第24話 マーリィ05 感覚共有

 アベルさまの足跡を追い、北の軍事国家シグナム帝国へとやってきた。


 とはいえ帝国は広い。

 アベルさまはヒューなんとかいうあの刺青ハゲを狙っているだろうから、ここ帝都オリオネにいるとは思う。

 でもそれ以上のことはわからない。


「アウロラさま、どうすればアベルさまに会える?」

『うーむ、そうじゃのう……』


 ふたりして頭を捻る。

 けれどいい案が浮かばない。

 仕方がないので、先に宿の手配をすることにした。


 赤茶けた煉瓦造りの街並みを歩く。

 どこかにいい宿はないだろうか。

 きょろきょろしながら歩いていると、楽しそうに話す帝都民たちの噂話が聞こえてきた。


「楽しみだなぁ、年に一度の闘技場トーナメント!」

「お前は誰に賭けるんだ?」

「前回準優勝のマッサンか、前の優勝者、幻影剣のトマスあたりだな。オッズを見て決める」


 なんの話だろう。

 それより街のみんなが生き生きとしてるけど、普段からこうなんだろうか。

 アウロラさまに聞いてみた。


『いや、前に来たときよりも街に活気があるのじゃ。なんでだろうなぁ?』

「なんかイベントがあるみたい」

『それよりもマーリィ。ほれ、向こうに宿屋があるぞ。あそこでどうじゃ?』


 通りの反対側に目を向ける。

 こじんまりとした宿屋があった。

 でも小さいながら食堂というか酒場も併設してあるしみたいだし、ここにしてもいいかな。

 ドアベルを鳴らしながら、宿屋の玄関をくぐった。




 客室内でベッドに腰を下ろす。

 さきほど宿のおばさんから聞いた話を思い出した。

 いまの時期の帝都は、年に一度のお祭りイベントで盛り上がっているらしい。

 なんでも闘技場で、トーナメントが開催されるのだそうだ。

 しかも……。


『マーリィよ。先ほどの話じゃが、トーナメント優勝者は特別試合としてヒューベレンのやつと試合が組まれるという……』

「ん。聞き捨てならない」


 あの刺青ハゲには恨みがある。

 まぁそれは置いておくとしても、あいつはアベルさまに繋がる唯一の手がかりだ。


『ちょっと考えたんじゃがな。ヒューベレンを見張っておれば、アベルが現れるのではないか?』

「わたしもそう思う。でもそれより……」


 あいつはアベルさまの復讐対象でもある。

 アウロラさまが言うには、アベルさまは復讐の果てに、魔王と化してしまうらしい。

 そうなればアベルさまの魂は、永劫の苦痛に苛まされることとなる。

 だからわたしは、アベルさまが魔王に堕ちてしまうのを阻止しなければならない。


「……あのハゲ。アベルさまが復讐するより先に、わたしが殺す」

『ふむ。なるほど……』


 こっちで先に始末してしまえば、アベルさまは復讐が出来なくなる。

 そうすれば魔王化も食い止められるし、わたしやアウロラさまの個人的な恨みも晴らせるし、万々歳なのだ。


「どう?」

『うむ! それは良き案じゃ。ヒューベレンめのハゲ、妾たちが先に葬ってしまおう!』

「ん……! 殺ってやる!」


 刺青ハゲの居場所はわからないから、特別試合を狙おう。

 となればわたしもトーナメントに参加しないと。

 宿を出て、闘技場へと向かった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 トーナメント予選。

 わたしはAブロックに割り振られていた。

 控室で試合の開始を待つ。


「そうだ。これどうしよう。隠したほうがいい?」


 神剣を見つめる。

