第8話 アベル07 復讐鬼
穴を掘る。
大きな、大きな穴を掘る。
盾をシャベルの代わりにして、ただ黙々とひたすら穴を掘っていく。
掘りあげた穴にアウロラを埋葬する。
遺体を安置して、今度は上から土を被せていく。
無残な姿に成り果てた彼女に土を被せるごとに、ひとつ、またひとつと、僕のなかで何かが壊れていく音がした。
「……さようなら、……アウロラ」
この辺りには墓石になりそうな石はない。
だから僕は、神剣を墓標がわりに刺すことにした。
僕にはもう、神剣の声は聞こえない。
語りかけても、ミーミルは返事を返さない。
きっと僕は既に、神剣を扱う資格を失ってしまったのだろう。
でもそれでいいと思った。
これから僕が成すことは、復讐だ。
そんなことに、ミーミルを付き合わせるわけにはいかない。
神剣に手をかけた。
羽根のように軽かったこの剣が、いまはとてつもなく重い。
引きずりながら持ち上げて、アウロラの墓に突き立てた。
僕はアウロラの墓を前にして、誓いを立てる。
どんなことをしても……。
たとえ魔道に堕ち、悪鬼羅刹に成り果てようとも、僕は復讐を成し遂げる。
あの悪魔どもに地獄の苦しみを与えてやる。
「……もういくよ。でも最後に……少しだけ、……少しだけ、泣いてもいいよな……」
声が震える。
目の奥がジンジンと痺れだし、喉の奥から熱いものがせり上がってくる。
「アウロラ……! アウロラ……ッ!」
嗚咽を漏らし、泣き崩れた。
一生分の涙と一緒に、自分のなかに残った僅かな甘さを置いていく。
泣きはらして再び立ち上がったとき、勇者だった『僕』は死を迎え、代わりに一匹の復讐鬼となった『俺』が産声をあげていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
魔大陸カランディシュと、人類大陸カテルファーバを繋ぐ航路はひとつしかない。
その航路へと続く港湾都市レンブラントは、人類大陸の南に位置する国家、イスコンティ王国にあった。
このレンブラントは、魔大陸まで魔王討伐に向かう際に、勇者パーティーで寄った港だ。
あのときは女盗賊クローネのツテで、とある情報屋に船を手配してもらった。
……つまりあの情報屋の男は、クローネと繋がりがあるということだ。
「お、おい、もういいだろあんた。……もう勘弁してくれ!」
船乗りの男が許しを懇願する。
ここレンブラントまで、魔大陸から俺を船に乗せて運んできた男だ。
この男は金を持っていないなら、船に乗せることは出来ないと俺に言った。
だから殴りつけ、屈服させてから、言うことを聞かせたのだ。
ジロリと男を睨む。
すると彼は、亀みたいに縮こまって怯え出した。
「ひぃ!? その目! その暗い目を俺に向けないでくれ! お願いだぁ! はやくどこかに行ってくれよぉ!」
「ふん……」
この男にはもう用はない。
俺はその場を歩み去った。
港は喧騒に包まれていた。
船に貨物を積み込む水夫たちが張り上げる、威勢のよい声。
商売人たちが、揚がったばかりの水産物を売りに出す明るい声。
雑談に講じる港の住人たち。
聞こえてくる雑音に、気にかかるものがあった。
それは魔王討伐から帰還した英雄たちの噂話だ。
裏切り者4人は、俺とアウロラが魔王を倒した手柄を我が物とし、名声を欲しいままにしているらしい。
あの悪鬼どもが、いまどうしているのかは、すぐ耳に入ってきた。
誰もが目を輝かせながら、新しく誕生した英雄たちについて語っているのだ。
拳闘士ヒューベレンは、北のシグナム帝国に。
女盗賊クローネは、ここイスコンティ王国に。
賢者モンテグラハは、西の聖スティピュラ教国に。
聖騎士ラーバンは、東のオット・フット都市連合国に、それぞれ散っていた。
……まずはクローネをやる。
理由は一番近くにいるからだ。
復讐する順番など、俺にとっては些事だった。
