第22話 通信終了
――少し前、ブリタン――
「西方より再び邪神襲来!!代表!本日ずっと来てますーー!!」
「おう!何回来ようがやる事は同じだ!気ぃ抜くなよー!気合い入れろー!」
ここは作戦司令室。
ウーの目の前には空中に浮いた多数のモニター。そして段となった司令室の下部には、パソコンのような何らかの機械端末があり、そこでは多数の魔人が慌ただしく作業している。
ブリタンに着いてから、ウーは再び羊柄のパジャマを着ていた。いつでもどこでも寝れるように、彼女はそれをずっと着ていた。
そして彼女の目元には、すっかりクマが戻っていた。
「マオちゃん!やっぱり私も戦った方がいいんじゃ……。みんなボロボロになって帰って来るのに、わたし、それを治すことしかしてないよ!!」
ウーの座る席の隣で車いすに座るちよが声を上げた。
ブリタリスに来たその日からずっと、朝も昼も夜も24時間、邪神は大陸に向けて押し寄せてきていた。
そしてちよはプリムと共に、傷ついた魔人を片っ端から治療しては、魔力を失い眠りにつくという忙しい毎日を送っていた。
「いいのいいの!みんなちよに助けられてる!ちよがいなかったらもう色々間に合わなくてボロボロだから!てかそろそろちよには、ちゃんと休んでもらわないと――」
「総代表!東方方面代表から入電!『こっちにも来始めたわ、たはーヤバー』だそうです!」
新たに通信が入り、開けた司令室に声が響いた。
「無視しとけ!あっちはまだ遠いから大丈夫だろ!」
「――代表!前線のガーデン閣下から緊急回線です!」
「まわせ!」
ずっとこの調子で通信が入り、ちよとウーはまともに会話する事すら困難な有様だった。
――あのおじちゃん……。
ちよがガーデンに会った時、彼は右腕を切断されていた。
止血だけをした状態でウーの元へ報告に来たガーデンを、ちよは涙目になりながらも慌てて治癒魔法をかけて治療した。
メキメキと音を立てて再生していく自分の腕を見ながら、彼は言った。
『ありがたい。ですが、もったいない。まだ私は動けますので。次からは動けないほどやられた者から、その力を使ってやってくだされ』
そしてとんぼ返りに彼は戦場へと戻って行った。
彼の言う通り、医療室に運び込まれる魔人は動けないほど衰弱し、今にも死にそうな者ばかりだった。
まだ動ける魔人は、簡易な治療を受けてすぐさま戦場へ戻って行く。
ちよは彼に言われた通り瀕死の魔人から治療し、そして魔力が余れば少しのケガでも治療した。
それをプリムにはたしなめられたが、彼女はそれをやめなかった。
――こんなになるまで何度も戦うなんて、おかしいよ。
『昔は、ルクスみたいな国が多くて、魔力も物資も潤沢で。向こう大陸に拠点をいくつか持ってて、“羽をもつ肉”に攻め込んだりしてたんだけどな。今じゃ治療すら節約しないとやってけない――』
『――この状況を打開するには、協力してくれる人間、国々を増やすしかないんだ』
ウーはちよにクマのついた顔でそう話した。
ちよはそんな魔人たちが心配でならなかった。
「代表。これは“羽をもつ肉”が本格的に我々を消しにかかっているとみて間違いないでしょう」
司令室にガーデンの声がこだまする。
騒がしい司令室に、彼の声はよく響いた。
「今までもそうだろ?そんなこと言うために緊急回線使ったのか」
ウーがいら立った様子で腕を組んだ。
それに対して冷静にガーデンが答える。
「今までとは違います。これまで奴にとって我々は羽虫と同じでした。自らにたかる煩わしい羽虫。目についたものから気まぐれに殺していた。しかし、今回やつは明確な意思をもって我々を駆逐せんとしています。……映像送ります。ご覧ください」
そして空中に浮かぶ多数のモニターの内の一つが大きく広がり、ガーデンから送られた映像を映し出した。
そこには無数の邪神が、“羽をもつ肉”の分身が、波打つように水平線を埋め尽くしてた。
まるでそれらが一つの生命であるかのように、巨大なうねりがこちらに向かってきている。
「――な、んだ、これ。こんなの……っ」
見たこともない光景に目がくらみ、組んだ両腕はだらんと垂れた。
ウーは脳裏に浮かんだ最悪のイメージを頭を振って振り払う。口に出かかった言葉を飲み込む。
しかしガーデンは無情に告げた。
「勝てません。対処できません。我々の今の物資、魔力、足りません。……全盛期でも互角がやっとでしょう。……私はこれより残存する全兵力をもってこれに当たります」
ハッキリと敗北を口にしてガーデンが続ける。
「最後の最後まで抵抗いたします。時間稼ぎはお任せください。代表は大陸に散らばる対“星落とし”の人員をブリタンに集めてください。
「――まてガーデン、それは」
「言い遅れましたが、これは別れの挨拶です。私は他の者より長く生きることができました。向こう大陸の我らの故郷、ついに見ることが叶わないのが残念です。では、良い最期を」
プツッと音を最後に、騒然としていた司令室に、波のように静寂が広がった。
ウーも、誰も彼も、湧き上がる絶望の臭いに、嗚咽さえ抑えて何も発さなかった。
「――マオちゃんエンドコールしなきゃ」
――ちよを除いて――。
「っ!!――
静まり返っていた司令室がウーの声に息を吹き返した。その場にいる全員が一気に動き出し、騒然と化す。
「ありがとうちよ!!うち心折れてた!まだ最期にはさせねーぞ!」
「うん!諦めちゃだめだよ――」
――それに、なんかわたし、負ける気しないなぁ。なんでだろ。
ちよはそう考える。自分が倒した邪神があまりにも弱かったからだろうか。ウーが絶望するほどの邪神の数を見ても、あまり脅威を感じない。
――わたし、のんきすぎるのかな。
「代表!!ルクスから緊急回線です!文書も来ています!」
「
そしてウーは渡された文書に目を通した。
「……ちよ。ルクスに行くぞ」
「えっ!?この状況でここを離れるの!?」
ちよが驚愕に目を丸くした。
「通信は全部、最終招集にまわす。……孝太郎も起きたし、うちは二人を会わせておきたい。――うちはルクスに行ってくる!三時間で戻る!」
「「はい!お気をつけて!」」
ウーの言葉に魔人たちが揃って返事をした。
彼らはみな、もう世界が終わると予感していた。
今まで必死に守っていた世界が、ついに終わる。それでも、意地で抵抗を続ける。
そしてウーの、世界が終わる前に兄妹を会わせておきたい、という気持ちを全員が理解していた。
「そんな……。いいの?」
「いいんだ。行こう、ちよ」
「うん……。みんな!三時間で戻ります!待っててね」
ちよの言葉に、魔人たちはみな、笑顔で応えた。
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