第22話 アベル14 闘技場

 北の軍事国家シグナム帝国へとやってきた。


 目的はひとつ。

 次はヒューベレンを断罪する。

 やつはここ、帝都オリオネにいるはずだ。


「……以前来たときとは、様子が違うな」


 独りごちて辺りを見回す。

 帝都は物々しい空気に包まれていた。


 味気ない煉瓦造りの赤茶けた街並み。

 その各所に、殺気だった帝国兵が立っている。


「……ッ、痛ぅ!」


 予兆もなく、胸が疼いた。

 すぐに疼きは痛みに変わり、全身に広がっていく。


「ぐぅ……、ぐるゥ……」


 これは魂を侵食される痛みだ。

 ラーバンを倒すのに、魔王化したのが不味かった。

 ゆっくりと着実に、俺は魔王に堕ち始めている。


 胸を押さえ、痛みを引くのを待つ。

 ようやくおさまってきた。


 この痛みは良くない兆候だ。

 もうあまり時間は残されていない。

 はやく復讐を完遂しなければ……。


 通りを歩きながら、噂話に耳を傾ける。


「……おい、聞いたか? あの話」

「英雄殺しの殺戮者の話か?」

「ああ、酷え話もあったもんだぜ……」


 都の人々はみな、しかめっ面をしていた。

 俺が殺したクローネとラーバンの話が、もう帝国国民の間にまで知れ渡っているらしい。


 どうやらのんびりとヒューベレンを探し回る暇はなさそうだ。

 街に入ったばかりではあるが、早速情報屋のもとに向かうことにした。




「知らねえ! ほんとに俺は知らねえんだ!」


 裏路地でひとりの男を締めあげる。

 こいつは帝都オリオネを根城にする情報屋だ。


 以前利用したこともある情報屋なのだが、この男、情報を出し渋る癖があった。

 だからこうして締めあげて、情報を吐き出させているのである。


「……ぐぅう、隠し事は身のためにならんぞ?」


 魂が闇に染まりつつある影響か。

 どうにも気持ちが殺気だってしまう。


「隠してねえ! 本当にヒューベレンのやつは行方を眩ましちまったんだよ! だからもう、これ以上殴るのはやめてくれ!」


 情報屋が必死なって懇願してくる。

 その姿に嘘の色は見られない。

 こいつは本当に、ヒューベレンの居場所を知らないようだ。


「あっ、でも……」


 男がなにかを気づいたようだ。


「なんだ? 知っていることはすべて吐き出せ」

「ぐぇえ……。言う! 言うから離してくれ!」


 情報屋が吐いた話はこうだ。

 近く帝都の闘技場コロセウムで、トーナメントが開催される。

 これは年に一度のお祭りみたいなもので、帝国国民はみんな楽しみにしている。


 特に今年はトーナメントの優勝者と、ヒューベレンが特別試合で戦うことになっているから、例年以上の盛り上がりをみせることは間違いないだろう。


「……その特別試合に、ヒューベレンのやつは必ず顔を見せるのか?」

「そこまでは知らねえよ! でもこいつぁ皇帝陛下主催のイベントだ! たとえ英雄ヒューベレンでも無視することは出来ないだろうぜ!」


 なるほど……。

 ならそのトーナメントを勝ち抜けば、ヒューベレンの前に立つことが出来るのか。

 衆目に晒されることになるが、贅沢は言っていられない。

 俺にはもう、時間がないのだ。


「トーナメントについて、教えろ」


 なんでもトーナメントは誰でも出場できるらしい。

 参加資格は、ただひとつだけ。

 なにが起きても、たとえ死ぬことになろうとも異存はない。

 そういう誓約書にサインをすれば、誰でも出場できるということだ。


「……グるゥ、……ヒューベレンッ」


 気が逸る。

 はやくあいつを殺したい。


 掴んでいた男の胸ぐらを離した。

 情報屋はほっと息をして、その場に尻餅をついた。

 俺はその足で闘技場へと向かった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 闘技場トーナメントの開催日になった。


