第2話 アベル02 裏切り者ども

 モンテグラハが放った麻痺光を浴びた僕は、その場に崩れ落ちた。

 向こうの方でマーリィの叫ぶ声がする。


「ぐ……、一体なにを……!? がはっ!?」

 返事より先に顔を蹴り上げられた。

 そのまま前髪を掴みあげられる。

 そうしたのは赤髪の女盗賊、クローネだ。


「あらぁ? まだわかんないの、お坊ちゃん? うふふふ……」


 クローネが細い指先で僕のあごを持ち上げた。

 赤い瞳を妖しく光らせながら、舌舐めずりをする。


「じゃあ教えてあげる。……アベル、あんたはここで死ぬのよ。あたしたちが、殺すの」

「……な、なにを言っている? ぼ、僕たちは、仲間、だろう?」


 痺れる舌先でなんとか問い返すと、彼ら4人が一斉に笑い出した。


「ぎゃははは! 馬鹿言ってんじゃねえぞ! 仲間だぁ? んな訳ねえだろ! てめえを見てると反吐が出んだよ!」

「甘い甘いとは思うておったが、ここまで甘いとはのぅ! もはや阿呆の領域じゃ! かかか!」

「ちょ、ちょっとやめて! 笑わせないで! 仲間ぁ? あー、おっかしい!」

「くく、いや失礼。まさか、ここまでおめでたいとは、くくく……」


 聖騎士ラーバンが、愉快げに苦笑しながら僕を見下ろしてきた。

 顔に嗜虐性の高い笑みを貼り付けている。


「……殺す前に聞いてやる。なぁアベル。どうして私たちが、お前なんかに同行して、魔王討伐なんて危険な旅をしていたと思う?」


 それは魔王を倒して、世界を平和に導くためだ。

 みんなの想いはひとつだったはず。


 彼ら4人は、対魔王同盟の推薦で僕と勇者パーティーを組むことになった。


 対魔王同盟とは、北のシグナム帝国、南のイスコンティ王国、西の聖スティピュラ教国、東のオット・フット都市連合国の主要4国からなる大同盟だ。


 各国の代表たる彼ら4人は、国の威信を背負い、正義を成すために自らパーティーに志願してきたと聞いている。


 それを伝えると、4人は再び爆発するように笑い出した。


「かかか! 違うに決まっておろう、この阿呆めが!」

「どこまでおめでたいのさ! いいかい? 教えてやるから、よく聞きな? 例えばあたしがパーティーに参加した理由だ。……あたしの心臓には、隷属の楔が打ち込まれてるんだよ」


 クローネが胸元をはだけて見せる。

 そこにはたしかに、奴隷紋が刻まれていた。


「あたしは盗賊稼業で下手うって、王国の重犯罪奴隷にされちまってねぇ。でも王国は、あたしの力を見込んで密約を持ちかけてきた。手段は選ばない。魔王討伐で他国の代表と協力して、勇者に負けない手柄を立ててこい。そうすれば奴隷の身から解放してやるってね! こいつらも似たり寄ったりだろうさ!」


