第25話 マーリィ06 敗北

 トーナメント決勝戦。

 わたしは対戦相手を目の前にして、おののいていた。


「こ、こいつは……」


 奇しくも相手はわたしと同じ格好。

 仮面で顔を隠し、マントで体を覆っていた。

 でも体格からして、男だろうことはわかる。


『……なんと凶悪な魔の気配。おそらくはこの者、以前、宗教都市ルルホトに向かう道すがら、すれ違った人物じゃろうな』


 アウロラさまの言葉に頷いた。

 わたしもよく覚えている。

 目の前の対戦相手は、あのときの危険なやつだ。

 まさかこいつも帝都に来ていて、トーナメントに出場しているなんて。


「ひゅー! ダークホース同士の決勝戦か!」

「どっちもネームレスで仮面にマント! 今年の大会は大荒れだな!」

「ちっこいの! がんばれよー!」


 危険な男が、仮面の向こうからわたしを眺めている。

 なにを考えているかはわからない。

 けれども剣呑な雰囲気だけは伝わってくる。


『こやつは危険じゃ。マーリィよ、心してかかれ!』

「……ん。最初から飛ばしていく」


 わたしは負けるわけにはいかない。

 アベルさまより先にヒューなんとかを殺して、復讐を阻止しなければいけないのだ。


「両者まえへ!」


 審判に従い、男と対面する。


「それでは決勝戦、はじめ!」


 歓声を背に、わたしは地を蹴って飛び出した。

 全力で飛び掛かり、袈裟懸けに斬りかかる。


「えやぁああああああああああ!」

『うむ! いいぞ! 先制じゃ!』


 とった!

 タイミングも速度も斬り込む角度も、全部ばっちりだ。

 これは躱せない!


「なっ!?」


 神剣を振り抜く。

 だけど斬ったはずの手ごたえがまるでない。

 まさか残像!?

 仮面の男はほんの軽い様子でスウェーバックしていた。

 会心の一撃が、こんな難なく躱されたなんて!


「くっ! だったら、こうする!」


 振り抜いた剣の勢いを殺さずに、自分の体を支点としてくるりと回転する。

 高速で回りながら斬りつける大技だ。

 これは昔アベルさまがやっていた技を、自分なりに再現した技である。

 アベルさまの回転剣舞みたいな華麗さはないけれど、これがわたしには精一杯なのだ。


「たぁあああああ! やぁあああああ!」


 どうだ!

 予選の相手たちはこの技で蹴散らした。

 けれどもどれだけ剣を振り回しても、この相手にはかすりもしない。

 かと思うと、背中に強烈な衝撃が走った。


「あぅ!」


 いま、蹴られたのか!?

 わたしの猛攻の合間を縫って、わずかな隙に背中を!?