 もしあの刺青ハゲにこのを剣を見られたら、警戒されるかもしれない。

 そうでなくとも淡く輝く真っ白なこの剣は目立つ。

 顔は仮面で隠したけど、剣もなんとかしたほうがいい気がした。


『ああ、そのことか。ちょっと待っておれ。ふぬぬぬぬ……』


 神剣の輝きが収まっていく。

 それどころか純白だった刀身が、黒く変色していく。

 あっという間に剣は、闇を溶かし込んだみたいに真っ黒で艶消しの剣になった。


『どうじゃ! 妾に掛かればこんなものじゃ!』

「すごい。さすがアウロラさま。腹黒いだけある」

『腹黒……って、なんじゃと!? お主はいつも、一言余計なのじゃ!』


 怒り出したアウロラさまは放っておく。

 とにかくこれで準備は万端だ。




 予選はなんなく突破できた。

 わたしだって日々の鍛錬は欠かしていない。

 こうしてアベルさまを追いながらも、修行をして強くなっているのだ。


 本戦1回戦。

 Bブロックを勝ち抜いてきた対戦相手も大したことはなかった。


「わりと楽勝」

『これマーリィ。気を抜くでない。そうやってすぐに油断するのは悪い癖じゃぞ』


 そうは言われても、こうも手ごたえがなくては。

 次の2回戦の相手を確認する。

 なんでも前回のトーナメント優勝者らしい。

 名前はト……、トマ……、トマなんとか。

 どれだけ強いのか、ちょっと楽しみだ。




 本戦トーナメント2回戦。

 仮面を被り、マントを羽織って闘技場に入った。

 わっと観客が湧いた。


「来たぞ、Aブロック23番のネームレス!」

「まさかあんな小娘が、ここまで勝ち上がってくるなんてなぁ!」

「がんばれよ、大穴ぁ! 俺はこの試合、お前に全財産つぎ込んでんだ!」


 闘技場の中央に立ち、対戦相手の入場を待つ。

 わたしに遅れることしばし。

 相手の選手が、姿を現した。


「大本命のお出ましだぁ!」

「幻影剣のトマス! 昨年の覇者!」

「昨年だけじゃねえぜ! 拳王ヒューベレンが魔王討伐の旅に出てから、ずっと闘技場を盛り上げてきたのは、トマスだ!」

「きゃあきゃあ! トマスさまぁ!」


 客席は凄い盛り上がりである。

 随分と人気のある選手なんだろう。

 少し興味が湧いて、対戦相手を眺めてみた。


 金の長髪で細マッチョ。

 割りと容姿は整っているけど、アベルさまのほうが断然カッコいい。

 キザっぽいそいつは手を振って歓声に応えている。


『……なんというか、すかした態度が鼻に付くやつじゃの』

「気が合う。わたしもそう思ってたところ」


 なんとなく金髪細マッチョを眺めていると、何を思ったのか、細マッチョがわたしを流しみてウィンクをしてきた。


「うげぇ……」

『な、なんじゃ、いまのは……?』


 さらに投げキッスで追撃してきた。

 寒気がして全身の肌がぞわぞわと粟立つ。


 精神に大ダメージだ。

 意外と強敵かもしれない。

 こいつは侮れない。


「さぁ、子猫ちゃん。仮面の下の可愛いお顔を、この僕に見せておくれ」

「きゃあああああ! トマスさまぁああああ!」

「貴方様の子猫ちゃんは私ですわぁああああ!」


 客席から降り注いだ黄色い歓声が、頭上を飛び交う。

 気持ち悪い。

 もう限界だ。

 さっさと倒してしまおう。


「それでは試合を始める! 両者前へ!」


 闘技場中央で金髪細マッチョと向き合う。

 やっぱり気持ち悪い。


「子猫ちゃん? 僕は拳王ヒューベレンと対戦できる特別試合を楽しみにしているんだ。ベイビーには悪いけど、手は抜いてあげられない。だから早めに降参することをお勧めするよ」

