第23話 アベル15 仮面の少女
闘技場、本戦トーナメント。
AブロックからHブロックを勝ち抜いた8人で争われるトーナメントだ。
マントで体を覆い、仮面で顔を隠した俺は、対戦相手のGブロック代表選手とともに、闘技場の舞台に立つ。
観客が湧いた。
「あいつだぜ! 予選でマッサンを一撃で倒したのは!」
「まじかよ!? そりゃ優勝候補じゃねえか!」
「なんて名前なんだ? えっと……Hブロック34番『ネームレス』? なんだこりゃ?」
「ああそれな。無記名の選手はそうして登録されるらしいぞ?」
客席からの歓声が頭上に降り注ぐ。
だが俺はそんなものはどうでもいい。
貴賓席にヒューベレンを探す。
だがあの悪鬼の姿は、どこにも見つけ出すことが出来ない。
行方を眩ましたあいつさえ見つけることができれば、こんな下らない茶番などに付き合う必要はなくなるものを……。
「ちっ、仕方ない」
3回勝てば優勝。
そうすればヒューベレンのやつとの特別試合が組まれる。
ふたりきりになるチャンスがあれば良し。
そうなれば、その場で殺してしまおう。
最悪ふたりきりになれずとも、試合を装ってなぶり殺しにすることは出来るだろう。
観衆の目は多少気になるが、後のことはそのとき考えればいい。
随分と自我が薄れてきている。
俺にはもう時間がないのだ。
「両者前へ! ルールはひとつ! どんなことをしても、己が手で相手を倒したほうの勝ちだ!」
試合が開始された。
俺は気勢を上げて飛び掛かってきた相手を、軽く一捻りした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一回戦、二回戦と本戦トーナメントをなんなく勝ち抜いた。
神剣を失い弱体化したとはいえ、俺は腐っても元勇者だ。
この程度の試合を勝ち上がるなど、造作でもない。
それに失った神剣に代わり、胸のうちからわずかに漏れ出す魔王の力が、俺の身体能力を尋常ではなく上昇させている。
負ける要素がない。
「これより決勝戦を執り行う!」
審判の声を聞き流しながら、遠目に貴賓席や来賓席をながめる。
やはりヒューベレンの姿はない。
どうやらあいつは、特別試合まで徹底して姿を隠しきるつもりらしい。
臆病なことだ。
「両者前へ!」
意識を決勝の対戦相手に向けた。
マントの隙間から細い体がチラリと覗く。
意外なことに相手は少女だった。
「ひゅー! ダークホース同士の決勝戦か!」
「どっちもネームレスで仮面にマント! 今年の大会は大荒れだな!」
「ちっこいの! がんばれよー!」
小柄な少女だ。
彼女は自分の身の丈ほどもある剣を構えた。
艶のない真っ黒な刀身。
初めてあったはずの少女と刀に、不思議な懐かしさを覚えた。
いや、一度どこかですれ違ったことがあるか。
まぁどうでもいい。
「それでは決勝戦! はじめ!」
決戦の火蓋が切られる。
合図とともに仮面の少女が飛び掛かってきた。
「えやぁあああああああああああああ!」
はやい!
なんとなく感じていた既視感を振り払い、戦いに集中する。
大きく弧を描いて襲いくる黒刃を、スウェーバックで躱す。
すると少女はそのままコマのように体を回転させ、連続攻撃を仕掛けてきた。
「たぁあああああ! やぁあああああ!」
まるで小さな竜巻だ。
乱雑で荒々しい攻撃ながら、速度は一級品である。
威力も十分。
「うひょー! 相変わらず派手な攻撃だぜ!」
「予選ブロックはあれで対戦相手を一掃したんだ!」
観客席が盛り上がりを見せている。
たしかにこの竜巻のような攻撃は、未熟な戦士には脅威的に映るだろう。
……だが俺には通じない。
むしろ動きが大き過ぎて、太刀筋が読みやすくすらある。
「……ふっ!」
攻撃の合間を縫って、支点となる少女を蹴り飛ばした。
「あぅ!」
回転中に背中を強打された彼女は、吹き飛び、ごろごろと地面を転がる。
かと思うとすぐに体勢を整え、地に手足をつけ四つん這いにながら飛び掛かってきた。
「らぁあああああああああ!」
猛る少女はさながら獣だ。
吠えながら真っ直ぐに向かってくる。
這うように垂直に、刀を地面から天に向かって振り上げてきた
その切っ先が俺のあごを掠めていく。
「く、くくく……」
思わず笑みがこぼれた。
こいつは強い。
いままでの相手とは格が違う。
小さいながらも、強敵だ。
少し本気を出して遊んでやりたくなった。
こんな風に戦いに愉悦を感じてしまうあたり、やはり俺の魔王化は随分と進行しているのだろう。
だがわかっていても止められない。
押さえ込んでいた破壊衝動を、少しばかり解き放った。
漏れ出した瘴気が俺を包み込んでいく。
「――ッ!?」
俺の変化を敏感に感じ取った少女が、大きく飛び退いた。
危機察知の本能も持ち合わせているらしい。
本当に優秀な少女だ。
もしかすると、かつて勇者パーティーだったメンバーに匹敵するほどかもしれない。
「……少し、遊んでやる」
くつくつと嗤いながら一歩を踏み出す。
少女の頬を一筋の汗が伝った。
固めた拳を少女の肩に打ち付ける。
細い体を蹴りあげる。
「くくく……。どうした……? かかってこい」
試合は一方的な展開を見せ始めていた。
「あぅぅっ!」
攻め立てているのは俺だ。
彼女の体を殴りつけ、痛めつける度に、胸の奥から黒い衝動が湧き上がってくる。
もっとだ。
もっとこの小さな敵を嬲りたいと、暗い愉悦が湧いてくる。
「このぉお!!」
少女が反撃してきた。
鎖骨へ向けて袈裟懸けに剣を振ってくる。
だが俺は手の甲で剣の腹を叩いて弾いた。
「……ちぃ! こいつ、無茶苦茶つよい」
「くはは……。ほら、隙だらけだ」
お返しに彼女の鎖骨へと肘を撃ち込んでやった。
「あぐぅぅ!」
骨を砕いた心地の良い感触が、肘へと伝わってきた。
少女が鎖骨を押さえて蹲る。
実に愉快だ。
もっと嬲りたい。
いっそ殺してしまうのはどうだろうか。
痛みに耐えながら逃げ回る少女を追い詰め、小さな体を持ち上げる。
「うぐぅ……。こ、こいつめぇ……」
「ぐるゥ……、くくくく……」
少女の足が大地から離れた。
そのまま彼女を殴りつける。
肩を、腕を、腹を、脚を、何度も何度も殴りつける。
殴る度に、胸に生まれた愉悦と殺意が、より鮮明になっていく。
「ぅう……、ぁう……」
顔を殴ると仮面が吹き飛んだ。
「どうした? 抵抗しろ。……俺を楽しませろ」
少女の顔が露わになった。
「――――ッ!?」
現れた素顔に驚愕する。
信じられない。
何度も少女の顔を見た。
どうして!?