どの道、全員殺すのである。
それが少し早いか、遅いかだけの違いでしかない。
クローネの容姿を思い浮かべた。
長い赤髪に赤い瞳。
豊満な体つきで、目付きは鋭い。
あの整った顔に貼り付けた、醜い笑顔に反吐がでる。
あの女に……。
あの悪魔に、この世の地獄を味わわせてから、惨たらしく殺してやる。
裏切り者たちのいる大まかな位置は分かった。
だが詳しい場所までは分からない。
だから俺は、クローネと繋がりがある情報屋を訪れることにした。
たしかあの男は、港の端の寂れた酒場で、いつも安酒をかっ喰らっているはずだ。
酒場に赴き、開け放たれたままの扉を潜る。
相変わらず薄暗い店だ。
以前、クローネについてやってきたときと、寸分も違わない。
一歩踏み出すと、古くなった床板がぎしりと軋んだ。
店内にぽつぽつと散らばっている酔客の注目が、俺に集まる。
だがひとりだけ、酒に酔って俺を見ていない男がいた。
こいつが目的の情報屋だ。
酒場の奥まった場所で、ひとりで酒を煽っているその男の下に歩み寄っていく。
目の前で立ち止まり、男を見下ろした。
「……おい」
情報屋の男が、赤ら顔をあげた。
吐き出す息が酒気を帯びている。
「ああ? なんだてめえは? 辛気臭えマントなんか羽織りやがって」
俺はマントで体を覆い、フードを目深に被って顔を隠していた。
「クローネの居場所を教えろ」
「はっはー! てめえも英雄さまに取り入ろうってクチか? とにかくまずは、そのフードを脱ぎやがれ」
情報屋は俺を訝しんでいるようだ。
だが俺にはそんなことは関係ない。
「質問に答えろ。クローネはどこだ?」
「はぁ? とにかく顔を見せろ。それと、いくら払える?」
男がにやにやしながら、指で輪っかを作った。
報酬の話か。
金は持っていない。
だから代わりにこの男には、拳をお見舞いしてやることにした。
こいつはクローネに便宜を図っている情報屋だ。
遠慮することはない。
握りしめた拳を、情報屋の赤っ鼻に叩き込んだ。
男はテーブルと椅子を巻き込み、ガラガラと派手な音を立てながら、吹き飛んでいく。
店内が騒然とした。
「ぷぎゃぁ!? な、なにしやがる、てめえ!?」
「クローネの居場所を教えろ」
床に倒れた情報屋の下までツカツカと歩き、胸元を掴んで乱暴に引き起こす。
「て、てめえ!? こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
「……クローネの居場所を教えろ」
もう1発、顔面に拳を叩き込む。
もう1発、さらにもう1発……。
「あがぁ!? ひゃふぃ!? やめ! やめろっ!」
店の人間たちは、唐突な出来事に呆気に取られている。
止めに入ってくる様子はない。
面倒がなくてなによりだ。
殺してしまわないよう、加減しながら殴る。
この男は大切な情報源だ。
クローネの居場所を聞き出した後なら死んでも構わないが、その前に死なれては困る。
「ゃめっ! もぅ、やめへっ!」
情報屋の男がジタバタと暴れた。
その拍子に、俺のフードが脱げた。
天井からぶら下がった照明の頼りない灯りが、俺の顔を照らし出す。
それを見た情報屋が息を呑んだ。
「ッ!? ひぅぃ!? あ、あんたは!? そんな……!? あんたは死んだはずだ! たしかに始末したって、あいつも――あがぁ!?」
言葉を遮って殴りつける。
固めた拳に、ぐしゃりと鼻柱が潰れた感触が伝わってきた。
「ぶびゅぃ!? やめ……、もうやめへ……」
「これが最後の質問だ。……クローネは、どこだ?」
掴んだ襟を手放すと、情報屋がどさりと崩れ落ちた。
「言う……。言うから……、勘弁してくれぇ……」
倒れ込んだ男は俺に許しを乞い、土下座をするような姿勢のまま、情報を吐き出した。
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