法を使えるようになれば、俺も銃で戦えるってことか?」

「はい。……しかしそれはあなたの才能の肝ではありません」


 ナジャは孝太郎の目を見て微笑んだ。

 ――この才能は、ちよさんを守るあなたに、とてもふさわしい。


「あなたの才能は、あなた自身、そしてあなたが守りたいと思うものを傷つけるものから守る才能です。あなたの才能は防御。防衛。結界の才能です」




 孝太郎は自分の魔力が込められたマスケット銃を片手に持ち、それを見つめる。


「……防御、防衛、結界ね。邪神の討伐に役に立ちそうにない気がするが。……詳しく説明してくれ」

「はい。あなたはこの銃に二つ魔法を掛けています。一つは起動のヴェルメ。そしてもう一つは無意識が掛けた対抗魔法。あなたの手の上で魔力の流れを感知したときに、同時にほぼ同量の魔力の流れがあったことで、それを理解できました。――」

「――そしてそれはこの銃の中で、今もらせんを描いて渦巻いています。徐々に減耗していき、最後にはきれいさっぱり同時に無くなってしまうでしょう。しかし、これは非常に魔力的に損をしています」

「まぁ、同時に二つ使ってるわけだもんな」

「はい。そしてこういった無意識の魔法というのは、無駄を嫌います。……銃を爆発させて、その爆発からあなただけを守るように魔法を使えば安上がりなんです。しかし、そうはならなかった――」

「――あなたの無意識は守る対象をあなた以外にも広げている」


 ナジャはそこで一呼吸し、話を続ける。


「そしてあなたは初日の邪神との戦闘で、魔力を大量に失い4日間も眠り続けていた。私はその日の戦闘記録を“星読み”で調べて、代表が気付かなかった不思議に気付きました。――」

「――あの日、ちよさんが邪神のコアを一瞬で溶かしつくすほどの巨大な熱球を、目の前を埋め尽くすほどの巨大な熱球を作りながらも、機体も代表もちよさんも、そしてあなたも、無傷だった。あの日ちよさんの熱球のその熱波に対して、あなたは対抗魔法を使い、結界を張って自分たちを守ったのです」

「あーだからあの時、あんなに近くに熱球があったのに熱を一切感じなかったのか」


 孝太郎はその時の記憶を掘り返す。たしかにあの巨大な熱球は、

 しかしまさか、それが自分の魔法によるものだとは。


「そしておそらく、あなたにはまだ何か才能があります。それも分かり次第、報告します」

「わかった。ありがとう。それで俺は、それを知ったうえでどうしたらいい」

「簡単です。この制御盤に手を当てて、ルクスを守ることに意識を集中してください。この制御盤は使用者の魔力も吸い取って結界を張ります。あなたの魔力量は絶大ですし、あなたの才能があれば、知識がなくてもピンポイントに結界を張ることができるでしょう。そして私はその間に来る邪神を殲滅する。以上です。……さあ、はじめましょう」




 制御盤に手を触れると、それはまるで生きているかのような生暖かい透明な液体でできていた。

 そして孝太郎の頭の中に、制御盤を通してルクス各地の光景が浮かぶ。

 ――すごいなこりゃ。……この景色のどこにでも結界を作れる。感覚で分かる。

 ルクスの港から350メートルほど離れた地点の上空に、迫る邪神が感知できた。これは装置の機能だろうか。


「孝太郎さん、邪神は今どのあたりですか?何体ですか?」


 足元においたスマホからナジャの声が聞こえる。それには魔術式が書かれた紙が貼られていた。


「今は港から300メートル、どんどんこっちに近づいてるぞ。そんで多分一体だけだ」

「あーあの見えてる奴だけですか。孝太郎さん、街に余波が来ると感じたら一瞬で結界を張ってください。――私は三瞬でしとめます」


 そしてナジャは一瞬で邪神の近くに移動し、次の一瞬で熱球を八つ作り出した。

 ――はっや!

 そしてその次の一瞬で邪神を八つ裂きにし、見つけたコアに熱球を集めてそれを溶かしつくした。

 その二瞬と三瞬の間に、孝太郎はルクスに結界を張った。グッと自分の中から魔力が減った感覚を覚えたが、眠たくなるほどではなかった。


「……これじゃ四瞬ですかね?孝太郎さん、思ったより早く終わったので、部屋で休まれてください。お疲れさまでした」

「……お疲れさまでした」


 相変わらずあっさりと倒せてしまって、孝太郎はまた拍子抜けするのであった。

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