「うるさいバカ。死ね」


 細マッチョが目を丸くした。

 頬を引きつらせながら、長い金髪を搔き上げる。


「は、はは……。これはまた、口の悪い子猫ちゃんだね?」

「黙れキチ◯イ。お前は気持ち悪い」


 金髪細マッチョのこめかみがピクピクと動いた。


「お、お仕置きが必要なよう――」

「臭いから喋るな。勘違いブサイク。お前なんかより、アベルさまのほうが百倍かっこいい」

『こ、これ、マーリィ……。まぁ同感じゃが』


 トマなんとかの目がつり上がった。

 完全に頭にきたようだ。


「試合前の私語は慎みなさい!」


 審判がわたしたちの間に割って入る。


「ルールはひとつ。どんな方法でも、己が力で相手を倒したほうの勝ちだ」


 審判に頷いてみせた。

 見れば金髪細マッチョも、軽薄な優男の目から戦士の目つきにかわっていた。


「それでは、……試合開始!」


 合図と共に、勢いよく斬りかかった。

 神剣を大きく振りかぶって、細マッチョに叩きつける。


「うらぁあああああああああ!」

「……ふ!」


 細マッチョの姿が掻き消えた。

 かと思うと背後に現れ、剣で斬りつけてきた。

 その刃をギリギリで躱す。


「い、いまのはなに!?」


 刀身が見えなかった。


「ふふふ、驚いたかい子猫ちゃん? これこそ秘技幻影剣! 拳王ヒューベレンに雪辱を果たすために、僕が編み出した、不可視の魔剣さ!」

「く……、バカのくせに……!」

「僕はバカじゃない! さぁ、存分に我が幻影剣を味わうがいい! そして舞い踊れ! 素敵なダンスを僕に披露しておくれ!」

「うざいから話しかけるな」


 話ながらも相手の剣撃は止まらない。

 見えない剣。

 たしかにこれはやっかいだ。

 間合いが測りにくくて仕方がない。


『のう、マーリィよ?』


 アウロラさまがのんびりとした口調で話しかけてきた。


「なに? いま忙しい!」

『いや、見えぬって、このすかした金髪の男の剣が見えないのか?』

「そう!」

『はて? 妾には普通に見えるぞ? いや剣になった妾が"見える"というのも、おかしな話ではあるが』


 なんだって?

 わたしには今も見えていないけど、アウロラさまには見えている?


「どういうこと?」

『うーむ、ちょっと待っておれ。調べてみよう。……うむむ。こやつの剣自体にはなんの仕込みもなさそうじゃの。剣の周囲にも異常はなし。となると……わかったのじゃ!』


 アウロラさまがピコーンと閃く。


『わかったぞマーリィ! お主の状態がおかしくなっておる! いまお主は、催眠状態になっている!』

「催眠……!?」


 もしかして、試合開始前の会話でなにか仕込まれた?

 全然気付かなかった。

 でも少し感心してしまう。

 色んな闘いかたがあるものだ。

 ちょっと楽しくなってきた。


『マーリィよ。妾と感覚を共有するかえ? さすれば催眠もとけるじゃろう』

「そんなことが、できるの?」

『うむ。簡単ではないがの。だがいまのお主なら可能だろう』

「なら……共有する!」


 即断即決。

 わたしはアウロラさまの提案を受け入れた。


『よし! ではやるぞえ!』


 神剣から力が流れ込んでくる。

 脳が活性化していくような感覚。

 視界がぱぁっと開けて、聴覚、触覚、五感が研ぎ澄まされていく。


「ふふふ、さぁベイビー! そろそろダンスの時間はお終いにしよう!」


 金髪細マッチョが剣を振り下ろしてきた。


「……見えた!」


 催眠状態が解けた。

 それどころか、細マッチョの剣の描く軌跡が、まるでスローモーションのように感じられる。


『よし! うまく繋がったのじゃ!』


 すごい……。

 これがアウロラさまの見ている世界……。


 わたしは襲いくる刃をなんなく躱し、細マッチョの懐に潜り込んだ。


「な、なにぃ!?」

「ばいばいトマなんとか。お前は結構強かった」


 逆袈裟に神剣を振り上げる。

 無防備を晒した身体を、脇腹から肩に掛けて斬り上げる。


「ぐはぁ! む、無念……!」


 細マッチョは、鮮血を吹き出して倒れた。


「そこまで! 勝者、Aブロック、ネームレス!」


 わぁっと客席が歓声に湧いた。

 こうしてわたしは2回戦を突破し、決勝へと駒を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る