どうして彼女がここにいる!?
わけがわからない。
頭を振って、そして気付く。
俺はいま、なにをしていた?
どうして嗤いながら、彼女にこんな酷い真似を……!?
……マーリィ。
魔大陸に置き去りにしてきた彼女。
アウロラが今際の際の大切な時間を使って、裏切り者たちから逃がした奴隷の少女。
生きていたのか……。
その瞬間、あの日の光景がフラッシュバックした。
マーリィの小さな体を持ち上げ、楽しそうに顔を殴りつけるヒューベレン。
その姿が、己に重なる。
「……あ、……お、俺は……」
思わず棒立ちになった。
しかし胸から湧き出した破壊衝動はそのままだ。
マーリィを殺してしまえと俺を囃し立てる。
「……ぐぅぅ、……だ、ダメだ……! そんなこと……!」
「……? こいつ、どうした? とにかくチャンス!」
葛藤しだした俺の隙をついて、マーリィが攻撃してきた。
思わず持ち上げた手を離す。
解放された彼女が、地面にトンと足をついた。
「たぁああああああああああああ!」
ここが決めどころと踏んだのだろう。
マーリィが死力を振り絞って攻撃してくる。
その攻撃を捌きながらも、彼女と過ごした日々を思い浮かべる。
アウロラと一緒にマーリィを連れ、3人で旅をしたあの日々。
彼女たちはよく喧嘩をしていた。
でもどこか仲よさそうな。
そんなふたりを微笑みながら見守った。
いまとなってはもう、望みようのない暖かな時間。
熾烈な攻撃を躱し、湧き出す破壊衝動に流されてマーリィの頬を殴りつける。
吹き飛んでバウンドした彼女は、やはりすぐに立ち上がり、強い意思を宿した瞳で俺を睨みつけてくる。
「わたしは、まけない! アベルさまより先に、裏切り者を倒すんだ! これ以上、アベルさまの手を血に染めさせない!」
マーリィの標的はどうやらヒューベレンらしい。
そういえば手にした黒い刀。
あれは神剣ミーミルを、黒く染めている?
そうか。
マーリィが次の神剣の勇者に選ばれたのか。
「……ぐルゥ……、マーリィ……」
彼女が生きていて本当に良かった。
ただひとりこの世に残された、俺が『僕』であったころを知る少女。
僕とアウロラとマーリィ。
幸せだったあの時を知る、ただひとりの少女。
殺したくない。
でも殺したい。
暴れまわる殺意をなんとか抑え込む。
だがもう抑えが効かない。
狂気を振りまくことの愉悦は、もはや頂点に達した。
意識が霞がかかっていく。
いまの俺は目の前の少女を、マーリィを叩きのめすことしか考えられない。
「おまえは、わたしの邪魔をするな!」
マーリィが特攻してきた。
隙だらけだ。
殴り飛ばして下さいと言わんばかりに無防備な姿。
獲物を前にして、ドクンと胸の奥で無限の闇が脈動し始めた。
腕を振り上げ、拳を握る。
固めた拳に、破壊の力が満ちていく。
「やぁああああああああああああああ!」
「ぐるぅオオオおおおおおォォおお!!」
向かってくる少女に向けて、拳を放った。
神剣を弾き、唸りを上げ、破壊の力がマーリィに向けて解き放たれる。
――だめだ!
だめだ、だめだ、だめだ、だめだ!
これをマーリィにぶつけるわけにはいかない。
そんなことをしては、マーリィが死んでしまう。
自らの意思で魔王の殺意を封じこめ、なんとか拳をそらした。
破壊の力は大地に向かって解き放たれ、クレーターのように大きな穴を穿った。
地震でも起きたかのように闘技場が揺れる。
激しい土煙があがった。
派手好きな観客たちが、みな一様に言葉を失っている。
マーリィを見た。
「こ、こんな……」
あまりにも強烈な破壊の力を前にした彼女は、呆然としていた。
彼女の無事を確認した俺は、安堵の息を吐く。
「ぐルぅゥ……。こ、これ以上は……」
これ以上やれば、確実にマーリィを殺してしまう。
試合には負けることになるが仕方がない。
俺は大きく跳躍して、戦いの場から姿を消した。
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