 みんなは相変わらずにやにやと笑っている。

 その態度が、クローネの話が真実であることを、雄弁に物語っていた。


「……無駄話は終わりだ。そろそろ始末するぞ」

「そうじゃな。アウロラが戻ってきても面倒じゃ」

「おい、なら俺にやらせろ」


 拳闘士ヒューベレンが、崩れ落ちて麻痺したままの僕の前に立った。

 彼の巨躯が、さっきまで僕を照らしていた月明かりを遮る。


「俺ぁまどろっこしい真似は好かねぇ。頭を潰してやるよ。即死だから感謝しな。なぁに、神剣の加護のねぇてめえなんざ、一撃だ」


 ヒューベレンが、ハンマーみたいに大きな拳を握りしめて、振り上げる。

 ごうっと唸りをあげながら、その握り拳が僕の頭を目掛けて振り下ろされた。




 ヒューベレンの拳が迫る。


「く、くそぅ……!」


 来るべき衝撃に、覚悟を決めて目を閉じた。そのとき――


「……だめっ! させない! えやぁ! 」


 荷物持ちポーターのマーリィだ。


 彼女がザックから取り出した、魔法のアイテムを放り投げた。

 そのアイテムは激しい光を放ち、ヒューベレンの目を眩ませる。


「……っ、うがぁ!? なんだこの光は!?」

「落ち着け! ただの目くらましだ!」


 ラーバンがヒューベレンを一喝する。

 しかし短気な彼は怒りに任せて暴れ始めた。

 収拾がつかなくなる。


「アベルさま、こっちくる! この隙に早く、逃げる!」

「マーリィ……!?」


 彼女が僕を抱え起こし、肩に手を回して持ち上げた。

 小さな体で、麻痺した僕を引きずりながら逃げていく。


 だが相手は仮にも勇者パーティーのメンバーだ。

 そんな簡単に逃げられる訳がない。

 僕たちはすぐに捕まって、引き戻された。


「この糞ガキがぁ! てめえは前から気に入らなかったんだ! ぶち殺すぞ!」

「あうっ!」


 激昂したヒューベレンに、マーリィが殴られた。

 必死に僕を逃がそうとしていたマーリィは、小さな体を持ち上げられ、顔を重点的に何度も何度も殴りつけられている。


「おらぁ! おらおらおら、おらぁ!」

「ぁ、あぅ……。やめ……。うぅ……」


 マーリィの可愛らしい顔が、ぱんぱんに腫れ上がっていく。


「やめろ! お願いだ、やめてくれ! マーリィを離してくれ!」

「うるっさい、坊やだね! これでもくらいな!」


 地面を這いずりながら懇願する僕の横っ腹を、女盗賊クローネが蹴り上げた。


「……ぐほぉ!?」

「ふん……。少しやかましいぞ、アベル」


 仰向けにひっくり返った僕の鳩尾を、聖騎士ラーバンが思い切り踏みつける。


「かはっ!」


 肺の空気が押し出されて、息が止まる。


「は、ははは! なんだこのガキ、もう動かなくなったぜ! ほら、返してやるよアベル!」


 マーリィが僕のそばに投げつけられた。

 小さな体が、地面をバウンドして転がる。

 彼女は殴られ過ぎて、顔が判別つかないほど腫れ上がり、身体中の至る所が紫色のあざに変色している。


「マーリィ! マーリィ! 目を開けてくれ!」


 止まってしまった彼女の、小さな体に手を伸ばす。

 だがその指がマーリィに触れる直前、伸ばした手を賢者モンテグラハに踏みつけられた。


「……お主ら、遊び過ぎじゃぞ」

「はん! 知らねえなぁ。その糞奴隷のガキが、閃光玉なんて投げやがるのが悪りいんだよ」

「……ふぅ。まったくお主は。わかったから、そろそろアベルを始末するぞい。早くせんと、あの恐ろしい古龍の姫が戻って――」




 そのとき、場の空気が一瞬にして変わった。


 モンテグラハが言葉を途切れさせる。

 まるで何本もの針で肌を刺すような、鋭い殺気が辺りを包む。


「……貴様ら、何をしておる?」


 上空から声が掛けられた。

 心胆を寒からしめる冷徹な声だ。

 裏切り者の4人が、慌てて空を仰ぎみる。


 そこには最強の龍がいた。


 古龍アウロラ・ベル。

 人型に人化した彼女は、真っ白な竜翼を広げながら宙にとどまっている。

 彼女が眼下を睥睨した。

 その目に、無残な姿になった僕とマーリィが映る。


「閃光に気付いて、慌てて戻れば。貴様ら……」


 アウロラから発せらる怒気が、大気を震撼させた。

 そのあまりの迫力に、4人は声をだすことも出来ず固まっている。


「……もう一度だけ聞くぞ? 妾のおらぬ間に、アベルとマーリィに、何をしたかと聞いておるっ!」


 怒気に当てられた4人は応えることが出来ない。


 アウロラの怒りが頂点に達した。

 その瞬間、美しい人間の容姿をしていた彼女は、威厳に満ちた純白の古龍へと変化した。

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