 予選はAブロックからHブロックの8つにわけて、バトルロイヤル方式で参加者を振るいにかけるらしい。


 俺はHブロックに振り分けられた。

 各ブロックを勝ち抜いた8人で、本戦トーナメントが行われる。


 俺はトーナメント自体には興味がない。

 ただヒューベレンのやつを殺す機会が、ここしかないから参加しただけだ。


「ふぅっ、ふぅう……! やってやる! 今年こそ本戦出場を果たしてやる!」

「げぇ……。おい、あいつ見てみろよ」

「前回トーナメント準優勝のマッサンじゃねえか」

「ついてねぇ。あいつもHブロックなのかよ……」


 ここはHブロックの控室だ。

 辺りが騒々しい。

 だが俺はそんな周囲の喧騒をよそに、瞳を閉じて俯いた。


「ふぅぅ……」


 大きく息を吐いて、気持ちを落ち着ける。

 気を抜けば暴れ出してしまいそうだ。

 意識を胸の奥に集中し、自分を保つ。


 ふいに脳裏にヒューベレンの姿が思い浮かんだ。

 意識が黒く染まっていく。

 どうやって殺してやろうか。

 楽に殺したりはしない。

 あいつを惨めに這いつくばらせてから、すべての尊厳を踏みにじり、殺してやる。


 そのとき、わっと観客が湧いた。


「うおー! 凄えぞ、あのガキ!」

「ま、まじで勝ち抜いちまった!」


 ここ控室まで歓声が届いてくる。

 暗い妄想に耽っていた俺は、その声に意識を引き戻された。


「なんだ? いまAブロックの試合中だろ?」

「なにかあったのか?」

「大番狂わせだ! なんでも十歳そこらのマスクをした小娘がAブロックを勝ち抜いたらしいぞ!」

「な、なにぃ!? 冗談はやめろ!」

「ほんとだって! なんでも小さな体で真っ黒な刀を豪快に振り回す剣士らしいぞ!」


 周囲が騒がしい。

 俺は辺りの声を意識的にシャットアウトし、再び内から湧いてくる破壊衝動を抑えることに集中した。




「それではHブロックの試合を開始します!」


 俺たちの番になった。

 俺はマントで体を覆い、手に入れた仮面で顔を隠している。

 手には34番とナンバーが振られた手袋をはめている。

 予選ブロックでは、各選手は番号で管理されるシステムらしい。


 広い闘技場に、50人ほどの選手が集まっている。

 手に持った獲物も様々だ。

 片手剣から両手斧、鎖鎌に弓を背負っている者までいる。

 かく言う俺は無手だ。

 必要があれば、適当な相手から武器を奪って使うつもりである。


「ルールはひとつ! 最後まで立っていた者が勝者です!」


 観客が湧いた。


「マッサン! 今年こそ優勝期待してるぞー!」

「巨大ハンマーで皆殺しにしてやれー!」


 物騒な声援が飛び交う。

 応援の声を向けられている選手を眺めた。


 でかい。

 並みの成人より頭ふたつ分は大きい。

 背だけではなく、横にも太い。

 マッサンと呼ばれた男は、はち切れそうな筋肉の鎧を身にまとい、巨大な鉄のハンマーを担いでいた。

 威風堂々とした佇まいで、周囲の戦士たちを圧倒している。


「それでは試合を開始します。……はじめ!」


 号令とともに、Hブロックのバトルロイヤルが幕を開けた。




 開始直後、選手たちが示し合わせたようにマッサンに襲い掛かった。

 まず最初に強者を潰す。

 バトルロイヤルの常套手段だ。


 しかし巨漢の戦士は狼狽えない。

 肩に担いだハンマーを両手に構え、周囲を薙ぎ払うように振り回した。


「ぐぅおおおおおおおおおおおおお!」


 マッサンが吠えた。


「うぎゎあ!」

「あぼぅぉ!」

「ぎゃへぴ!」


 人間が小枝のように宙を舞う。

 彼らとて仮にも闘技場の舞台に立った戦士である。

 ひとりひとりが鍛え上げられ、引き締まった体をしている。

 しかしマッサンは暴風のようにハンマーを振り回して、まるで木の葉でも舞い上げるように選手たちを倒していく。


「いいぞぉ、マッサン!」

「今年こそはお前が優勝だー!」


 50人からいた選手が次々と脱落していく。

 あっという間に立っているのは、俺とマッサンのふたりだけになっていた。


「……あとは、お前だけだ」


 巨漢の戦士が俺の目の前に立った。

 高みから見下ろしてくる。


「仮面の戦士よ、覚悟はよいな?」


 マッサンがハンマーを振り上げた。

 ごうっと唸りを上げて、鉄槌が俺の頭を目掛けて振り下ろされる。

 しかし俺は無造作に手を振り上げ、襲いくるハンマーを片手で受け止めた。


「な、なにぃ!?」

「……ぐるゥ、いまの俺は、危険だぞ? 手加減をしてやれそうにはない」


 ちょうどいい。

 先程から耐えている破壊衝動を、すこしこの男にぶつけてやろう。

 体から僅かに瘴気が滲み出る。


 受け止めたままのハンマーを握った。

 鋼鉄製のそれが、握力だけで粉々に砕け散る。


「ば、馬鹿な!? 我が巨鉄槌が!? こ、このような真似……!」

「さぁ、歯を食いしばれ。覚悟が足りなければ、死ぬぞ……」


 腕を振り上げた。

 握った拳には破壊の力が満ち満ちている。


「ぐルぅおオオおおおおおッ!」


 動揺し、隙だらけになった胴体に拳を叩き込む。


「ぬぅ……!? な、なんと凄まじい威力か! ぐ、ぐはぁ……!!」


 マッサンの巨躯が吹き飛んだ。

 水切りで投げられた石のように、地面を何度も跳ねながら水平に吹き飛んでいく。


「が、がはぁ……!」


 殴り飛ばされた巨体が、闘技場の壁に激しくぶつかった。

 全身を強打したマッサンは、崩れ落ち、白目を剥いて動かなくなった。


「…………え?」

「……あ、あれ?」


 観客が静まり返った。

 目の前で起きた圧倒的な暴力に、声すら出せないでいる。


「しょ、勝者! さ、34番!」


 審判が俺の勝利を高らかに告げた。

 それを切っ掛けにして、唖然としていた観客たちが我に返る。


「す、すげえ! すげえ! すげえ! すげえ!!」

「なんなんだ、アイツ! マッサンを一撃かよ!?」

「あんなやつノーマークだったぞ!?」


 驚嘆の声が歓声に変わっていく。

 割れんばかりの喝采が、俺の頭上に降り注いだ。

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