第14話 マーリィ03 魔大陸踏破

 わたしはとある峠道で立ち止まっていた。

 張り詰めた面持ちで、前方を眺める。


『マーリィよ、覚悟は決まったか?』


 頬を一筋、緊張の汗が伝った。


 ここは港へと向かう峠道。

 魔大陸カランディシュから、人類大陸カテルファーバに帰還するには、避けては通れない場所だ。


 しかしこの道を通るには、ひとつ大きな問題があった。

 この先には、殺戮アリキラーアントの大規模な巣があるのだ。


 殺戮アリはその名の通り、アリ型の魔物である。

 大きさは、わたしより少し小さいくらい。

 甲殻は堅く、強固なあごで岩すらも噛み砕く。

 そんなものが大挙して襲ってくるのだから、堪らない。


 わたしはこれから人類大陸に帰るところだけど、逆に人類大陸から魔大陸へと渡ってきた冒険者にとっては、ここは最初の試練となる場所だった。


『ほれ、どうした? いつまでも立ち止まっていても、仕方がなかろう』

「…………ん。やる」


 覚悟を決めて頷く。

 こんな所で足踏みしている暇は、わたしにはない。

 はやくアベルさまを、止めに行かないといけないのだ。


『なに、そう硬くなるな。特訓の成果は上がっておる。いまのお主の実力なら大丈夫じゃ。……たぶん』


 たぶんって何だ。

 そうは思ったが、言葉にして突っ込む余裕はない。


 まぁ実際、ここまでかなり無茶な特訓をしながら、魔大陸を横断していた。

 わたしだって、そこそこ強くなっているはず。


 神剣の柄を握りしめた。


「……いく!」


 わたしはアリの巣を突っ切るべく、駆け出した。




 全速力で駆ける。

 もし一匹のアリにも出くわさずに、このまま走り抜けることが出来れば、それがベストだ。


 しかしことはそう上手くは運ばない。

 前方に3匹の殺戮アリがいて、駆けてくるわたしに気がついた。


「ちっ……!」


 アリどもは、あごから生えた牙をカチカチと鳴らして、わたしを威嚇してくる。

 どうやら避けては通れないみたいだ。


「えやぁああああああああー!」


 神剣を振り被る。

 わたしの身の丈ほどもある剣を、大上段から振り下ろして、前方のアリの頭部に叩きつけた。

 硬い感触だ。

 力を込めて、無理矢理叩き斬る。


「キシャアアアアアアアアッ!」


 残りのアリが襲い掛かってきた。

 左右から2匹同じタイミング。


 咄嗟に右側からきたアリに、体ごと飛び込んだ。


「はぁあああああああああっ!」


 腹部を剣で貫き通してやる。

 それと同時に、わたしを激痛が襲った。


「ッ!? あうぅ!」


 左側のアリが、肩に食いついていた。

 肉を食い破られて、血が噴き出す。

 怪我のせいで、腕が持ち上がらない。


『マーリィ! 回復じゃ! 妾の力を使え!』


 アウロラさまの助言に従って傷を癒やす。

 神剣の力は絶大だ。

 すぐさま腕が動くまでに、肩の傷が回復した。


「キシィイイイイイイイイイッ!」


 わたしを噛んだアリが、また飛び掛かってきた。

 わたしは自分の体を支点にして、大きな弧を描くように剣を振り回す。


「このぉっ!」


 神剣がアリに直撃した。


「ギャッ!?」


 振り回した剣が左斜め下から、右斜め上方に抜け、殺戮アリの体を真っ二つに引き裂いた。


『うむ! 見事じゃ!』

「……はぁ、……はぁ」


 息を切らせて、大きく肩を揺らす。

 たった3匹相手でも、このザマだ。

 はやく、この道を抜けないと……。


『しかしなんじゃの。お主はなりは小さい割に、豪快な戦いかたをするのじゃなぁ』


 言われてみれば、アベルさまはもっと洗練された剣さばきで魔物と戦っていた。


 でもわたしには、そんな真似は出来ない。

 ひたすら神剣をぶん回し、敵を叩き斬るだけだ。


『おっと、追加の魔物がきよったぞ? 気をつけよマーリィ!』


 息を整える間にも、無数の殺戮アリが現れてくる。


 前から後ろから。

 右も左も。