 吹き飛ばされ困惑しながらも、すぐに体勢を立て直す。

 地を這うように駆け、地面から天に向けて剣を振り上げた。

 狙うは男のあご。

 だがこの攻撃も、切っ先が相手のあごを掠めただけで不発に終わる。


「く、くくく……」


 仮面の下からくぐもった笑い声が聞こえた。

 男が初めて発した声だ。


 その瞬間、心臓を鷲掴みにされたような悪寒がした。

 背筋を氷柱で貫かれたような緊張が走り、肌がぞわりと粟立つ。


「――ッ!?」


 飛び退いて、本能的に男から距離を取った。


『マーリィ! 気をつけよ! こやついま、雰囲気が変わったぞ!』

「わかってる!」


 男の体に靄のような瘴気が纏わり付いていく。

 魔物じみた気配がますます濃厚になる。

 まるで、周囲が暗くなったような錯覚を覚えた。

 それほどまでに異常で、重苦しい気配。


「……アウロラさま」

『なんじゃ?』

「感覚共有する」


 もう出し惜しみはなしだ。

 いやそれどころではない。

 全力を出さなければ、狩られる。

 勇者パーティー以外に、こんな人間がまだいたなんて……。

 恐怖を振り払うように、神剣と自分の感覚を繋いだ。




 視野が広がっていく。

 拡張された聴覚は、観客ひとりひとりの鼓動の音すら捉え、皮膚に触れた大気の流れが手に取るように伝わってくる。


「くくく……」


 男の姿が掻き消えた。

 かと思うとすぐに目の前に現れて、強力な殴打を見舞ってくる。


 尋常ではない速度の攻撃だ。

 並みの戦士なら、躱すどころか視認することも難しいだろう。

 けれども神剣と繋がり、感覚を拡張したわたしは、超反応で攻撃を躱した。

 仮面の男が、わずかに驚嘆した。


「はぁああああああ!」


 そのまま懐に潜り込んだわたしは、剣の柄頭で男を殴ろうとする。

 しかし男もまた並みではない。

 即座にわたしの攻撃を拳で迎撃し、反撃してきた。


「ぐルぅ……、これほどとは……。くくく……」

「うらぁああああああ!」


 超速の攻防が続く。


「す、すげえ! なにやってんのか全然わかんねえけど、なんかすげえ!」

「こんなハイレベルな戦い、観たことないぞ!」

「うるさいぞお前たち! こんな試合滅多にねえんだ! 観戦に集中させろ!」


 観客たちは目を丸くして、わたしたちの戦いを見守っている。

 一見すると互角の戦い。

 だがそれはわたしにとっては綱渡りだ。

 神剣との感覚共有は、精神力と体力を急速に消耗する。

 はやくもわたしは限界が近い。

 対して仮面の男には、まだまだ余裕が伺えた。




「……ぅあ!」


 男の放った裏拳が、わたしの頬を捉えた。

 吹き飛ばされる。


『マーリィ、すぐ立て直せ! 追撃がくるのじゃ!』


 そうは言われても、簡単ではない。

 徐々にわたしの動きが鈍くなってきた。

 集中が途切れてきたのだ。


「……ぐぅウ、もう終ワりか?」


 仮面の男が、悪意に満ちた言葉を投げてくる。

 声に聞き覚えがある気がした。

 なんだろう、この違和感は。

 でもいまは、そんなことを考えている時ではない。

 かぶりを振って雑念を振り払う。


『はっ!? 避けるのじゃ!!』


 アウロラさまの叫び。

 その瞬間、肩に強烈な衝撃が走った。

 次いでお腹を蹴り上げられる痛み。


 思わず膝をつきそうになるも、気合いで踏み止まった。

 反撃の剣で斬りかかる。


「このぉおおおおおお!」


 男の鎖骨を目掛けて神剣を振るった。

 しかしその攻撃は簡単に弾かれる。

 ついに笑い出したわたしの膝が、ガクンと崩れた。


「……ちぃ! こいつ、無茶苦茶つよい」

「くはは……。ほら、隙だらけだ」


 意趣返しとばかりに、鎖骨に肘を叩きこまれた。


「あぐぅぅ!」


 ぐしゃっと骨が砕けた音がする。


『待っておれマーリィ! いま回復してやる! 骨が戻るまでなんとか逃げるのじゃ!』


 アウロラさまの指示に従い、仮面の男から逃げ回る。

 けれどもわたしはすぐに捕まり、胸ぐらを掴まれて、そのまま宙吊りにされた。


「うぐぅ……。こ、こいつめぇ……」

「ぐるゥ……、くくくく……」


 あきらかに加減した拳で何度も体を殴られる。

 こいつ、わたしを嬲って遊ぶつもりか?


「ち、ちくしょう……!」


 悔しい。

 わたしがもっと強ければ!

 こんな見ず知らずの危険な男も倒せないで、アベルさまを救おうと思っていたなんて!


「どうした? 抵抗しろ。……俺を楽しませろ」


 殴られた拍子に仮面が吹き飛んだ。

 わたしの素顔が、白日のもとに晒される。


「――――ッ!?」


 男が息を呑んだ。

 仮面に隠した瞳で、わたしの顔を凝視してくる。

 どうしたんだ?


「……あ、……お、俺は……」


 濃厚な魔の気配が薄らいだ。

 仮面の男が、なにか混乱している。


『マーリィ! いまがチャンスじゃ!』


 はっとする。

 身を捩り、男の束縛から抜け出したわたしは、死力を振り絞って斬りかかった。


 そうだ。

 弱音を吐いている場合じゃない。

 強さが足りないなら、強くなればいい!


「わたしは、まけない! アベルさまより先に、裏切り者を倒すんだ! これ以上、アベルさまの手を血に染めさせない!」


 わたしはなんとしてもアベルさまを救う。

 こんなところで負けていられない。


「おまえは、わたしの邪魔をするな!」


 もう体力は残り少ない。

 ちまちま攻撃しても、この男は倒せないだろう。

 なら最後の力を、すべてこの一撃に!

 防御なんて考えない。

 全身全霊の一撃で、仮面の男を倒しきる!


「やってやる……!」


 神剣にすべての力を注ぎ込む。

 仮面の男の様子が変わった。

 苦しげに葛藤しながらも、瘴気はますます濃くなっていく。

 でもわたしには関係ない。

 全力で、この男をぶちのめすだけだ!


「ふぅぅ……。いく……!」

『いや、ま、待てマーリィ! この力は……。この力は、ま、まさか魔王の――』


 アウロラさまがなにか言っている。

 でもその声は、極限まで集中したわたしには届かない。


『やめよマーリィ! すぐに戦いを止めるのじゃ! こやつは、こやつの正体は――』


 全力で飛び出す。


「やぁああああああああああああああ!」

「ぐるぅオオオおおおおおォォおお!!」


 神剣と男の拳が交差した。

 突き出した剣に全体重をのせる。


「――ッ、そんな!?」


 剣が弾かれた。

 けれども男の拳は、勢いを少しも衰えさせていない。

 破壊の力を秘めたそのまま、わたしに迫ってくる。


 ……死を予感した。


「グルゥオオオオオオオオオオオオオ!!」


 仮面の男が吠える。

 なんだ?

 いま拳がわたしから逸らされた?


 破壊の力は大地に解き放たれ、激しい揺れとともに巨大なクレーターを穿つ。

 もうもうと、土煙が舞った。


「こ、こんな……」


 格が違う。

 こんな怪物に勝てっこない。


 心が折れる音が、胸の内側から聞こえた。

 呆然とその場に立ち尽くす。

 仮面の男は、いつの間にか闘技場から姿を消していた。

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