第7話 裏切り者01 欺瞞の英雄たち

 交易都市カヴェコ。

 人類圏の大陸カテルファーバの中央に位置するその独立都市に、対魔王同盟諸国の重鎮たちが集まっていた。


 北の軍事国家シグナム帝国。

 南のイスコンティ王国。

 西の聖スティピュラ教国。

 東のオット・フット都市連合国。


 大陸を代表する主要4国の重鎮たちである。


 集まっているのはそれだけではない。

 華美な議事堂のテラスから遠くを見渡せば、議事堂前の大広場には、各国から大勢の民が集まっていた。

 彼らは押し合いへしあいしながら、英雄たちの登場を今か今かと待っている。


「魔王討伐の任、大義であった! 各々、前へ!」


 議長の言葉に促されて、4名の男女が歩み出る。


 拳闘士ヒューベレン。

 女盗賊クローネ。

 賢者モンテグラハ・ネロウーノ。

 聖騎士ラーバン・パーカー。


 暴威をふるい、人類を恐怖の底に陥れた悪しき魔王、邪龍シグルズを倒した、救世の英雄たちである。


 彼らがテラスへ姿をみせると、観衆がわっと湧いた。


「英雄たちだ! この目で彼らを拝めるなんて!」

「人類を! 俺たちを救ってくれてありがとう!」

「これでもう、魔王に怯えなくてもいいんだっ!」


 観衆は口々に英雄たちへの感謝を叫ぶ。


「万歳! 帝国最強の男、拳王ヒューベレン万歳!」

「ひゅー! あれがクローネか! すげえ美人じゃねえか!」

「賢者モンテグラハ! 私に叡智をお授け下さい!」

「きゃーあ! ラーバンさまぁ! お慕い申し上げておりますー!」


 4人の英雄は、ある者は笑顔で、ある者は仏頂面で、ある者は関心無さげに腕を組み、ある者は手を振りながら、歓声に応えている。


「討ち死にとなった勇者アベルは残念だったが、そなたら4人がいれば、今後も人類は安泰だ。褒美は後ほど取らせる。これからもよろしく頼むぞ」


 英雄たちは頷いてから、バルコニーを後にした。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 シグナム帝国の控え室。

 そこに皇帝から軍部を任された大将軍と、拳闘士ヒューベレンがいた。


「よくやったなヒューベレン。ご苦労だった」

「ふん。労いなんざいらねぇよ。それよりわかってんだろうな?」


 ヒューベレンがドスの効いた声を男に向ける。


「ああ、安心しろ。約束を違えるつもりはない。帝国に帰れば、お前を軍に迎え入れる」

「ははっ、ぎゃはははは! これで俺も遂に将軍さまだ! ただの闘技場の戦士から、やっとここまで上り詰めてやったぜぇ!」


 厳つい拳で握った木製のジョッキを高く掲げ、一気に飲み干していく。

 ごくりごくりと喉がなった。


「ぷはぁ! それもこれも、アベルのアホのおかげだぜ! ぎゃはははは!」

「おい、声が大きいぞ。ひとに聞かれたらどうする」

「なら誰かに話す前に、ぶち殺してやりゃあいいだろ! ぎゃはははははははは!」


 笑いながらヒューベレンが席を立った。

 背を向けて、出口へと歩いていく。


「おい、どこへいく?」

「酒場だよ、酒場ぁ! 祝杯だぁ! 飲み食いしてから女でも漁ってくらぁ! アウロラのやつを犯してから、まだ誰も抱いてねぇんだ! 女を漁らせろ! いや向こうから寄ってくるか? なにせ俺ぁ救世の英雄さまだからよぉ! ぎゃははははははははっ!」


 馬鹿笑いを響かせながら、英雄ヒューベレンは部屋を出て行った。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 室内を満たしていた光が、消えていく。


「……よし、もういいぞ」

「ふぅ、これでようやくあたしも、晴れて自由の身って訳だね」


 女盗賊クローネが、胸をはだけている。

 その胸元にはもう、犯罪奴隷に刻まれる奴隷紋はない。


「どこへなりと行くがいい」

「そうさせてもらうよ。……っと、その前に」


 クローネが男に向けて手を伸ばした。

 男はイスコンティ王国の宮廷魔術師だ。


「あたしとの約束は、奴隷からの解放だけじゃないはずだよ。さぁ私掠免許状を出しな」


 促された男は渋々と言った様子で、懐から1枚の紙を取り出した。


「ふふふ。これが私掠免許状かい。しかし王国も情けないねぇ、こんな盗賊を英雄に祭り上げるしかないなんてさ」

「……仕方なかろう。賢者モンテグラハや聖騎士ラーバン以上の魔術師や騎士は、残念ながら我が王国にはおらぬ」

「人材不足ってやつかい? ご苦労なこったね」


 クローネは話しながら免許状を確かめている。


「……わかっているのだろうな? この免許状で許される掠奪行為は、お前と同じ盗賊に対してだけだ」

「はいはい、わかってますよー」


 クローネは免許状に軽く口づけをすると、胸の谷間に仕舞った。

 その拍子に胸元を飾るアクセサリーが、きらりと輝いた。

 男がそれに目を向ける。


「……気になっていたのだが、それはなんだ?」

「これかい? これはねぇ……」


 クローネが返事をもったいぶりながら、胸元のアクセサリーを持ち上げた。

 男が焦れる。


「一体なんなのだ? 見たことない美しさ。まるで天上の宝石のようだ」

「ふふふ。これは『古龍の瞳』。……古龍から瞳を抉り出して、水晶体を加工したものさ」


 男が息を呑む。


「古龍の瞳……。で、ではもしかしてそれは、古龍アウロラ・ベルの……?」

「さぁねぇ、どうだろうねぇ。ふふ、ふふふふ……」


 英雄クローネは頬を上気させながら、光に翳した古龍の瞳にいつまでも魅入っていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「モンテグラハ枢機卿猊下。計画の完遂、お見事でございます」