 何匹ものアリに、周囲が包囲された。


「……はぁ、はぁ。……無理。殺される」

『いける、いける。お主には、この神剣アウロラがついておるのじゃ! 斯様なアリどもに遅れなど取らせぬわ!』


 殺戮アリたちは、あごをカチカチさせながら、わたしを威嚇してきた。

 いくつもの威嚇音が重なって、耳がおかしくなる。


『ほれマーリィ。構えをとれ。襲ってくるぞ!』


 泣き声を言っていても始まらない。

 こうなれば、やられる前に、やるしかない!


「てやぁああああああああああああああああっ!!」


 神剣を振りかざし、裂帛の気迫とともに魔物の群れに斬り込んだ。




「つ、疲れた……」


 よたよたしつつ、アウロラさまを杖にして歩く。

 わたしはぼろぼろになっていた。


『これマーリィ。妾を杖代わりにするでない』

「死ぬかと、思った……」


 どうにかこうにか道を抜けることは出来たけど、激戦だった。

 たぶん神剣の加護による回復力がなければ、3回くらい死んでいたと思う。


『な? 通れたじゃろ? 妾の言うとおり!』


 胡乱な目つきで剣をみる。

 このぼろぼろの姿が、分からないのだろうか。

 やっぱりアウロラさまの言うことは、いまいち当てにならない。


 そうこうしていると、遠くに港が見えてきた。

 これでようやく魔大陸とおさらばだ。

 嬉しくなって、小走りになる。


『相変わらず、小さな港じゃなー』


 わたしもそう思う。

 港には数軒の家と、小さな波止場がぽつんとあるだけだった。

 でも魔大陸に好き好んで定住する人間もいないだろうし、まぁこんなものなのかもしれない。


 波止場のすぐそばにある、船乗りの詰所に向かう。

 なかの男に声を掛けた。


「おい。おまえ」

「ああ? なんだ、小娘? お前だぁ? 目上のもんに対する、口の聞き方も知らねえのか?」


 いきなり凄まれた。

 短気な男である。


「って、ガキてめえ、誰かと一緒じゃないのか? こんな十歳やそこらの小娘が、魔大陸でひとり?」


 十歳?

 この男の目は節穴だろうか?


「わたしは十二歳。いいからはやく船をだせ」

「はぁ? 船だあ? 次の便は十日後だ。乗りたいならそれまで待て。あと金は持ってるんだろうな?」


 十日後……。

 そんなには待てない。

 どうしようか。


 とりあえず船乗りを脅してみることにした。

 神剣を男の首筋に突きつける。


「ひぃっ!?」

「すぐに出せ。……あとお金はない」

『これ! 妾を脅しに使うでない!』

「アウロラさまは、黙ってて」


 船乗りの男が、驚いて両手をあげた。

 神剣から放たれる圧力に怖じ気づいたのだろう。

 引き攣った笑みを浮かべている。


「な、なんなんだよ!? この間の死んだ目をした男といい、てめえといい、魔大陸から船に乗るやつは、こんなのばかりなのかよ!」

「……死んだ目をした男?」


 もしかしてアベルさまだろうか。

 でもアベルさまは、優しい目をしているから、人違いかもしれない。

 気になったから聞いてみると、特徴がアベルさまと合致した。


 黒い髪に黒い瞳。

 そんな珍しいひとは、アベルさまの他にはあんまりいないだろう。

 わたしも黒髪ではあるけど、瞳は赤い。


「あの死んだ目の男も、いきなり殴ってきやがるし、お前も会ってすぐ、剣を突きつけてきやがるし!」

「御託はいい。船をだす? ださない?」

「出す! 出せばいいんだろ! 出すからその剣を下ろしてくれ!」

「……わかればいい」


 神剣を下ろす。


『む、無茶苦茶じゃのう、お主……』


 なにを言うのか。

 わたしは急いで、アベルさまの下に行かなければいけない。

 なら手段なんて選んでいられない。

 要は目的さえ達成できれはいいのだ。


 こうしてわたしとアウロラさまは、無事船に乗り、人類大陸へと渡った。

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