 部屋の端で、女が頭を下げた。

 聖スティピュラ教国の司祭服を着た女だ。


「うむ。枢機院の動きはどうなっておる?」

「は。貴方様に反抗する勢力は最早おりません」

「そうか、そうか」


 賢者モンテグラハが満面の笑みを浮かべた。

 見るものを和ませるような笑顔。

 しかしそれは瞳の奥に欺瞞を隠した笑顔である。


「あとは傀儡の教皇を擁立するだけじゃな。ようやく教国がこのわしのものに……」

「ですが危ない計画でした。猊下が勇者パーティーに参加されると仰られたときは、みな肝を冷やしたものです。もちろん私も」


 女の言葉を聞いて、モンテグラハが笑い声をあげた。

 なんとも楽しげだ。


「かかか。だからお主は大司祭止まりなのじゃ。成果を欲するなら、危険を恐れてはいかん」

「さすがは猊下。御見逸れいたしました」

「それに旅は、さほど危険でもなかったしのぅ」

「……そうなのですか?」


 女が意外そうな顔をモンテグラハに向ける。

 それもそうだろう。

 旅といってもただの旅ではない。

 モンテグラハが同行したのは、魔王討伐の旅だったのだから。


「なに、アベルの阿呆が、常に前に立って戦いよるから、わしは安全な後方で眺めているだけでよかったわ。便利な盾扱いよ。なのにあの阿呆。賢者さま、賢者さまとわしに懐きよってのう。かかか!」


 賢者が愉快げに頬を緩める。


「ふ、ふふふ。本当に愚か者ですね」

「かかか! まったくじゃ! だがそう悪く言うてやるな。あの阿呆はわしの盾になっただけではなく、魔王討伐の英雄という名声までもたらしてくれた恩人じゃからのぅ。かかかか!」


 一頻り笑ったあと、モンテグラハが女を振り返った。


「さて、では教国に戻るぞ。体制を盤石に整えねばならん」


 賢者が大司祭を従えて部屋をでる。

 英雄モンテグラハは意気揚々と、教国へ戻っていった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「……んー! ……んんー!」


 オット・フット都市連合国の控え室に、くぐもった声が響く。

 女が苦悶する声だ。


「くく、くくく……! 泣けぇ! もがけぇ! 苦しいか? 苦しいだろう? くくくくく……!」


 聖騎士ラーバンが、聖別された清い聖剣をもがく女の柔肌に突き立てた。

 赤い血が噴き出すのを、ラーバンは喜色をたたえた表情で眺める。


「んんんんんんーッ!」


 女は猿轡をかまされていた。

 全裸に剥かれて、椅子に縛り付けられている。


 大きく開かれ固定された脚に、ラーバンが剣の切っ先を這わせた。

 今度は内腿を突き刺す。


「――ッ!? んんんんッ!? んんんーーッ!!」


 泣き喚く女を見て、ラーバンが恍惚とした笑みを浮かべる。

 彼の股間は激しくそそり立っていた。


「お、おいラーバン君。そのくらいで――」


 都市連合の代表市長が、ラーバンの背後から声を掛ける。

 だが彼は、静止の言葉を最後まで発する事が出来なかった。

 なぜなら素早く振り返ったラーバンに、聖剣の切っ先を向けられていたからだ。


「ひぃっ!?」


 市長がたたらを踏んで後ずさる。

 そのまま腰を抜かして尻もちをついた。


「はぁ、はぁ……。私が誰かをいたぶっているときは、声を掛けるなと言っていたはずだぞ?」


 荒く息を吐く聖騎士の目は、血走り、充血していた。

 常軌を逸したその態度は、冷静沈着な常の彼のものではない。

 完全に異常者のそれだった。


「そ、そそ、それともなにかぁ? お前から私に、く、く、くびり殺されたいのかぁ?」


 裏返った甲高い声で脅すと、言葉を失った市長が、ぶんぶんと首を横に振った。


「そ、そうだな。お前を刺しても、い、いけそうに、ななな、ない。物足りないんだよ……。あ、あぁ、そういえば……」


 ラーバンが絶頂の表情で、頭上を仰ぐ。


「あ、あれは良かったなぁ……。ア、アウロラ……。古龍アウロラ・ベル。……あ、あ、あ、あれは刺しても刺しても刺しても刺しても刺しても刺しても刺しても刺しても刺しても刺しても死ななくて……! ひひっ、ひひひひっ!」


 市長は絶句していた。

 情報として目の前の聖騎士が、快楽殺人者であることは知っていた。

 だが見ると聞くでは大違いだ。


 自分たちは……。

 オット・フット都市連合国、各都市の市長たちは、とんでもない怪物と契約を結んでしまったのではないか。

 そんな思いが胸をよぎる。


「と、とにかく、お前たちは、私の殺人を見逃し続ければいい。魔王討伐の報酬は、そ、そういう約束だったよなぁ?」


 聖剣を向けられた市長が、今度は慌てて首を縦に振った。

 それを満足気に眺めた英雄ラーバンは、再び猿轡を噛まされた女に向き直った。

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